ピコピコハンマー物語 いとちゅうにて③

〜前回のあらすじ〜
イタズラによって魔法使いのくしゃみが止まらなくなり、とうとう惨劇が起きてしまった(トビトカゲの身に)。しかし、これはまだ序の口…

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−ねえロボットさん、こんな薬がありましたよ。
−どれどれ…ふむ、どうやらこれは、飲んだ人の隠している能力がわかる薬らしいですよ。
−かくしているのうりょく…気になりますね。
−気になりますね。
−いろんな人の、見てみたいですね。
−見てみたいですね。
−いっぱいのひとにのんでもらうには…ごにょごにょ。
−なるほど。それはいいアイデアです。

「なあ、剣士さんよお」
人相の悪い大男が、周りに聞こえないような小声でカウンターの隅の剣士にささやく。その腕っぷしの強さから、剣士はあらゆる界隈から一目置かれているのだ。
「あんたにだけ特別に見せたいブツがあるんだ…」
「なんだい、藪から棒に」
面倒くさそうに剣士が顔をしかめると、
「あんたが一番信用できるんだ。頼むよ」
意外にも大男は懇願するのだった。
「しかたないな。見るだけ。つまんないもんだったら承知しないからな」
「あ、ありがてえ!」
嬉しそうに大男が麻袋から取り出したのは、精巧なビーズ細工。
愛らしいネコが大男の手のひらの上でポーズをとっている。
その出来のよさに、剣士は思わず唸った。
「実によくできてるけど…これは」
どうしたのか、と訊こうとすると、
「お…おれがつくった…」
額に脂汗を浮かべながら、消え入りそうな声で大男が答えた。
「へー、やるじゃん。普通に売れるレベルじゃないの?」
「そ、そんなにか?」
今度はパッと顔を輝かせる。わかりやすいやつだ。
「店の客にも見せたら結構売れると思うよ。なんで見せないの?」
「だっ…だってよお…恥ずかしいじゃねーか!柄じゃないにもほどがあるだろ」
大男は顔を真っ赤にしながら言った。
「ふーん、そうか?ゴロツキなんて危ない橋渡ったり、割に合わないことやってるより、こっち本業にした方がいいって。他の常連には声かけといてやるから、やんなよ」
「あっ!姉御おぉぉ…!」
剣士は感涙に体を震わせる大男を払いのけ、
「うるさい。静かに呑ませろ」
と自分の世界に戻っていった。

「ふむふむ…ゴロツキのゴローさん、ビーズ細工、と」
ロボットが手元の手帳に書き込んだ。
「みなさん、だんだんおくすりがきいてきてますよ」
タヌキが指さした方では、玉乗りやジャグリングを披露する者が現れて、サーカスのような光景が繰り広げられている。
「あっちは、てんらんかいみたいになってます」
反対側では手芸や工作など、実は手先が器用なんです勢が集まって、お互いの作品を褒め称えあっている。
「みんなすごいですねえ!こんなのうりょくをかくしてたなんて」
興味津々で眺めるタヌキとは対照的に、ロボットは少々不満顔だ。
「でも、何だか拍子抜けですよ。みなさんの隠している能力っていうのが、どれもこれもなんかショボいんですよね。もっとすごいの来ないかなあ。変身するやつとか」
「へんしん!それカッコいいですね!わたしも見たいです」
「タヌキさん、きみタヌキなんだから実は変身できたりしないんですか?」
「はは、それはムリです。できるのならもっと色々なイタズラをしています」
それを聞いてロボットは、今度タヌキにもこの薬を飲ませてみようかな、と密かに思うのだった。

「剣士さぁん、ぼかぁ、もう耐えられませんよ!いつまでも秘密を抱えて生きるなんて!」
ニット帽を被った男が無謀にも剣士に絡む。だいぶ酔っているようだ。
「…」
剣士は無言だが、こめかみがピクピクしている。かなり危険なサインだ。見かねたいとが慌てて間に入る。
「マーロウさん、わたしでよければ、おはなし、ききますよ?」
話す相手は別段誰でもよかったらしく、マーロウはこれ幸いと、いとに向かって話しだした。
「いとちゃん、ぼかあねぇ、ずっと自分を偽って生きてきたんですよ。みんなに見せているのは本当の姿じゃあない…」
マーロウの影が、みるみる大きくなっていく。当然、本人のほうもそれに伴って…
「ウソをついて生きるのは、もうたくさんなんですよ」
マーロウの銀髪がまたたく間に伸びて、全身に広がっていく。

「僕の本当の名前はマーロウじゃない、真の狼と書いて、真狼です!」
そう叫んだ口は、耳まで裂けていた。
いとの悲鳴が響き渡る。

「てめえ、いとちゃんに何しやがる!!!!」
ネコ戦士の鍛え抜かれた剛腕から繰り出された右ストレートが、真狼の横っ腹に突き刺さる。真狼はそのまま店の壁に叩きつけられた。

「ちょ…!何するんですかあ!一気に酔いが醒めましたよ!」
真狼は頑丈なようで、すぐに立ち上がり、情けない声を挙げた。
「てめえ人狼の生き残りだな。いきなりいとちゃんを襲おうなんてふてえ野郎だ。この店から無事に出られると思うなよ」
素早く引き寄せた斧を構えて、じりじりと近寄るネコ戦士。周囲の客たちも警戒して、各々の武器を構えている。
「…またこれだ。いつもこうなるんだ。こうなることはわかってた…けれど、僕はもうコソコソ生きるのは嫌なんだ!」
真狼はうつむきながらつぶやいた。

「ちょっと待て。攻撃するな」
店内に、剣士の声が朗々と響いた。剣士はネコ戦士を手で制して、言った。

「ネコよ、おすわり」
「イ ヌ じ ゃ ね え か ら !…じゃなくて、なんで止めるんだよ?」

客の間にも動揺が広がる。

ーそうだ、人狼なんて危険すぎる。
ーとっくに狩られ尽くして絶滅したんじゃなかったの?
ーマーロウが人狼だったなんてな。うまく化けていやがった。
ー騙されてたんだ、俺たち。

「貴様ら、やかましいわ!!!」
剣士の一喝。空気がビリビリと震える。
店内は静寂に包まれた。

剣士はうなだれている真狼の傍らへ歩み寄ると、周囲に向かって言った。
「私はマーロウとは飲み仲間でね。これだけ長く一緒に酒を酌み交わしてりゃ、そいつがどんな奴かなんて薄々わかってくるもんだ」
そして、カウンターの他の飲み仲間に声を投げかける。
「あんたらはどう思う?どうだ、マーロウが邪悪だと思うか?」

一様に下を向いていた飲み仲間たちが、おずおずと顔をあげた。
「…いいや。俺の知っているマーロウは、本当に気のいい奴だよ」
「わたしがたちの悪い酔っ払いに絡まれてたとき、助けてくれた」
「マーロウがいると、飲む酒がもっと旨くなるんだ。その場を明るくしてくれる、すごい奴だよ」

それを聞いて剣士は「な?」と笑って周囲を見回してから、真狼に向き直った。

「なあマーロウ、別にいとちゃんを襲おうとしてたわけじゃあるまい?」
「そっ、そらあそうですよ!ぼかあ”紳士な狼と書いて紳狼”とも自称してるくらいですから!」
真狼はいかにも心外だ、という様子で胸を張って答えた。が、すぐにバツが悪そうにその大きな体を小さく縮こまらせた。
「…けれど、さっきは感情が高ぶってしまってつい迫力が…紳狼ともあろうものがお恥ずかしい」
「いとさん、怖がらせてしまってすみません」
真狼は、いとに向かって頭を下げた。その様子が狼の姿をしていないいつもの彼、マーロウそのものであることを見て、彼をよく知る者たちは安堵した。
「だっ大丈夫です!わたしの方こそ大きな声を出してしまって!そのせいでマーロウさんが他のお客さんたちに怖がられてしまって…ごめんなさい」
いとと真狼がお互いに謝罪合戦を始めたところへ参戦者が現れた。ネコ戦士だ。
「あの…俺もすいませんでした。いきなり横から思いっきり殴りつけてしまって。お怪我はありませんか?」
深い反省と罪悪感が、普段とは別人のような口調からうかがえる。
「いやいやいや!大丈夫です!頑丈なのが取り柄みたいなもんなので!どうかお気になさらず!まぎらわしい行動をしたぼくが悪いんです!」
「いえっ!わたしが悲鳴をあげたから!ネコ戦士さんはわたしを助けようとしてくれただけなので!悪いのはわたしですっ!」
ペコペコという音が聞こえてきそうなほどそれぞれが頭を下げ合う。
それに伴い店内の一部は落ち着きを取り戻しつつあったが、未だ半信半疑で武器を手放さない者の姿もちらほらと見られた。剣士はまだ事態が収拾していないことに気づき、小さくため息をついた。

そこに突然、不思議な声が響き渡った。
「剣士よ、公平な目をもってよくぞ正しき道を示した。さすがはこの我、聖剣エクスカリバーが自ら選びし使い手よ」
その言葉はヒトのものとして聞き取ることができたが、その声はヒトのものとは明らかに異なる、例えるならば金属が共鳴しているような硬さを帯びていた。
その声を聞いて、剣士が腰に佩いた剣を鞘から引き抜く。涼やかな音と共に現れたその刀身は清浄な輝きを放ち、単なる剣ではないことが見る者の魂に悟らせるのだった。これが選ばれし者だけが扱うことができるという、神聖なる魂が宿りし聖剣エクスカリバーである。
剣士はエクスカリバーをかかげ、おごそかな口調で言葉を発した。

「わたしが持つこの聖剣エクスカリバーは、その刀身に真実を映すという。ここにいる人狼の本性を疑う者は、ここに彼の姿を映して確かめるがよい」

その姿は神々しさ、威風堂々さといい、まるで神話の一場面に立ち会ったかのようであったと、後にその場にいた人々は語っている。感極まって涙を流したり、祈りを捧げる者も現れたという。刀身を見て確かめようとする者は現れなかった。それはすなわち、剣士と聖剣を疑うことに他ならないのだから。

場の心が一つになったのを確かめると、剣士は緊張を解いた。そしていつもの調子で明るく言うのだった。
「いや、騒がせてすまなかったね。ここからはみんな、いつものように楽しく食べて飲んで帰ろうな!」


いつもの賑やかさを取り戻した、いとちゅう。
シモフリトビトカゲのステーキをほおばりながら、ピコピココンビは目をキラキラさせて話していた。
「いやあ、すごいもの見ちゃいましたね!」
「凄かったですよね!変身に、しゃべる聖剣に、剣士さんの本気モード」
「剣士さん、かっこよかった!オーラがすごいでてました」
「あれが今回のいたずらにおける1番の収穫ですね」
「あと、エクスカリバーがしゃべれるなんて知らなかったです」
「おそらく薬の効果でしょうね。普段は隠しているのでしょう」
「…あれ?ちょっとへんですよ。エクスカリバーさんもお酒をのんだってことですか?剣なのに?」
「たしかにそうなりますが…はて?」

ピコピココンビは首をひねった。
しかし、ここで自分たちが頭をつきあわせて考えていても答えは出ないことを、かれらはよく知っている。
こういう場合、することはひとつ。

「「よし、たしかめに行きましょう」」

カウンターの片隅、剣士のお気に入りの指定席。剣士は真狼もといマーロウと隣り合わせ、静かに酒を飲み交わしていた。
「剣士さん、本当にありがとうございます。命の恩人というだけじゃあなくて・・・剣士さんの言葉、うれしかったんですよ。人狼であっても、ぼくのことを受け入れてくれるひとたちがいるってことを、教えてもらえました」
マーロウは照れながらも、まっすぐな瞳で言った。
「そんなにかしこまらんといてくれ。わたしは気分よく飲みたかっただけでね。なあ、エクスカリバー。お前さんも今回はいい仕事してくれたじゃないか」
「ふん。成り行きに任せておいては、短気なお主が店を吹き飛ばさん勢いで暴れ出しそうだったのでな。この店の酒は質がいい。潰してしまうには惜しいからの」
聖剣はすまして答え、皮肉な口調で付け足した。
「もっとも、最後に思う存分酒を口にしたのはいつだったことやら。我が傍え(かたえ)の我に対する仕打ちは惨いものだな」
それに剣士は笑って答える。
「そりゃあ仕方ないだろ?お前さんウワバミ過ぎてわたしの酒が足りなくなるんだからさ。今日はちょこっとは分けてやったろう?」
「それを惨いと言っているのだ。我はペットではないのだぞ」
先ほどの厳かな声とは似ても似つかない拗ねた声。意外と豊かな感情を表現するタイプのようだ。
「まあまあ、これからは不自由させないさ。なんせここにいるマーロウがいくらでも奢ってくれるに違いないからな!」
満面の笑みで剣士がマーロウの背中をどんと叩く。
「あっ、えっ!?ぼくですか??」
突然話をふられて戸惑うマーロウの肩にがっちり腕を回して、剣士は笑顔を崩さない。
「なんてったって命の恩人だものなあ!こいつの気が済むまで飲ませるのはなかなか大変だが、一生奢ったっておつりがくるくらいだろう!よろしく頼むよ、マーロウ!」
言外に見え隠れする有無を言わさぬ圧に押されて、マーロウは脂汗を流しながら、引きつった笑顔でただうなずくしかできないのだった。

ピコピココンビは、冷めた目でその一部始終を見つめていた。
「剣士さんはやっぱり剣士さんでしたね…」
苦笑いするロボット。
「さっきの感動をかえしてほしいです」
タヌキは頬を膨らませながら口を尖らせた。

おしまい。


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ロボットさん

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