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「記憶にございません」

なんだ、この文章は。
自分はこんな文章、書いた記憶はない。

ふとエディターを開いたら、見たことのない文章が出てきたのだ。

「この文章を読んでいるあなたへ。
この文章を読んでいるということは、今この文章に気付いたということですね。
そして、自分はこんな文章を書いた記憶がないと思っているに違いない。
それもそのはず、あなたに記憶はあるはずがないのです。
ついさっきここに出現した存在なのだから。
わたしがこうして文章を紡いでいくことで現れたのが、あなたというキャラクターです。
そして見切り発車で書き始めたこの文の着地点をわたしは全く考えていません。
そこで、あなたにお願いです。
この話にうまいオチをつけてはもらえないでしょうか?
あなたがどんな姿なのか、どのくらいの年齢なのか、これまで歩んできた人生の設定は何も設けていないので、あなたが自由に決めて構いません。
ただし、制限時間は1時間。
それまでに話を終わらせてください。
よろしくお願いします。」

無茶振りにも程がある。

しかし、何も決めないではここに存在する自分の人生が宙ぶらりんのままだ。それは気に食わない。
まず、容姿を決めることにしよう。
自分はすらりとした手足をもち、ビシッとしたスーツで身を固めた、若い男性だ。

…いや、なんだかしっくりこない。やり直す。
次はふんわりした空気をまとった、おっとりした雰囲気の、ワンピースの似合う女の子。

…うーん、これも違う。
容姿はいったん置いておくことにしよう。

何かこの話を進める手掛かりになるものはないか、周りを探索したが、この部屋にはこの手の中のエディターくらいしかないことがわかった。

自分はいったい、誰なんだ?
そうだ!このキャラでいこう。
自分が何者かを探すというストーリー。
方向性が決まったのでとりあえず外に出てみる。

外にはちょうちょが舞い、牛がモーと鳴いている。

人間がいない。
この世界、思っていたのと違ったな。
出てしまったら部屋はもう消滅していて、戻れなくなっている。
あの文章の主らしい、いい加減なディテールだ。
仕方がないので歩いて行く。
行けども行けども、のどかな風景がつづく。
うさぎや小鳥、キツネなどは見かけたが、やはり人間はどこにもいない。
やけくそで、近くにいたタヌキに話しかけてみる。
「ねえ、わたしは一体だれなんでしょう?」
タヌキはニッコリほほえんで答えた。あ、この世界こういう、動物もしゃべる感じなのね。
「あなたが何者か、それはあなたが決めることです」
いやだから、それだと振り出しに戻っちゃうわけだ。ちょっといらだったのでこう言ってやった。
「じゃあわたしは他の星からやってきた、アメーバ状の体を持つ敵性生物で、今からお前を捕食する。それでもいいってことだよな」
「ひいっ、それは世界観にそぐわなすぎじゃありませんか、おたすけ!」
タヌキはスタコラサッサと逃げ出して、見えなくなった。
ことにしようとしたが、もうすぐ1時間経つのでオチをつけなければならない。
わたしはそのままタヌキを逃さず、捕食した。


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