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北欧旅 vol.2

エストニアのタリンにあるレストランに入った。ロシアに近いこの国の女性は、金髪で長身で美しい。ウエイトレスの女性も、とてもきれいな人だった。

こんもりと上品に盛りつけられたスパゲッテイを素早くテーブルに置きながら、「Bon appetit!」とスマートにサーブをしてくれた。
わたしたちは目の前に置かれたスパゲッテイを夢中ですすった。

とてもおいしくて、おいしくて、話すのを忘れるくらい。わたしとスパゲッテイしか世界に存在しないかのように。

スウェーデンのストックホルムにある小さな食べ物やさんに、老夫婦が入ってきた。
厚ぼったいコートを脱ぐと、きっちりとしたスーツとワンピースが二人の身体を包んでいた。
老夫婦はしわくちゃで頼りない身体を折り曲げながら、堂々といすに腰掛けている。
彼らは昼間からワインを飲み、ゆったりとその場をたのしんでいる。

くるくるとした癖毛の若い男の子のウエイターは、わたしたちに愛嬌たっぷりの笑顔を向けて、「Good?」と聞いてくる。

ここには難しいことなんてなんにもない。
みんな昼間から顔と顔を突き合わせて、いつもより糊のきいたシャツを着て、背筋をのばしたり、逆にゆるめたりしながら、その場の空気に自分を浸している。
水の中でたゆたうくらげみたいに、のびのびとあらゆる方向へ幾本もの「たのしい」の触手が伸びていくみたい。
ここではなによりも「たのしい」ことが重要なんだ。
食べるものがおいしいかおいしくないかなんてこの際、どうでもいい。
誰かと「たのしい」を過ごしながらおいしいワインで乾杯するのだ。
「たのしい」の触手にからめとられて動けなくなっても構わない。
その時間ごと飲み込んだりかみ砕いていくと、身体の底から力が湧いてくる。

タリンのレストランで、ウエイトレスのお姉さんが、「Enjoy!」
と言い置いて去っていったことを思い出した。

スパゲッテイを夢中ですするわたしたちは、やっぱりどうしたってヨーロッパの人みたいに「たのしい」を優雅に行えないのだった。

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