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品川区に住む、AIグラビアと同じ顔をした女性に会った話

この冬に経験した、奇妙な話を聞いてほしい。

近年、世間をにぎわす「AIグラビア」。生成系AIで作られる、架空のグラビアアイドル画像だ。技術の進歩は目覚ましく、一見、実写と見間違うリアリティがある。

その「AIグラビアによく登場する美女に、顔がそっくりな女性が、品川区に本当にいる。」そんな噂が、ことの発端だ。

「この恋、はじめる?」のコピーでおなじみの顔

最近インターネットでよく見かける、この顔。特に、このビーチの水着写真は、大手マッチングアプリのデジタル広告で使われているので、若い男性なら見覚えがある人も多いだろう。

この写真はAIイラストを用いた広告であり、ここに映っているのは架空の女性だ。‥ああ、私も昨日までは、そう思っていた。だが、実はそうではなかった。どうやら、この女性は実在するらしい。品川区を中心に、すでにいくつもの目撃報告を聞いている。

この町のどこかに‥夢がある

AIイラストの女性が実在する、とは一体どういうことなのだろう。もしかして、AIイラストのデータが、彼女をモデルに作られているのか。もしくはまったくの偶然で、AIがたまたま、自身の顔に似てしまった可能性もある。真相はどちらなのか。

なんと、女性本人にコンタクト成功

我々編集部は、目撃報告をもとに地道な聞きこみを重ねた。

品川区内の主要駅で、ひたすら聞きこみ調査

手がかりが何もないので苦戦したが、それでも調査を進めたところ、なんとか、ひとつの現実味ある情報にたどり着いた。彼女の知人を見つけることに成功したのだ。

有力な情報ゲット

どうやら彼女は、東急大井町線沿いの大学に通う学生らしい。彼女がAIグラビアの美女に似ていることは既に周囲で話題になっており、もうキャンパス内では、ちょっとした有名人になっているそうだ。

また噂では、彼女は奨学金を返すため、AI生成のモデルデータに、顔写真を提供するアルバイトをしているらしく、AIイラストが彼女に似ているのは、それが原因なのだという。そんな都市伝説のような話が本当にあるのか?ドラマを感じる。ますます気になる。

ということは、本人もこの顔なのか

我々編集部はツテを辿り、彼女に、うちのWebマガジンで直接取材をさせてほしい…と申し込んだ。取材のための謝礼も、結構な額をちらつかせた。なかなかの出費だが、ネタとしても強く、PVが稼げることも確信していたし、充分に元は取れる。また、噂から察するに、彼女は経済的余裕がないのだろう。狙い目だ。

結果、読みは当たり、取材OKの連絡をもらうことができた。取材場所は、人目につきにくいところを希望されたので、思い切って彼女の自宅で撮影させてほしい…と申し込んだところ、それも、なんとOKが出た。トントン拍子だ。

ついに取材へ

そして、取材当日‥。どきどき。

品川区、某所

私は、カメラアシスタントの後輩女子Tと共に、駅前の待ち合わせ場所にいた。

カメアシ女子Tとは付き合いは長いが、一緒に取材に行くのは久しぶりだ。普段なら、カメラも自分で撮るのだが、男一人で女性の部屋に入って、あとから言いがかりをつけられて、トラブルに巻き込まれたら困る。なので、念のため同行してもらった。

カメアシ女子Tは事情を聞いて、しぶしぶ協力はしてくれたが、明らかに気乗りはしていない様子だった。この取材全般に対しても「なんか、頭が悪い男が好きそうなネタですね」と一言で、ぶったぎっていた。うるさいな、それが俺たちの仕事だろ。

そして、夕方

授業が終わって家に帰る彼女と、駅前で待ち合わせる約束になっている。予定時刻ちょうど、そこに彼女は現れた。

中村 凛花さん(仮名)

遠目でもすぐに分かった、彼女だ。

名前は仮名だが、正真正銘、実在の人物だ。21歳の学生と聞いているが、年齢より大人っぽく見える。AIグラビアの件を抜きにしても、彼女がキャンパス内を歩くと、その美貌は確かに目立つかもしれない。

編集部『本日は、ありがとうございます。よろしくお願いします』

中村さん「はい、よろしくお願いします。わざわざ家まで来ていただいて、すみません」

透き通った声。挨拶も礼儀正しく、好感が持てる。我々は、さっそく彼女の家に向かう。

彼女の部屋

駅からほど近い、デザイナーズマンション。1DKという、控えめな間取りの部屋に彼女は住んでいた。やたらと片付いた部屋で、まるでモデルルームのような内観。顔もCGのようだが、家までCGのようだとは。

さっそくインタビュー開始

編集部『お部屋、片付いてますね』

中村さん「何も買ってないだけです。お金がなくて(笑)」

『早速ですけど、お顔を撮影させてください』

「はい、私でよかったら‥」

確かにCGと言われても、おかしくない

マスクを外した写真を載せられないのが非常に残念だ。取材現場では、素顔も拝見したが、冒頭のグラビアの写真にそっくりの美人だった。

※マスクを外した写真の掲載も交渉したのだが、それについては残念ながら叶わなかった。後半で詳しく事情を述べる

とはいえ、マスク越しでも、その整った顔立ちと、白くて美しい肌は、十分わかるだろう。どことなく非現実感がある。AIっぽさ、といってもいい。

編集部『〇△大学に通ってらっしゃる‥と伺ったのですが。すごいですね』

中村さん「それなんですけど、私、すでに大学を辞めていまして‥

『え?』

聞けば、ちょうど、この秋に中退してしまったそうだ。

『何学部だったんですか?』

「工学部です」

『へぇ、リケジョだったんですね』

「そうですね(笑)」

天は二物を与える

世界は不思議だ。こんな美人が、放物線と直線の交点座標を求めたり、等速円運動の周期を求めたりしていたのだから。

その後は、彼女の生い立ちから、詳しく聞かせてもらった。

幼いころに両親が離婚したそうで、子供のころは、お母さんと二人暮らし。お父さんとはその後、会っておらず、ほとんど記憶にないそうだ。ペットを飼いたかったが、家では無理だったので、中学校で生物研究部に所属して、小さい亀を育てていた。昔から科学は全般得意で、将来は、サイエンティストになりたいと思っていた。大学受験は、経済的にもかなり大変だったが、なんとか塾にも通わせてもらい、第一志望の大学に入学できた。

入学後は、飲食店でアルバイトをしながら、奨学金を頼りに、勉学にいそしんでいた。昔から視力は悪く、高校生のころは眼鏡をしていたが、大学に入ると同時にコンタクトレンズに変えた。化粧も覚えた。高校のころの友達からは、垢ぬけて、別人のようだと驚かれるという。

アルバイトの話が出たので、もう一個の気になる噂についても聞いてみた。

編集部『アルバイトで、AIのモデルデータに、あなたの写真を大量に提供した結果、AIグラビアがあなたに似ているようになった‥という話を聞いたのですが、その話は本当ですか?』

中村さん「それはないです(笑)。そんなバイトしたことないです。似てるのは、偶然の一致ですね」

『あ、なるほど‥』

‥ただの都市伝説だった。

編集部『でも、偶然の一致だとしたら、最初、AIグラビアを見たときは驚いたでしょう?』

中村さん「それが、しばらくの間、私、AIイラストって何のことか知らなくて‥。インターネットにも疎いので、しばらく生成AIのこともよく分かってなかったんです」

中村さんにとって最初の驚きは、キャンパス内。彼女のスマートフォンに対し、AirDropを使ったいたずらで、自分のヌード画像が送られてきたことだった。当然ながら、撮った覚えはない写真だ。もしかしたら盗撮かもしれない‥と警察に訴えようかと思った。だが、

中村さん「その写真、映っているのは確かに私ですけど、撮影場所も行った覚えがないところでした。そこで、これ、もしかしたら、私の顔写真を何か合成とかしてるのかな‥って気づいて。いたずら被害を、大学の事務局に相談したら、そこではじめてAI生成画像じゃないか‥って分かったんです」

AI生成と分かったところでどうしようもなく、結局いたずらは、犯人を特定できないままだったという。(見つけたところで、なんの罪状にも問えないだろうが)

その後も、彼女を見舞ったトラブルの数々は悲惨なものだった。アルバイト先で「あなたがフロアに出ると、店に卑猥な印象がつく」と言われ、バックヤード担当に配置換えされた。また街を歩いているだけで、酔っ払いから、「この恋、はじめるぅ?」と唐突に言われて、からかわれるようになった。キャンパス内でも、遠巻きから、こそこそと笑いの種にされることが増えてきた。

中村さん「すごく傷つきました。友達だと思っていた人も、そっけなくなっていきましたし。あと、理系のこういう学部って、学生は男性が多いんですけど、女性に免疫がない人も多くて。接し方や、からかい方が、ほとんど中学生みたいなんです。直接的だし、下品だし、本当にひどい」

キャンパス内でのいたずらや嫌がらせは、日増しに増えていった。なんとか抑えてもらうよう、大学の事務局にも訴えたが、シチュエーションが特殊すぎて大学側もどう対応していいのかわからず、半ば放置されてしまった。そうこうするうちに、いたずらがエスカレートして、身の危険を感じるような目にも遭い、彼女は少しずつ大学に通うのが怖くなってしまった。

結果、あれだけ苦労して入った大学だったが、中退せざるをえなくなった。彼女のもとには、奨学金の返済だけが残った。

暗い過去なのに、淡々と話す彼女

中退直後は、放心状態だったが、お母さんの精神的な支援もあり、今は立ち直りつつある。今は、手に職をつけるべく、医療系の専門学校に入学し直したのだという。医療系なら、時代に左右されにくく、仕事も安定して見つかるだろう。また医療関係は、職場で常時マスクをしているので、顔も気づかれにくいのが都合いい。奨学金を返しながら、専門学校の入学金や学費を払っているので、経済的にはかなりひっ迫しているが、それでもなんとかバイトを掛け持ちしつつ暮らしているのだという。自炊もずいぶん慣れた。

中村さん「もうほんとにお金がないので、節約レシピが、どんどんうまくなってます(笑)

と彼女は、冗談めかして言った。早くお母さんに安心してほしい。それが今の願いだ。

そうして取材は終わった。思わぬ不幸に見舞われ、人生の軌道が大きく変わってしまった彼女だが、ここから力強く立ち直って生きていってほしい。そう思った。

* * *

取材を終え、帰り際、中村さんに、私だけ呼び止められた。カメアシ女子Tだけ、先にマンションを出て待っておくよう促した。

中村さんはこう切り出した。

「今日はありがとうございました。話を聞いてもらえて、すごくすっきりしました。話しやすい雰囲気でしたし」

『そういっていただけて良かったです』

「実は、ちゃんと自分の話をしたいと思っていたんですけど、誰に話していいのか、ずっと分からなくて」

『それは‥辛かったですね』

「‥あの、よかったら、もっとお話ししたいです。今度よかったら、食事でも行きませんか?」

『え‥』

「またお会いしたいです。きょうの夜、LINEしますね」

その言葉を最後に、彼女の部屋の扉は閉じられた。

カメアシ女子Tの考察

若干放心気味に、マンションのエレベーターを降りる。最後の言葉は一体どういう意味だったのだろう。

カメアシ女子Tは、一階のエレベーターホールでへたりこんで待っていた。そして、マンションのエントランスから外へ出るなり、憮然とした様子で言った。

カメアシ女子T「あの、これ、ほんとに記事にするんですか?」

『当たり前じゃん。なんで?』

「うわ、こいつマジかよ‥。気づいてないんですか?」

『何を?』

「あの女、嘘ついてますよ」

『‥どういうことだ?』

「見ました?財布も、バッグも、スマホケースも、ぜんぶジミー⚪︎ュウでしたよ。あれ合わせたら、専門学校の入学金なんかより、ぜんぜん高いです。お金に困ってるわけない」

『え。バッグって、あの茶色いやつ?』

「それ」

『ただの革のトートに見えたけど』

「おじさんにはブランドだと分からないアイテムを選んでるあたり、熟練者ですね。たぶんパパがいます

『嘘だろ‥』

「しゃべり達者でしたね~。よくもまあ、あんなベラベラと‥。しょっちゅういろんなパパに説明してるせいで、嘘つき慣れたんじゃないですか」

『そんな‥信じられない』

「最たるものは、洗面台の横にあったバスローブです。オレンジの、タオル地のバスローブが畳んで置いてあるの、見ませんでした?」

『視界にすら入らなかった』

「あれ、ロ⚪︎ベですね。余裕で40万円ぐらいしますよ

『は?まじで?バスローブが?』

「私も持ってる人、初めて見ました。あんな高いの誰が買うんだろう、って思ってたのに」

『自分で買った‥わけないよな」

「はい。金持ちの男からもらったんでしょ。ホテルでしか会わないなら、セックスする相手の部屋着は、肌触りにこだわりたくなるんでしょうね」

『パパ活する、港区女子‥』

「あぁ、品川区に住んでるのも計算高いですよね。港区よりは、少し質素に見えるし。第一、状況も変ですよ。あんなお金ないっていうなら、こんな家賃が高い23区内の一人暮らしなんてやめて、実家に戻ればいいじゃないですか。そもそも嘘くさいです」

『そう言われれば』

「ほんと、美人は楽でいいですね。おじさんは、簡単に騙せるし。メディアの人間なら、もっと審美眼を持ってくださいよ」

カメアシ女子Tは、呆れるように言った。さっき、エレベーターでのぼせていた自分を思い出す。ぐうの音も出ない。ただ恥ずかしい。

『でも待ってくれよ。仮に彼女が嘘をついているにせよ、別に記事をボツにすることはないだろ。AIグラビアに偶然似てしまった、不幸な女性、って話自体に嘘はないんだから』

「‥いや、そこも怪しい気がしてて」

『何が?』

「彼女、顔も整形だと思うんですよね」

『まじかよ‥見たら分かるの?』

「いや、それは分からないんで、あくまで直感ですけど。ただ、美人って皆、独特のオーラがあるんですよね。生まれてからずっと美人な人って、それが自信とか佇まいに現れるんですよ。美人は堂々としてても、相手が嫌な気しないので、自然とそうなるんです」

『そうなのか』

「だけど彼女、どうもそんな気がしなくて。美貌に、人間の質が追いついてない感じがするんですよ」

『それはよくわからん‥』

「第一、偶然の一致にしては、あまりにAIグラビアに似すぎてません?さすがに、できすぎでしょ。あれ、顔面総工事なんじゃないですか」

『‥だとすると、すごいお金かけてそうだな』

「まあでも、そのぐらい出せるでしょ、彼女なら。だって、40万円のバスローブを着てる女ですよ」

『確かに。‥じゃあ、もしかして、彼女はAIグラビアに似てしまったんじゃなくて、整形で、自らの顔をAIグラビアに寄せていった…ってこと?』

「おそらく」

『なんのために?』

「知りませんよ、そんなの。きっと、パパ活の単価が上がるんじゃないすか?」

『うーん‥』

「信じられませんか?」

『仮説が多すぎて、なんともいえないが、確かに、君が言ってることに説得力はあると思う』

「この記事、載せられますか?なんかキナ臭いんですけど。あとから問題になりません?」

『そうだな…。デスク戻ったら相談するわ』

記事掲載NGの危機

カメアシ女子Tの予感は半分、当たっていた。結果として、あの日、中村さんのお宅で取材した内容を、そのまま記事に載せることは叶わなかった。理由は、中村さん側から「やっぱり記事を掲載したくない」という連絡が来たからだ。

後日、中村さんから、私宛に直接、電話がかかってきた。その内容は、先日の取材はなかったことにしてほしい‥という話だった。彼女は、掲載できない理由を「事情が変わったから」と濁していたので、しつこく食い下がって聞いたところ、彼女はしぶしぶ理由を切り出した。その理由は、予想を一歩上回っていた。

今度、アダルトビデオに出演することが決まったから、だというのだ。

ビデオの中で、初めてメディアに顔を出すようにしたい。それより先に記事掲載をするとインパクトが下がり、都合が悪いので、記事を不掲載にしてほしい。それが彼女の言い分だった。

その理由には驚いたが、こちらも仕事だ。そんなことを認めるわけにはいかない。すでに取材の謝礼もお支払いしているし、事後キャンセルは厳しい。なんとか記事を掲載させてもらえないか粘った。彼女も最初は拒否していたが、条件を調整し、交渉をし続けた。

そして交渉の結果、以下の条件が定められた。この3つの条件が満たされるなら記事掲載はして構わないという結論だ。

(1)「記事の掲載は、AVの発売後ならOK」
(2)「記事内で、顔を全て晒すのはNG(マスクつきの写真のみ掲載可)」
(3)「取材中に話題に出た『とあるトピック』については、一切掲載しない」


そして、記事掲載がされるならば、謝礼はそのままお支払いする、という結論になった。その結果が、今回の記事だ。(なお、(3)については一切、触れることができない。どんな話題であるか自体を書けない。全面的に、読者の想像にお任せする)

ビデオを見た後輩Kの感想

さらに後日。

仕事の合間に喫煙室にいると、無精ひげの後輩Kがにやにやしながら、話しかけてきた。

「こないだ言ってたAV、さっそく見ましたよ」

後輩Kは、心底下世話な男だが、下世話なことへの探求心が人の10倍あるので、こういう時には頼りになる。

『‥あぁ、AIグラビア似の女のやつ?』

「それそれ。まじで、あれクソすぎてウケますよ」

『何が?』

「ひどかったですね、吹替じゃないすか

『吹替って何?』

顔と体が別人です」

『‥え?』

「ディープフェイクっていうんですけど、もうそれでAV女優の顔だけ、ほかの人にすげ替えたりできるんすよ」

『そんなことできんの?』

「はい。普通の人は気づかないぐらいには自然です。品川区の女は顔の映像だけ提供して、カラミの撮影現場には、来てすらいないんじゃないすか」

『‥まじで?』

「体のほうの女は、顔がイマイチなんじゃないですかね。だから、二人でひとつの女優を演じてる」

『そうなのか‥』

「あと笑えるのが、冒頭のインタビュー部分です。そこだけ、あの品川区の女本人が出てきてインタビューに答えてるんですけど、医療事務の知識がボロボロでしたね。カルテって言葉が出てこなくて、カメラマンに教えてもらってましたから(笑)勉強してたら、さすがに知ってるだろ、それは。たぶん学校、まともに通ってないんだろうな。聞いてられないんで速攻スキップしましたけど」

『ひどいな』

「別にいいんすよ。客は、もともとAVなんて、ぜんぶ嘘だって分かってますから。素人ナンパものAVで、誰も本物の素人だなんて思ってないっしょ。それと同じです」

後輩Kは、悟りきった顔で笑った。いろんなことが起きすぎて、くらくらする‥

* * *

けっきょく編集部で検討した末に、中村さんの記事をWebマガジンに載せるのは見送りになった。背景が不穏でリスクが高い割に、マスクを外した写真が載せられないなら、記事としてのバリューは低く、割に合わない、というのが編集長の意見だった。悔しいが、冷静な判断だとも思う。いっそ記事で、洗いざらい、経緯を全て赤裸々に書いて暴露してやることも考えたが、訴訟リスクが怖かった。

というわけで、泣く泣くボツになったこの原稿は、フォロアー数が少ない、このマイナーなnoteに、こっそり載せて供養したい。ここなら見る人も限られているし、載せても問題ないだろう。(取材はとんだ無駄足だったうえに、払った謝礼は持ち出し。財布が痛い)

ちなみにAVは、すでに発売済だ。有料動画サイトで今も見られる。散々振り回された身としては、宣伝になるのもしゃくなので、リンクは張らない。どうしても気になる人は、これをヒントに自分で探してみてほしい。

新人・AVデビュー

話題のAIグラビア美女に激似!?医療事務職志望の21歳 品川区女子「この恋、はじめる?」‥だそうだ。

* * *

それにしても、世の中にはいろんな人がいるものだ。自分の顔さえ出さなければ、AVに出ても構わない女性。逆に、顔がAVに出たとしても、体がフェイクであれば許せる女性。そして「医療事務志望」という、まやかしの肩書を、ありがたがって受け入れる男性の消費者。全ての人のニーズがかみ合い、このビジネスは成立している。当事者同士がそれでいいなら、もう言うことはないが‥。需要と供給が高度化しすぎて、ついていけない。

もう、うんざりだ。知らん。この話は終わり。正直、この女の顔は、二度と見たくない。

<後日談>

※2023/12/22追記

以下は、この記事掲載後の後日談になる。

良いのか悪いのか、やはりビデオは売れたそうだ。少なからず、この記事が宣伝に寄与してしまったかもしれないので、悔しい思いがする。

そして、この記事をnoteに掲載後、反響をいただいたのだが、読者の方からいただいたコメントのなかで、興味深い仮説があったので、追加でここに書かせて欲しい。

その仮説はこうだ。

『中村さんは、もしかしたら、私が、この記事をnoteに掲載すること自体を、最初から計算していたのではないだろうか?』

そう言われれば、思い当たる節はある。実際、この取材に伴う一連において、彼女は得しかしていない。私から、十分な額の謝礼を受け取り、そのうえで、私のnoteは反響を呼び、ビデオの宣伝につながっている。この記事を読んだ人は、マスクの中身の顔も気になるだろう。彼女は多少の炎上を背負ったかもしれないが、それを上回る認知を得た。それはビデオの売上に跳ね返った。どう考えても得だ。本人は一切裸になることなく、考えられる限り最大の効率で、財産を大きく増やした。私は、彼女と交渉し、掲載条件を勝ち取ったつもりだったが、もしかしたら、最初から彼女の手のひらの上で転がされていた可能性すらある。

AVのメーカーが、企業ぐるみで、こんな危うい仕掛けをしてくるとは思えない。これがもし策略だとしたら、彼女自身が考えて実行したものだろう。この展開すべてが最初から計算通りだったのだとしたら、もう私の負けだ、としかいえない。

AVパッケージの文言に嘘はない。彼女は間違いなく、品川区に住み、医療事務の専門学校に所属する、21歳の女性だ。そしてAIグラビアの美女に似ている。全て真実だ。

ただ、それら全ては、ストーリーのために生成されたプロフィールにすぎない。品川区に住んでいるのは、港区女子とカテゴライズされないための擬態だ。医療事務志望の肩書は、男を興奮させるためのスパイスにすぎず、実際には専門学校も、ただ学費を払っているだけで、おそらく卒業しないだろう。そして、AIグラビアに似た美貌は、彼女自身の顔ではなく、美容整形によって作られたものだ。この一連全てに、どこにも、元来の彼女はない。まるで嘘をつくために生きているかのようだ。彼女はこれまでも、こうして、虚構でつじつまを合わせて、生きてきたのだろう。

おそらく、彼女がシングルマザーに育てられたことは本当なのだと思う。そして、苦学の末に大学に入ったのも、大学中退も、きっと真実だ。(中退の原因は、パパ活ざんまいで、大学にまともに通ってなかったからだとは思うが)

だが彼女は大学中退という、むき出しの真実を、自分で認められなかった。自分が「大学をドロップアウトした女性だ」ということを、どうしても受け入れられなかった。プライドが許さなかったのだと思う。体を売ることが生活の中心になっていた彼女にとって、その大学の学生であることは、自我の拠り所だったのかもしれない。

そして彼女はプライドを保つために、方法を考えた。そのために「自分は、大学を辞めざるを得なかったのだ」というフィクションを、事後に構築した。大学での嫌がらせの話は、全て彼女の捏造だろう。そして、こともあろうに、その虚構の物語に、本当の自分の容姿を近づけた。架空の中退理由に合わせて、つじつまが合うよう、美容整形を施した。人生を、あとから生成したのだ。

そう考えると、整形に至った心境も想像できた。その行為は、プライドを保つためには、不可欠だったのだ。彼女は整形をすることで、もともとの自分を封じ込めた。大学をただ中退した彼女は、どこにもいなくなった。そして、新たに生まれたフィクションの大学中退秘話は、話すたびに同情を呼び、彼女を癒す。その話は、中年男性に対して繰り返し語るうちに、彼女の中でも、だんだん真実だったかのように、頭に刻まれていく。話すほどに、自分はフィクションに浸されていく。今となっては、その物語を、彼女は心から信じているかもしれない。

そして、その精神状態の彼女を見つけたAV業界が、彼女をビデオ出演するまでに引き込めたのも、うなずける話だった。もともとパパ活の日々で、自身の性を商品化することに対し、タガは外れていたはずだ。そのうえ、顔の吹替映像技術のおかげで、本人自体は撮影に臨む必要すらない。ビデオに出演すれば、彼女の美貌は称えられ、ちやほやされ、満足感だけを与えてくれる。そして大金が手に入る。彼女にとって得るものは大きく、失うものは少ない。出演するのに、たいして抵抗もなかったのだろう。生成された人生。全てがハルシネーション。そう考えると、腑に落ちた。共感はできないが、理解はできる。

これは、彼女に限った話ではない。

現代の社会は、自分のプロフィールを華やかにするために、労力や金を費やす人であふれている。学歴、職歴、受賞歴、収入、肩書、すばらしいパートナー、勝ち組。みな、自分の価値が高いことを示すのに必死だ。多くの人は、自分が物語をまとうために努力し、金を払う。ときに、地に足がつかない物語すら背負おうとする。まるでブランドバッグを買うように、自らの人生に、整ったストーリーを付与しようとする。

都市に生きるほとんどの人は、多くの時間と金を、虚構をただ構築するために費やしている。SNSのタイムラインを美しく飾るために、生きている。それは他人への顕示欲というより、もはや自己満足のためだ。自分がうっとりするためにある。承認欲求を、自己還元で満足させている。自分で自分を酔わせている。

多くの人が、整ったSNSのタイムラインやプロフィール欄こそが、自分自身だと感じているように。彼女もまた「AIグラビアに偶然似てしまった、不運な自分」こそを、自分自身だと思っているのだろう。それが全く実態とかけ離れたものであったとしても。彼女は極端なケースだが、それを愚かだと、私は言えない。きっと、この都市では、そうでもしないと生きていけないのだ。むき出しのままでは、心が耐えられない。ありのままでも、神に尊厳を認めてもらえた時代の方が、人々は、まだ幸せだったのかもしれない。

(了)


※この記事はフィクションです。物語に登場する個人、商品、団体は、すべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。

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