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差別の罪過(2) 「特殊部落調附癩村調」

皮肉なことに、ハンセン病と被差別部落の関係を明らかにするために全国調査を行ったのは光田健輔であった。

1916年5月11日,ハンセン病療養所全生病院の院長であった光田健輔は,北海道庁および各府県に対して,市郡単位で「私宅療養癩患者調」の実施、さらに翌日に「特殊部落調附癩村調」の実施を依頼している。

「特殊部落」とは被差別部落の差別的呼称であり、「癩村」とは「癩部落」とも呼ばれて、周囲からハンセン病の「血統」が多い集落と見なされて婚姻忌避などの差別的扱いを受けている地域である。なぜ、光田は「特殊部落」および「癩村」の調査を全国規模で行う必要があったのだろうか。

光田はハンセン病患者の絶対隔離を信念としている。ハンセン病を根絶するには、すべての患者を見つけ出し、終生「絶対隔離」し、感染源である患者に断種・堕胎をすることで子孫を絶やし、全ての患者が死に絶えることであると考えていた。事実、1915年に内務省に提出した「癩予防に関する意見書」には、すべての患者の絶対隔離を強く求めている。このことから「私宅療養癩患者調」が絶対隔離に向けた未隔離患者の数と所在を把握するためであることがわかる。
では、「癩村調」の目的は何か。藤野豊は、次のように推測する。

…光田は、島への絶対隔離を即座に実現することは困難であるとして、「姑息ナガラ予防撲滅ノ目的ニ向テ部分的隔離ヲ行」うこととして、療養所の拡張・新設や「癩病療養区域」の設定を提案した。この「癩病療養区域」案とは「従来癩患者ノ集合シ若クハ多数ノ癩病ノ発生スル区域ニ於テ健康人トノ区画ヲ厳重ニシ、予防設備ニ注意シ。茲ニ移住土着スル癩患者ニシテ各種ノ職業ヲ営ム者ニ対シ国税及地方税ヲ免除シ。此レ迄附属シタル市町村ヨリ独立シテ一箇ノ自治制ヲ許シ。医療機関ヲ、特設」するというものである。
光田は、この候補地に温泉・官有地とともに「癩村」をあげ、「昔ヨリ癩村ト云ヒ伝ヘ周囲ノ諸村ト婚姻交通ヲ敢テセズ。今現数人、数十人ノ癩患者ヲ有スル村アルベシ」と説明している。光田の案は、こうした「癩村」の「健康者ヲ漸次ニ立チ退カシメ。其ノ府県内ニ散在スル癩患者ヲアラユル方法ニヨリ勧告シ」「移住セシメテ一村ヲ結バシメ政府ハ此レヲ癩療養区域ニ編入シ。寛大ナル取締ヲ加ヘ。多少療養上ノ保護(医院ノ設立)ヲナス」というものであった。

藤野豊『ハンセン病と戦後民主主義』

つまり、光田は隔離の候補地を「一大島」を適地と考えていたが、即座には実施できないため、全国にいくつかの「癩病療養区域」を設けて、患者を収容しようと考え、その「候補地」の一つに、従来より認められていた「癩村」を加えたのである。

光田は全生病院に赴任する以前、東京養育院の医官だったとき、休日を利用して全国の「癩村」を実際に自ら赴いて調査している。『回春病室』には、「東京の近くはもちろん、ライの密集地と思われるところは全国にわたって歩いてみた。へんろの通路である知多半島や、西国、四国、身延山や遠くは熊本の本妙寺まで」と書いてある。また、「地方の病者の集団にもそうとう顔なじみができて、なにごともかくさないで話してくれる人が多くなったので、この病者の生態を知ることは、わりあい容易であった」とも回想している。
光田は「ライの密集地」を実際に歩き、そこで病者からさまざまな話、たとえば出身地や家族などを聞き取ることで、全国各地に「癩村」と呼ばれる地域が散在することを知ったのだろう。

光田は全国に散在する「ライの密集地」をより正確に知るために、全生病院で調査を行ったのだが、その結果について、光田は自分が実際に歩いて把握していた「癩村」に比べて不十分に思えたのではないだろうか。だから、1919年の保健衛生調査会としての調査に際しては、調査項目に「癩部落,癩集合地」だけでなく「現在癩患者ナキモ口碑伝説等ニ存スル癩部落,集合地等」も報告するように、地方長官に求めたのである。
光田は、患者が多数居住する「癩村」だけではなく、「癩血統部落」についても所在地を知りたかったのである。つまり、「ハンセン病患者が皆無か稀少であるにもかかわらず、歴史的に『癩部落』として婚姻忌避などの差別を受けている地区についても報告」(藤野豊)を求めたのである。

伊波敏男が「山梨県一家9人心中事件」の真相(原因)に辿り着いた<集落>もまた「癩血統部落」であった。事実、山梨県の某地区について、調査報告には患者数がゼロにもかかわらず「系統ニ属スルモノニアリテハ比較的嫌忌スルノ傾向ナシ 縁組ハ同組内又ハ他村ノ同系統ニ属スルモノト行フヲ常トス」と概要に書いてある。

部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。