見出し画像

願ったのは、

俺には弟がいる。

半分血の繋がらない、歳の離れた大切な大切な愛し子。


俺の話をよく聞きに来てくれている人間ならば、必ず一度は「弟を溺愛している」という話を耳にするだろう。




事実俺は、弟の事を愛している。

ずっと傍にいる事が叶わなくても、もう二度と抱きしめる事ができなかったとして構わない。


俺が守れなかった「愛」を注がれながら、温かい陽の下で健やかに笑って生きていて欲しい。

ただそれだけを切に願い続ける優しい子。



だけどそれは、初めからそうだったワケじゃない。

むしろかつての俺にとっては弟の存在自体が「邪魔」で、産まれる事すら望んでなどいなかった。


今となっては遠い過去の記憶だとしても、それはかつての俺が望んだ事に変わりはない。

これは、俺が墓場まで持っていく「知らぬが仏」のお話。




―――――――――――……その存在を知ったのは、10年前。



誰一人信用できずに、全てを憎んで喧嘩に明け暮れる日々。

それすら疲れて、毎日ぼんやり自殺を考えていた。


ある日家に帰ると、母が見知らぬ男と一緒にいた。

話があるという母に告げられたのは「子どもがデキたから結婚したい」という残酷な事実。


「結婚はしない」という言葉を信じ、暗黙の了解とした母の異性関係の末路によって、その日俺の中に残っていた「母」という存在は跡形もなく消えた。



その日、絶望の中で俺は決めた。


腹の中で生まれた命が外に出てくる前に。

この男が俺の『家族』となってしまう前に。

これ以上『家族』が壊れてしまう前に。


全てこの手で『守る(壊す)』事を。




それからいろんな事があって、気付けば俺も中学生。

毎日飽きもせずに、殺害計画を立てる事が生き甲斐となっていた。


今思えば、酷い精神状態だったんだと思う。

ずっと現実じゃないみたいなふわふわした頭(薬物乱用)で、『痛み』を与え、与えられる事でしか、自分が生きている実感を得る事ができなかった。



どこまで残酷な事をしたら、どれだけ人を傷付けたら、「俺(傷)」に気付いて貰えるんだろう?

死に際でもいいから、自分の愚かさに気付いて後悔してくれる?


無責任に産み落とされて傷付けられる前に、天国に見送ってあげる「お姉ちゃん」ってすごく優しいと思わない?

褒めてくれて良いんだよ?



嗚呼……でもきっと、お姉ちゃんは死んでからもそっち(天国)にはいけないや。


それでも俺は、私は、長女だから、僕が『家族』を守る。守らなきゃ、誰のために?なんで?長女だかr。守る。殴られるのに?長女だkら、守りなさい。怖い。守らなきゃ。痛い。ごめんなさい。何を?何を、守る?怖い。なんだっけ?分からない。何を、守りたかったんだっけ?ごめんなさい。なんで誰もいないの?なんで?守,?壊す?ごめんなさい。痛い。何で痛いんだっけ?分からない

??????????



自分が壊れている事にも気付けないまま、結局俺は弟が産まれてから殺す事にした。


そして機会は訪れる。




ある晩の深夜3時。

幸いにもその日、一番殺すのに手間取るであろう男は喧嘩をして家出中。翌朝まで決して帰ってこないだろう。


親の寝室は家の中心部から少し離れた場所にあり、扉もついているので他の部屋に比べてかなり防音される。


喧嘩の後、泣き疲れて寝た母が多少の物音で起きるワケがない。

まさに殺すには最高のタイミングだった。



最初に殺すのは弟。泣き声を上げたら面倒だからだ。

思い切り喉を潰してから胸元を刺し、物音で母親が起きれば寝起きと混乱に乗じて何度も刺す。寝たままだとしても胸元を滅多刺しにする。


一つ下の妹は一度寝たら朝まで起きないから、男が帰ってくるまでの間は一晩中弄んだ末に殺す。



何度も頭の中でシュミレーションを重ねて綿密に計画した殺害に高鳴る胸を押さえて、刃渡りが長めの刺身包丁を片手に寝室へ忍び込んだ。


ゆっくりとベビーベッドに近づいて、見たくもない不細工な生き物が呑気に寝息を立てている。

その様子を見ているだけでも、殺意で頭が沸騰しそうだった。



もうお前が母親に名前を呼ばれる事も、抱かれる事もない。

ざまぁみろ。


お前なんか所詮俺と同じ『デキ婚』の言い訳で、望まれて生まれたワケじゃない出来損ないだから。


せめて同じ痛みが分かる俺(長女)の手で、あの手に傷付けられる前に、人で傷付く前に、殺してあげる。

バイバイ。


そうして包丁を振り上げた時、ふと俺はある事に気付いた。

俺はこの子が産まれてから一度も、この子に触れた事がないという事を。



「ママじゃなくて悪かったな…」



最期に感じる温もりがお前を愛する母親じゃなくて悪かったと小さく詫びながら、震える指先でその小さな手に触れてみた。

ただの反射である事は分かっている。


でもその小さな手で指を握られた瞬間、俺や母と呼んだあの女よりもずっと、「生きたい」と強くその存在が訴えているようで。



気付いたらボロボロと涙を零しながら、声も無く泣いていた。


嗚呼、そうか……俺はただ、この子みたいに大事にされたくて、愛されたかっただけ。

まだ何も知らないこの子には、何の罪もないというのに。


勝手に嫉妬して、憎んで、ただひたすら生きる事に純粋な命を、俺は理不尽に奪おうとしたんだ。

本当にごめんなさい。




俺はきっとこの先も人を信用できないし、たくさんの人を傷付けてしまうだろう。


それでもこの子は。

俺に命の尊さを、強さを教え、理性を取り戻してくれたこの子だけは、俺が地獄に落ちるその日まで守り続けよう。


『家族』を守れないどころか壊そうとした俺に、一体何ができるかは分からない。

でも、今はそれでいい。


ただひたすら、この子を愛し尽くそう。

そうして俺は今でも弟を愛し、守り続けている。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?