見出し画像

詩「波が呑む」

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました(※1)

幾時代かがありまして
足元が波に呑まれました

濁り水が 月に導かれて あらゆる樹々 塩気に枯れ 最早足元まで 波形の態様で 忍び寄っていた 水に 幾時代かの茶色い戦争溶け出して 足首ざらりと撫ぜ行き来する 茶けた戦争の 狂わされた波に 足を曳かれないよう 腰を落とし天を仰げば 青白い 肌 白衣纏いし 大いなる亡霊が 真暗の闇夜に 人をだらりと 干している ――「小さい俺に大きな時代が作用するからだ」(※2)と叫ぶ筆記音がどこからか響いて来て―― 耳を澄ませ 膝を震わせ 尻餅をつき 濁り水は 重い飛沫を上げる

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
足元が波に呑まれました

波は水位を増して 矮小なる身体を転がしてやろうと寄せては曳いてを続けている 気づけば波は あらゆる汚泥を呑み濁り 身体までも呑もうとし 番号で貨幣で管理される場所すら流そうというのか 水位は増す 身体は転がされ揉まれ 苦しみの内に開かれる眼には 天に人干す大いなる亡霊が見える

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
足元が波に呑まれました

人を干し終え 亡霊は転がる身体に 眼もくれず 満足したように つと消える 濁った波はいつ去るのか 身体はもう流されるばかり 溺れるばかり 亡霊は転がる身体を救うこともしないで 何処へ行ったのか

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
足元が波に呑まれました

せめて濁り水がせめて波がせめて大いなる亡霊がせめて矮小な身体が 虚実入り混じるサーカスであって 喉を鳴らして柏手打つ観客様がいるならば 星もない夜を笑えただろうに

※1 中原中也「サーカス」
※2 水木しげる「出征前日記」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?