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がんばった しょうこの 手

わたしはよく眉間にシワがよる。

本を読んでも、食事をしていても、眠っていても。


何年か前に指摘されてから、けっこうコンプレックスだった。

今日、美術館でJohannes Ittenの自画像をみるまでは。


額に入った彼の眉間にも、シワがよっていた。

わたしはそれを、美しいとおもった。


真剣に生きている証のようで、彼の内省や葛藤がそこから滲み出ていた。



ふと、15年前の出来事を思い出した。


中学の授業中、隣の子が「いま何ページ?」と聞いてきた。

わたしは「ここだよ」と教えた。


すると彼女はわたしの手を見て

「やば!なにこれ!」

と言った。


わたしの手は豆だらけだった。

母にもよく「男の手みたい」と言われた。

自分の手がコンプレックスだとか、汚いとか思ったことはなかったはずだけど、そのときは咄嗟に

「見ないで、はずかしい」

と隠した。


彼女はひかなかった。

「ねえ見せて!もういっかいだけ」

仕方ないなと思って見せた。

ゴツゴツだねって言われるのを覚悟して。


「すごい!」

彼女はそう言った。

「いっぱいがんばってるんだね、すごい!」


びっくりした。

そんなふうに褒められるなんて、予想してなかったから。


恥ずかしがっていると、また

「ねえ手かして」

と言われた。


右手を差し出した。

水色のフェルトペンを持った彼女。

「なにするの?」

「いーからじっとして」


くすぐったいのを我慢していると、てのひらには

「がんばった しょうこの 手」

と書いてあった。


うれしくて、はずかしくて、なにも言えなかった。


彼女は柔道部だった。

けっこう強くて、よくいい成績を残していた。

耳も反り返っていて、いわゆる柔道耳だった。

いつもそれを気にして、耳の隠れる髪型にしていた。


今なら言えるのに

「ありがとう。柔道耳も、がんばったしょうこだよね」

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