恋のドドドドーン! テーマ『月がきれいですね』よりシナリオ


[設定の説明]

大概の人は「すき」という言葉を、特に恋する相手へ伝えるのは勇気の要ることだ。
葛藤する心の出口のはずの「すき」が、もしないとすれば、
出口の代わりにその過程が言葉となって表れるだろう。
川の河口を塞いだら、流域に水が溢れるのと同じである。

そしてその過程は「すき」という明快な言葉がない以上、
明快でない言葉、本人にも掴みきれない言葉だと思う。
そこでオノマトペの中の擬音で人それぞれの「すき」を表現したい。
そこにはボディランゲージも加わる。

なお、言葉にならない言葉で擬音に限るのは、コミュニケーションには相手があるので
理性的なものでないと、「すき」という言葉の代わり通じ合えないと思うからである。


[あらすじ]

高1の幼馴染みの柏崎ユミナと斧村ナオキ。
あるとき、斧村はひとめぼれをする。
相手は高嶺の花の桜川エミリ。

それを相談されたユミナは斧村の恋の告白の練習に付き合う。
その最中、ユミナは斧村のことを好きなことに気づく。

自分の気持ちを表現した擬音を見つけた斧村は、
桜川に告白に向かう。


[登場人物]

〇柏崎ユミナ(シナリオ上:ユミナ)主人公
 女性。高校1年生。
 斧村とは幼馴染。クラスは別

〇斧村ナオキ(シナリオ上:斧村)
 男性。高校1年生。
 ユミナとは幼馴染。クラスは別

〇桜川エミリ(シナリオ上:桜川)
 女性。高校2年生。
 斧村ナオキが想いを寄せる。
 
〇長野原あみ(シナリオ上:あみ)
 ユミナの友達、クラスメート。桜川エミリと同じクラスの部活の先輩がいる。

〇軽井沢ハルコ(シナリオ上:軽井沢)
 ユミナの友達、クラスメート。

〇ユミナの母(シナリオ上:母)

〇高校の男子生徒A、B(シナリオ上:男子AとB)


[シナリオ]

〇はじまり(ナレーションか文字)

 『すき』という言葉のない世界。でも伝えたい想いがある。
 言葉にならない言葉で、心の動きを表現したい。
 つまり擬音である。


〇学校廊下(放課後)

 ユミナと斧村、廊下の角から顔を出している(ユミナは屈み、その上に斧村が立っている)。
 ふたりの視線の先の廊下には、桜川と男子Aがいる。

男子A「桜川さん、(大きなアクションを伴いながら)ドキューン! ズキューン! ガキューン! 友達から始めてもらえませんか!」
桜川「(間髪入れずに頭をペコリと下げながら)ごめんなさい」

 桜川が廊下から去る。
 男子Aが立ち尽くしている。

ユミナ「痛々しい。彼女にとっては前髪の1本も揺らす力のないそよ風が一瞬吹き抜けただけだわ」
斧村「……」

 ユミナの耳に斧村の息を吐き出す音が聞こえる。

ユミナ「(斧村を見上げて)なにそれ?」
斧村「なんか良かったような……良くなかったような……」

ユミナ「どこまでもはっきりしないね。さっさと告白して白黒つけちゃえばいいじゃん。ドドドドーンとか言ってさ」
斧村「(力強く)ちがう、それは」
ユミナ「ここははっきりなんだ」
斧村「ドドドドーンじゃなくて、この気持ちは、ああズギャギャギャーンかな、ギョギョギョギョーかな」
ユミナ「さかなクンじゃない。だいいちあの感じの人からギョギョギョなんて返事もらえると思う?」
斧村「……」

 ユミナは男子Aの姿が消えたのを見て、斧村にぶつからないように前にちょこちょこ歩いてから立ち上がる。意気消沈する斧村に向き合う。

ユミナ「自分の想像の世界で負けてんじゃないよ。ここは現実の世界だよ。帰ろう」


〇道(下校中)

 斧村とユミナ、横並びで歩く。

斧村「やっぱりオレじゃ無理だよなぁ」
ユミナ「無理かとどうかは知らんけど、いまはわたしと帰ってる。独り言ってどうよ?」
斧村「……無理じゃないと思う?」
ユミナ「知らん」
斧村「なんだよ。それじゃ独り言と変わらないじゃんか」
ユミナ「で、あの人のどのへんがいいわけ?」
斧村「……やっぱかわいいじゃん」
ユミナ「うわっ顔目的!」
斧村「いやいや、それだけじゃなくてスタイルもいいし……」
ユミナ「うわっ身体目的! ヤダヤダ」
斧村「その言い方やめろよ、なんか良くないわー」
ユミナ「良くないとかじゃないから。あの人と話したこともないんでしょ?」
斧村「……まあ」
ユミナ「それで顔と身体目的以外になにがあるの」
斧村「……別の言い方があるんじゃないかなぁと思われるのだけれど……」
ユミナ「ひとめぼれ」
斧村「それ!」
ユミナ「都合よすぎ」
斧村「……もう都合のいい男でいいよ」
ユミナ「情けないこと言わない。というか相手に失礼だよ」

 斧村、頭を抱える。そのまま道を蛇行して歩く。行ったり来たりを繰り返す。
 ユミナ、怪訝な眼差し。

斧村「ああああああああ」
ユミナ「わかったわかった。あんたのその悩ましい気持ちはわかった。気持ちがぐるぐるしすぎて言葉が見つからないのもわかった」

 斧村はぐるぐる動き続けている。

ユミナ「あんたがわたしに勇気を出して素直に打ち明けてくれたんだから、小学校からの友人として、一緒に言葉を見つけてあげる。大丈夫、任してといて」

 斧村、立ち止まる。ユミナの手を取る。

斧村「(目を輝かしながら)ありがとう! なんかかっこいい」
ユミナ「かっこいいじゃない! かっこよくなるのはあんただ」
斧村「……(情けない顔で)できるだけ頑張ります」

 斧村と別れたユミナ。

ユミナ(心の声)「やばい。これはやばい」

 スマホをいじる。
 「告白 必勝 フレーズ」と検索。

ユミナ(心の声)「いやいやどう考えても高嶺の花だわ、あれは」

 「美人 無理」を追加して検索。
 ユミナ、天を仰ぐ。

ユミナ(心の声)「無理ゲーってやつか」


〇教室(翌日の昼休み)

 ユミナとあみ、軽井沢が机を3つ合わせて、お弁当を喋りながらちまちま食べてる。

ユミナ「そういえば、上の学年にめっちゃ綺麗な子いるよね」
あみ、軽井沢「いる!」
あみ「てか、部活の先輩がおんなじクラスだからめっちゃ聞いてる」
ユミナ「へー」
あみ「桜川さんっていうんだけど、あの人、透明感やばいよね。それになんかオーラがあるっていうか、後ろから光が射してる感じしない? 鎌倉の大仏並みにさ」
ユミナ「いや、(後光のジェスチャーをしながら)鎌倉のに後ろのヤツないから」
あみ「マジかー」
軽井沢「賢さが1上がったねー良かったねー」
ユミナ「で、どんな人だって聞いてるの?」
あみ「見た目どおり、めっちゃモテてるって話。毎日のように告白されて断ってるんだって。美術部の部室の前に告白する列もできたらしいよ。先輩もさ、休み時間や授業の移動中に告白されてるシーン見たって言ってる」
ユミナ「すごっ。そんなの都市伝説レベルじゃん」
軽井沢「(首を軽くふって)……退路を絶って彼女を追い込まないといけないところまで男を自然に思いつめさせちゃうのか。美人に生まれるのも大変だね」
あみ「なんか怖いよね」
ユミナ「しかしさ、この世界には告白できる男がそんなにいるんだね」
軽井沢「だよねー。リアルで告白してるシーン見たことないもん。大半の男は恥ずかしがりやだと思ってたけど、全然ちがうんだね」
あみ「でも、そんなに告白されてるってことはさ、全部OKにすれば毎日彼氏替えれるじゃん。なんか良くない?」
軽井沢「それ自分を切り売りしてるだけじゃん」
あみ「もし告白してくれたら100円あげるって言ったら毎日告白してもらえるかな」
軽井沢「くだらな」
ユミナ「でもさ、断ってるってことは付き合ってる人はいるかいないかどっちかなんだね」
軽井沢「そりゃそうでしょ」
あみ「……そこはわかんないけど、いないのかもね」
ユミナ「なんで?」
あみ「あれだけ綺麗なのに彼氏がいないのが彼女の七不思議のひとつだって先輩が言ってる」
軽井沢「その人まだ六つも不思議もってるの? 不思議ちゃんじゃない」
あみ「そうか、不思議残ってるね。あれかな、間違ってランドセル背負って高校来ちゃうとか?」
軽井沢「それじゃただのバカよ」
あみ「ま、見た目以外は普通の人だって先輩は言ってたけどね」
ユミナ「普通か……そういう人って掴みどころがないってことでもあるよね」


〇公園もしくは河川敷。声が他人に聞かれない場所(放課後)

 ユミナと斧村、ベンチに向かって歩きながら、

斧村「……やっぱり、やるの?」
ユミナ「ん?」
斧村「きのうの夜、冷静に考えたけど、やっぱり自信がない」
ユミナ「じゃあ、あの人が誰かと付き合うのを指をくわえて見てるの?」
斧村「え? オレ16歳だよ。赤ちゃんじゃないよ」
ユミナ「慣用句よ。バカじゃないの」
斧村「そんなこと言ったら同じ学校通ってるユミナもバカってことになるよ」
ユミナ「学校の勉強と地頭は関係ない! なんにもしないでただ眺めてるだけでいいのかって訊いてるの!」
斧村「……よくない」
ユミナ「じゃあ、決まりね」

 ベンチにバッグを置く。
 ユミナ、斧村と向かい合う。

ユミナ「自分の中から言葉を見つけてきた? あれだけ告白されてる人だからネットで調べたフレーズなんて聞き飽きてると思う。だからオリジナルにこだわるよ」
斧村「(うなづく)いろいろ考えてはみた。(スマホを見せる)」
ユミナ「優秀。じゃあ、ちょっとやってみて」
斧村「え?」
ユミナ「え、じゃないよ。練習するんでしょ?」
斧村「いやなんか恥ずかしい……」
ユミナ「じゃあしないの?」
斧村「いやそれも……」
ユミナ「どっちよ!」
斧村「ちょっとずつやる方向で……」
ユミナ「(苦々しい表情)1ミリでも進むつもりでやってみよう」

 斧村、深呼吸を繰り返す。
 ユミナ、仁王立ちでその様子を見る。
 意を決めた斧村が顔を正面に定めると、ふたりの目が合う。

斧村「(上げた両手を下げながら)ガラガラ」
ユミナ「閉店してんの?」
斧村「(両手を下から上げて)ガラガラ」
ユミナ「だからって開けない」
斧村「(丸めて 振りながら)ガラガラ」
ユミナ「丸めたシャッターで赤ちゃんをあやさない」
斧村「(丸めたシャッターを寸胴鍋に入れるような動きのあと、コンロのつまみをひねるような動きをしながら)ガラガラ」
ユミナ「シャッターを寸胴鍋で煮込まない。鶏ガラじゃなくて金属だから。というか擬音じゃないじゃんか」
斧村「(聞こえるほどのため息)むずかしいなあ」
ユミナ「きのうの夜、一体なにしてたのよ!」
斧村「いろいろ考えてきたって言ったじゃんか」
ユミナ「いろいろな分野を考えてどうすんのよ。自分の気持ちをいろいろ考えて、そこから深く掘り下げなさいよ」
斧村「(驚いた表情)なるほど」
ユミナ「(詰め寄る)あのさ、大丈夫? わかってる? 告白するのよ? 思いを寄せる相手にずっとガラガラでしたなんて言える? 潰れる店なの? ちがうでしょ? そんなことで相手の心を捉えられるわけないでしょ? そんなことぐらいわかるでしょ? よく考えてよ!」
斧村「(ハっとして)た、たしかにそうだ……なんか今までモヤモヤして霧がかっていたものが吹っ飛んで、頭がクリアになった気がするよ!」
ユミナ(心の声)「まじ負け戦だわ」


〇放課後の練習の光景、数日分。

ユミナ(心の声)「それからほとんど毎日練習した。グッグッグッから始まり、思いつく限りの擬音を身体も使って試しては、ナオトの心情に合い、相手の心を打つような表現を求めた。わたしもそれに全力で立ち向かっていたから、のど飴は手放せなくなったし筋肉痛にもなった。ただ高校の受験勉強を始めてから困っていた肩凝りが気づいたら解消されていたのはラッキーだった」

斧村「(四つんばいで動きながら)ズルズルペッタンズルペッタン」
ユミナ「ズルズルはいいけどズルペッタンがわたしの心に響いてこない! (よつんばいになる)こうじゃない?」
斧村「その感じいいかも。でも、なんか自分の気持ちとはズレてるかもしれないな」
ユミナ「(立ち上がり手の汚れを払いながら)ズレ?」
斧村「こういう感じかも(四つんばいで動きながら)ズルズルベッタンズルベッタン」
ユミナ「うーん、なんかベトベト感が気持ちよい感じじゃないかな。他にはある?」
斧村「(両手で撃つような動作)ビュビューン、ビュビューン、ビュッビュ~ン」
ユミナ「(爆発を全身で表現)ドバーン。ダメだ。心が撃ち抜かれた感じがしない」
斧村「(両手で撃つような動作)ピュピューン、ピュピューン、ピュッピュ~ン」
ユミナ「(爆発を全身で表現)ドパーン。さっきよりはあんたっぽいけど、イマイチ」
斧村「はあ、むずかしいな。ちょっと休まない?」

 ユミナと斧村、ベンチに座る。
 斧村、バッグから350ミリリットルの水筒を2本取り出す。

斧村「はい(1本を渡す)」
ユミナ「なにこれ?」
斧村「お湯」
ユミナ「お湯?」
斧村「寒くなってきたじゃん」
ユミナ「……(水筒を見る)」
斧村「これ保温性高いから、飲むときは注意して」
ユミナ「ありがとう。コレただのお湯なの?」
斧村「お茶にしようかと思ったけど好き嫌いもあるし、温まれればいいかなって」
ユミナ「……ちなみに白湯って言い方もあるよ」

 ユミナ、水筒のフタを開ける。白い湯気が立ち昇る。

斧村「さゆか。なんかおしゃれ。今度から白湯って言おう」
ユミナ「(斧村を見て)いやお湯のほうが似合うよ。あんたは白湯よりの白湯というより、お湯よりのお湯っぽいから」
斧村「なんだよそれ」

 ユミナ、ヤケドに注意しながらちびちびとお湯を飲む。

ユミナ「……あったまるわ~」

 斧村も水筒のフタを開けて飲む。

斧村「……また持って来るわ、お湯」

 ×××

 ユミナ、授業中にノートに擬音を書く様子。

 ×××

 ユミナと斧村、互いにノート片手に。

ユミナ「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴとかどう?」
斧村「ゴゴゴゴゴゴ?」
ユミナ「そう、語感から来る感じを身体でも表現してやってみて」
斧村「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴー」
ユミナ「けっこういい感じだけど、どう?」
斧村「なんかしっくりこないかな」
ユミナ「音がちがうのかな。(手を上げて)ちょっと高めで言ってみて」
斧村「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴー」
ユミナ「そこのゴじゃなくて、ここ(高さを手で示す)のゴ」
斧村「ゴーゴーゴー」
ユミナ「ちがう、ここ(高さを手で示す)ゴーゴー」
斧村「ゴーゴーゴー」
ユミナ「そこから伸ばして(高さを手で示しながらもう片方の手を次第に上げていく)ここまで来て!」
斧村「ゴーーーーーーーー(次第に上げていく)」
ユミナ「はい、そこのゴ! そこキープ、それでやってみて」
斧村「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴー」
ユミナ「(首をひねる)うーん、なんかちがうかな。逆に(腰を落とし手を地面スレスレまで下げて)こんぐらい低めは?」
斧村「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴー」
ユミナ「ちがうちがう。このへんのゴだよ(腰を落とし手を地面スレスレまで下げて)」
斧村「ゴーゴーゴー」
ユミナ「(高さを手で示し、もう片方の手を次第に下げて)もっと低く、もっと低く」
斧村「ゴーーーーーーーー(次第に下がる)」
ユミナ「いいねいいね、(手で示しながら)もうちょいだけ」
斧村「ゴーゴーゴー」
ユミナ「そうそこのゴ! やっぱり男の子は低音でるね。それでやって」
斧村「(動作つき)ゴゴゴゴゴゴー」
ユミナ「不気味」
斧村「どういうことだよ」

 ユミナと斧村、笑う。

 ×××  

 ベンチにユミナと斧村、座る。ベンチには水筒が2本置いてある。
 ふたり、飲みながら。

ユミナ「いろいろ調べてみたけど、桜川さんにコンタクトを取るには、間接的には難しいと思う。下駄箱に手紙みたい古典的なやりかたもダメだし、友達経由で仲良くなったり、IDを手に入れてネットで繋がるみたいことも厳しいみたい。あまりに告白されすぎて、彼女の友達が彼女を守ってるんだよね」
斧村「……うん。おれも調べたけど無理めだった。いまは男が美術部に入ることもできないって」
ユミナ「やっぱり彼女には当たって砕けろしかないと思う。みんながやってるように」
斧村「砕けたくないなぁ」
ユミナ「骨は拾ってあげる」
斧村「そこまでバラバラに砕けちゃうの?」
ユミナ「全身全霊で挑むってそういうこと」
斧村「……ヤダなぁ」
ユミナ「やめる?」
斧村「できればやめたくない」
ユミナ「わかった。できるまでやるってことね」
斧村「おー男前! やっぱりかっこいい」
ユミナ(心の声)「こりゃ骨すら残ってないかも」

 ×××

斧村「(弾ける動き)シュワシュワシュワシュワー」
ユミナ「いや、こういう感じじゃない? (弾け飛ぶ動き)シュワシュワシュワシュワー」
斧村「(動き付き)シュワシュワシュワシュワー」
ユミナ「(動き付き)シュワッシュシュー」
斧村「(動き付き)シュワッシュー」
ユミナ「(動き付き)シュ、ワッシュー」
斧村「(動き付き)シュシュ、ワッシュ」
ユミナ「いいよ、キレが上がってる」
斧村「(動き付き)シュワワッシュー」
ユミナ「どういまの気持ち?」
斧村「炭酸飲みたい!」
ユミナ「そのいまじゃないでしょ! 恋する気持ちを表現できてんのかってことでしょ!」


〇道(帰宅中)

 ユミナ、街灯に照らされながら夜道を歩く。

ユミナ(心の声)「あいつはわたしにはどこまでも素直なやつだ。隠し事ができないのか、ただ無遠慮なのかわからないけど、わたしに嘘はつかない。だから、わたしも遠慮なくあいつには言える。素直に言える。だからこそ気になる人がいることをわたしに言ったんだろう……」

 ユミナ、立ち止まる。見上げると月が出ていた。また歩く。

ユミナ(心の声)「あいつの心からの叫びに、こっちも心から叫んで、あいつの心からの悩みに、こっちも心から悩んで、そんな子供みたいに夢中になってる時間を過ごすのは……こんな感覚は小学校ぶりかな……すっごく楽しい。……だから、ひとりなると思う。ああ気づくことは良いことも残念なこともあるけど、これは残念なことだろうな」

ユミナ「(呟く)わたし、あいつにドドドドーンだ」


〇ユミナ自宅。リビング。

 ユミナ、リビングのソファーで寝そべりながらテレビを見てる。母、台所。
 テレビは音楽番組が流れてる。
 RAP調のラブソング(もちろん好きという言葉はない)だった。 

『昼メシズズズー 夜もZZZzz 寝ても醒めても繋がる想い
 カツカツ 自転車操業 No Wait 出前のソバ屋
 オロオロ 上陸怪獣 The Morning 当たり前逢いたい (Yes)』

母「ユミナがラブソングなんて珍しいわね。いつも軍艦マーチじゃない」
ユミナ「(上半身を起して)軍艦は頭から取って。マーチだから。っていうかクラシック全般だし」
母「(ほくそ笑む)……ひょっとして」
ユミナ「ちがうから。ちょっとどんな感じなのか見てみたかっただけ」
母「(ニヤニヤしながら)だけか~」
ユミナ「ちがうから!」

 テレビから別の音楽が流れる。

『月と話したら 三日月や半月が飛び散った だけどいずれ元に戻るよ
 満ちる想い ダースコダースコダースコダーダースコスココココォォ~』

ユミナ「そういえば、お母さんのとき、こういう告白の流行みたいなのはどんなだった?」
母「(思い出す仕草)……キミはブスッというのがあったわね。弓を射るようなポーズで」
ユミナ「ブスってもろにディスってない?」
母「貶してるわけじゃないの。ブスとブスッっていう言い方の問題なの」
ユミナ「言い方?」
母「そう、ブスってスを長く伸ばすと蔑称だけど、スを短く言うと矢が刺さったときのブスッになるじゃない。つまりハートが射抜かれたってことね」
ユミナ「お母さん、包丁持ちながら言わないで」
母「あ、ごめんなさい」
ユミナ「でもそれって受け取り方難しそうだけど」
母「(首を軽く振る)その受け取り方が面白い部分なの。告白されても断るときはブスと受け取った反応をすればいいっていうことね。断られたほうもブスって聞こえてしまったから断られたって理由にすればいいじゃんみたいな……そんな駆け引きかな、遊びみたいな部分も含まれていた、ま、余裕のあった時代の話ね」
ユミナ「……なんかすごいね」
母「(少し照れながら)……じつはね、お父さんもブスッだったの。でも、どう好意的に聞いてもブスにしか聞こえなかったから……」
ユミナ「お母さん、また包丁持ってるよ。ちょっと一回置いて!」
母「ごめんなさい。思い出しちゃって」
ユミナ「思い出すのはいいけど、危ないから」
母「でね、こっちもどう返事していいかわからなくて黙ってたの。そしたらお父さん、ブスブス連呼してきたの。わたしの周りをブスブスブスブス言いながらグルグル周るのよ!」
ユミナ「お母さん、包丁に手がのびてる!」
母「ごめんなさい。思い出しちゃうとつい」
ユミナ「わかるけど、包丁はやめよう」
母「うん。(包丁をしまう)そしたらね、お父さん道路に転がって泣きながら言ったの」
ユミナ「ええ……」
母「え?」
ユミナ「(テンションちょっと上げて)ん? それでそれで!」
母「それでね、お父さんが言ったの。『ごめん。借り物の言葉じゃやっぱりダメだ。もう手遅れかもしれないけど、最後に言わせてくれ、ぼくはキミのことがドドドドーンなんだ!』」
ユミナ「げっ(顔が歪む)」
母「げ?」
ユミナ「(焦りながら)げげげげ……劇的だなって……」
母「そう! 劇的だった。夜景の見える公園だったんだけど、一瞬でわたしの周りが輝いて見えて、胸がいっぱいになって、身体から言葉が溢れ出たのよ。わたしもドドドドーン!って」
ユミナ(心の声)「……わたしはふたりの子だ」


〇公園か河川敷(放課後)
 
 ユミナと斧村、向かい合っている。

斧村「(へんな動きを伴いながら)ビヨビヨビヨ~ン、ビヤンビヤーン」
ユミナ「なんか気持ち悪い……」
斧村「(へんな動きを伴いながら)ピヨピヨピヨ~ン、ピヤンピヤーン」
ユミナ「さらに気持ち悪い……」

 斧村、うなだれてベンチに座る。

斧村「もうわかんないや。これだけやっても正解が見つからない……もう無理だわ」

 ユミナ、隣に座る。

ユミナ「(優しく)でもさ、一生懸命心をかき混ぜてさ、掴みだしてきた言葉たちじゃん。きっと少しずつ近づいてるんだと思うよ」
斧村「(ユミナを見る)そうかな……」
ユミナ「(笑み)そうだよ!」
ユミナ(心の声)「……かどうかはわからないけど。ああどうしよう。本当に近づいているのかな……。下手な鉄砲、パンパン数撃っても結局当たってないんじゃないのかな……。もうネットにあるフレーズから選んだほうがいいのかな……。ああでもせっかくここまでオリジナルティにこだわったんだ。最後までこだわりたい……」

 斧村がスマホのメモを見返してる。

ユミナ(心の声)「そもそもこいつらしさってなんだろう……優柔不断、どっちつかずな感じか。ひどいな」

 斧村がノートをめくっている。

ユミナ(心の声)「なんだかんだでいっぱい数を撃てるのはいいけど、無闇にパンパン撃ちまくっても意味な…いや、この場合はバンバン撃ってもか」
ユミナ「(閃いた表情)あ」

 斧村、ユミナを見る

ユミナ「……わかったかもしれない」
斧村「へ?」
ユミナ「(斧村に顔を寄せ)ほら、点々と〇、つまり濁音と半濁音だよ」
斧村「へ?」
ユミナ「へじゃない! べとぺよ! あんたはべとぺよなんだ!」
斧村「はあ?」


〇教室(日をまたいでの昼休み)

 ユミナとあみ、軽井沢が机を3つ合わせて、お弁当を喋りながらちびちび食べてる。

軽井沢「ユミナと斧村くんを見たんだけど、ふたりでなにやってるの?」
ユミナ「え……(言いよどむ)」
軽井沢「向かい合って(動作を伴いながら)こう動きながら大きな声を出してるような」
ユミナ「いや、あの……」
軽井沢「そういえば、最近のユミナは斧村くんと一緒によく帰ってるよね」
あみ「ほーお。昔から学校一緒って聞くけど、そこまで仲の良さを見せつけてくれることはなかったなぁ、付き合ってるの?」
ユミナ「(手を振り)付き合ってないから」
あみ「あ、わかった。誰かに告白するんじゃないの、斧村くん」
軽井沢「あー、練習に付き合ってあげてるんだ。告白するの大変だもんねえ。ユミナ優しいわー」
ユミナ「……」
友人 「で、誰に告白するの?」
ユミナ「いや、そうじゃなくて」
軽井沢「わかった。桜川さんだ」
ユミナ「……」
軽井沢「斧村くんも一瞬で魅了されてしまったのね。網膜に焼きついたらなかなか消えないあの顔。
寝ても醒めても瞼の裏に浮かんで来て、これは恋かもしれないなんて勘違いから、強く思い込んでしまって、間違いだらけの迷宮を彷徨うのがアオハル」
あみ「ユミナかわいそ」
ユミナ「はああああ?」
あみ「失恋だね。得体の知れない美人に一瞬でもってかれちゃったー」
ユミナ「ちょっと勝手にそんな話にしないで!」
軽井沢「ユミナの心を知らない斧村くんはユミナ相手に告白の練習。なんて蒼いパラドックス。涙だわ」
あみ「尽くすタイプなんだねー」
ユミナ「どうしてそんな話になっちゃうの?」
軽井沢「やっぱり桜川さんなんでしょ?」
ユミナ「ちがうから」
軽井沢「はい、斧村くん、誰か分からないけれど告白決定!」
ユミナ「あっ」

 唖然としているユミナに軽井沢は顔を近づけて囁く。

軽井沢「誰かは言わなくていいよ。で、いつ? どこ? 教えてくれたら動画で撮って世界に向けて拡散してあげる」
ユミナ「(強めに、でも声は大きくなく)もうやめて」
あみ「見たい見たい!」
ユミナ「お願いだから、もうやめて、(途中から涙目になる)もうそういうこと言わないでよ、ほんとに……」
軽井沢「(ユミナの様子を見てうろたえる)ごめんごめん。そんなことしないから。もう言わないから。大丈夫。(あみを見て)ね?」
あみ「(うなづき)やらないやらない、やるわけないじゃん。もうこの話は終わり。忘れました」
軽井沢「本当にごめんね。冗談のつもりだったけど、やりすぎた。ごめん」
ユミナ(心の声)「冗談だってわかってる。でも、真に受けてしまう自分がいた。そしてすこしも隠せなかった。わたしの心はこんなにもいっぱいいっぱいだったのか……」


〇公園か河川敷(放課後)

 ユミナと斧村、ベンチ。

斧村「はあ、SNSで伝えられたらいいのに、この想い。どうしてこんな便利なものが告白だけ使えないんだろう」
ユミナ「語感のニュアンスが伝わらないからねえ。動きも伝わらないし」

 ユミナ、手を叩く。

ユミナ「はい、悲嘆の時間終了。やるよ。今日こそ見つけちゃうよ」

 ユミナと斧村、向かい合う。

斧村「(へんな動き)ベヨペチョペヨベチャペヨベチョペヨペチャアァ」
ユミナ「(震える身体に両腕を回して)なんかものすごくおぞましい……」
斧村「そう? きのう言われたやつで一生懸命、自分の心を掘り下げてみたんだけど」
ユミナ「どういう所を掘り下げるとそんな言葉が出てくるの? なんかものすごくヤダ」
斧村「自分的にはかなりいい感じに自分を表現できてる感じがするんだけどなあ。だって濁音と半濁音の組み合わせがオレっぽいんでしょ」
ユミナ「そう! 思い出したの。そういえばあんたは濁音のあとによく半濁音でやるな、って。バンのあとにパンみたいな」
斧村「たしかにやるかもなあ」
ユミナ「濁音と半濁音を交互にやる、このどっちつかずな感じなあんたにピッタリだよ」

 斧村、渋い顔。

斧村「(何かを気づいた顔)……というか、そのバンとパン、なんか良かったんだけど……」
ユミナ「ん?」
斧村「バンとパンの組み合わせ……たしかにオレに合ってるかもしれない」

 斧村、ベンチに座り、熟考(いろいろと呟く)。
 その様子を見てユミナ、ベンチに座り、お湯を飲む。
 斧村、呟きながら小さく動きを試していく。

斧村「(呟く)これかな」

 斧村、立ち上がる。

斧村「ちょっと見てくれない?」

 ユミナ、立ち上がって、斧村の正面に立つ。

斧村「(動きを伴いながら)バンバンババンパンパンパパン、ボンボンポンポンボンポンポン、ポン!」
ユミナ「(動き付き)ポン!」

 ユミナ、手を叩いて喜ぶ。

ユミナ「いい! すごくいい! 思わずポンって出ちゃった! あ~わたしのハートは完全に撃ち抜かれたよ!」
斧村「(笑いながら)ユミナのハートを撃ち抜いてどうするんだよ」

 ユミナ、斧村に笑顔を向ける。

斧村「どう? これでいけると思う?」
ユミナ「少なくとも、(真剣な表情で)わたしにはいけた」
斧村「ありがと」
ユミナ「(優しい顔を向けて)まじでそれでいいと思うよ。ポン! のあとに連絡先教えてくださいとか付き合ってくださいとか付ければいいと思う。そのへんはあんたに任すよ」

 ふたり、ベンチに座る。水筒のお湯を飲みつつ、

斧村「(大声で)ああ~ついに見つかっちゃったのか。ああイヤだなぁ」
ユミナ「今更なに言ってんのよ! 告白するためにこんなに頑張ってきたんでしょ!」
斧村「分かってるけど、イヤだああ」
ユミナ「じゃあ、やめる?」
斧村「やめたくない。せっかくオレらしい擬音みつけたんだし」
ユミナ「じゃあ、やるのね」
斧村「大丈夫かな?」
ユミナ「ずっと頑張ってきたんだから大丈夫。いちばん近くで見てきた人間が保証する」
斧村「どうかなあ」
ユミナ「これだけ一緒にやってきた人間の言葉、信じなさいよ」
斧村「……いつがいいかな?」
ユミナ「こういうのは早いほうがいいと思う。桜川さんが誰かの告白を断らないかもしれないし」
斧村「いま?」
ユミナ「はやっ。もう帰宅中じゃないの」 
斧村「明日?」
ユミナ「の放課後。美術部の部室に入るか出てくるところを待ち伏せして勝負」
斧村「昼休みとかは?」
ユミナ「友達と一緒にいるタイミングは無理よ。衆人環視で告白なんかしたら断るしかないじゃない。どんな噂が広まっちゃうか分からないし。それに噂の人物になるのはイヤでしょ?」
斧村「……よく考えてくれてたんだね」
ユミナ「幼馴染みがわたしに相談してくれたんだもん。できるだけのことはしたいからね」
斧村「……ありがと」
ユミナ「とにかく、あんだけ頑張って自分の気持ちを表現する言葉を見つけたんだ。大丈夫! ……ところでさ、ポンのやつ、憶えてる?」
斧村「あ?」
ユミナ「予習の前に復習!」

 ユミナ、水筒をおいて立ち上がる。


〇道(帰宅)

 ユミナと斧村、手を振って分かれる。


〇道(帰宅)、自宅から部屋へ直行。

 ユミナ、泣く。

ユミナ(心の声)「心の表面の最後の一枚、その薄い皮で突っ張っていたこの気持ち。破れた。もう涙が止まらなかった。なにがポン! だよ……明日なんて来なければいいのに」 


〇学校の廊下(放課後)

ユミナ(心の声)「明日は来ちゃうし、そのときも来ちゃう。生きているってこういうことなのかな」

 ユミナと斧村、美術部の部室(美術教室)の扉が遠くに見える廊下の角に隠れている。ユミナはバッグをお腹にかかえて腰を落とし、その上に斧村が立っている。

ユミナ「(扉を注視しながら)どう覚悟はできた?」
斧村「できてるかもしれないし、できてないかもしれない。1時間くらいしか寝られなかった。朝も昼も半分も食べられなかった」
ユミナ「(見上げて)できてないのね……」
斧村「初めてだから、どうなるかわからないから」
ユミナ「素直で結構。(扉に視線を戻す)あの中に入ったのはわたしが見たから、とにかく出てくるの待ちましょ」

 美術教室の扉が開く。

ユミナ「あ」

 男子Bが出てくる。緊張した様子で廊下に出ると、最寄りの階段を上がっていく。
 斧村、ため息。
 ユミナ、斧村の足が震えているのに気づく。

ユミナ「(斧村の足を小突いて)緊張してんね」
斧村「してるよ。もう心臓が破裂した」
ユミナ「死んでんじゃん」
斧村「もうゾンビだよ」
ユミナ「わけわかんないこと言わ……」
斧村「あ」

 ユミナ、美術教室を見る。
 桜川が出てくる。
 斧村の足が出てくるのが見える。

ユミナ「(強く、小声で)ちょっと待って!」
斧村「(ユミナを見る)なんで、いま行かなきゃ」
ユミナ「……なんか雰囲気が前とちがうの。なんだろう……表情がちがう……歩き方がちがう……」
斧村「そんなのいいよ」
ユミナ「(強く、小声で)よくない」

 桜川、最寄りの階段を上がっていく。

斧村「ああああ行っちゃうよ、早くはやく」
ユミナ「(見上げる)待ってって言ってるでしょ」
斧村「なんでだよ、勢いでいかないと告白なんかできないよ」
ユミナ「いいから。ちょっと彼女のあとを追ってみよう。戻ってくるんだからチャンスはあるよ」
斧村「ええぇー」
ユミナ「勢いがなくて行けなかったら一緒に行ってあげるから」
斧村「お受験かよ」

 ユミナと斧村、廊下を音を立てずに急ぎ足で進み、足音を頼りに階段を様子をうかがいながら静かに上がる。
 屋上へ続く踊り場で男子Bと桜川が向き合っている。
 それを見たユミナと斧村、物陰に身を屈めて隠れる。
 隠れたユミナと斧村に男子Bは全身、桜川は上半身だけ見える。

ユミナ「(小声)やっぱり……」 
斧村「まずい、さき越される」

 斧村が立ち上がりかけるのをユミナが腕を伸ばして制す。

斧村「またかよ」
ユミナ「告白の挟み撃ちにどうするの!」
斧村「でも……」
ユミナ「今更仕方ないから、どうなるか見ていよう」

 男子B、桜川の顔が見られない。全身が震えている。

斧村「うわ……あんなに人って震えるんだ」
ユミナ「あんたも震えてたわよ、さっき」
斧村「……なんか次はオレかと思うと怖いな」
ユミナ「……」 

 男子B、緊張で強張る顔を上げ、桜川を見る。

男子B「しゃ……桜川! じゅ、ずゅっずゅっと……ずうっと(ちぐはぐな動きを伴いながら)ギャだったんだ! つつつうつ付き合ってもらえ……ないよね……(次第に声が消え入りそうになる)」

 男子B、口を震わせ今にも逃げ出しそうな姿勢だが勇気を振り絞って桜川の顔だけは見続ける。
 桜川、男子Bをじっと見つめる。

 間。

ユミナ(心の声)「……なにこの間」

 桜川の目が次第に大きく開かれ、顔が上気してゆく。

桜川「(男子Bの動きの真似)ギャ!」
男子B「……まままっままままじで……これガチだよ、冗談じゃないよ。ぼくで大丈夫なの?」
桜川「(男子Bの動きの真似)ギャ!」

 男子B、その場に崩れ落ちる。
 桜川、足取り軽く近寄る。
 ユミナと斧村の耳に「わたしも緊張してたんだよ……」という桜川の声が届く。

斧村「……ギャ? なんだよ、ギャだけギャだけかよ。それだけで良かったのか……」

 ユミナ、唇を噛み締める。

ユミナ「それはちがう……そこじゃなかったんだよ」
斧村「そこじゃない?」
ユミナ「大事なことを忘れてた。彼女自身の気持ちだよ。彼女も彼のことをいいな、とずっと思ってたんだと思うよ。だからあれで充分だったんだよ」
斧村「まじか。ハナから勝負は決まっていたのか……オレ、バカみたいじゃないか……」
ユミナ「ちょっと、ここまずいから、もうちょいあっち行こう」

 ユミナ立ち上がり、斧村に廊下の向こうを指差す。
 ユミナと斧村、静かに移動。
 背後から、桜川と男子Bが階段を下りていく足音と桜川の無邪気な笑い声が聞こえる。
 斧村、へたり込み、壁にもたれる。
 その傍にユミナも力なく座る。

ユミナ「ごめん。わたしが気づくべきだった……相手の気持ちがあるんだもんね。もっと調べておけば良かった。(天を見上げる)擬音探しに夢中すぎて気づけなかった。申し訳ない」
斧村「……いいよ、謝んないでよ。こんなに協力してくれて感謝してる。相談してよかったよ。それにひさしぶりに一緒にいて楽しかったし」
ユミナ(心の声)「こういうのはハッキリしてるんだね」
斧村「ああああああああああああああああ、でもめっちゃくやしいーーーーーせっかくバンパンボンポンを見つけたのになああああぁぁぁ」

 ユミナ、斧村の荒ぶる様子をしばらく見つめて優しく言う。

ユミナ「……でも当たって砕けなくて良かったじゃない?」
斧村「試したかったなああああ」
ユミナ「結果は分かってるのに?」
斧村「(顔を手で覆って)あああ、この気持ちはグヌヌヌヌグゴオォーだ」
ユミナ「お~わかる。伝わる。人生に無駄はないねえ」
斧村「あああああああああああ」

 ふたり黙ったまま、しばらく時間が過ぎる。
 窓から廊下と壁へ向かって射し込む光が赤味を帯び始める。

斧村「……なんか不完全燃焼すぎて、失恋なのに涙も出ない」
ユミナ「あんなに頑張ったのにね……」

 斧村、音が聞こえるほどのため息。

ユミナ「(明るく)そうだ、タピオカおごってあげる」
斧村「……いらねー」
ユミナ「けっこう高いんだよ」
斧村「そういうことじゃないんだよ」
ユミナ「……わかった。どういうことなのか聞くからさ、そろそろ帰ろうよ。ずっとここにいても仕方ないでしょ?」
斧村「……」

 ゆっくりと立ち上がったユミナと斧村、連れ添って廊下を歩く。
 ユミナ、バッグをガサゴソと漁る。

ユミナ「これいる?」

 ユミナ、コッペパンを取り出して斧村に見せる。

ユミナ「お昼に食べなかったんだけど」
斧村「いる。なんかお腹減ってるんだよなぁ」
ユミナ「食べてないもんね、ほい(渡す)」
斧村「(受け取る)ありがと。おっ、ピーナッツか」

 廊下を歩くふたりの頭上で照明が点いた。

ユミナ(心の声)「正直言って、いま嬉しいと感じている自分がいる。ひょっとしたらこの時間もすぐに終わってしまう時間かもしれない。だから大切にしたい。だってわたしの初めてのドドドドーンだもん」

(おしまい)

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