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南天の朱

実家にある南天の朱を思い出している。

コンクリートに固められた庭だが、南天が植えられているそこだけは地面が残されていて、

大きいわけでも、力強さがあるわけでもないが、幼い頃からそこに居てくれた。


きっと、起こっている事象よりは

心を保てている。

と、思いたい。


自分にふりかかる事象はコントロールしきることができないけれど、それでも良いと思う。

心が乱れることが悪いことだとも、思わない。

それでも、

逃げたくなる。


南天の朱をすり抜けて入ってくる輩を、いなせるだけの力はつけて来てもらってる。今での出逢いを信じて、ひとつひとつ向き合おう。


追記。

個人的で、変哲もない手記を読んでくださりありがとうございます。

noteには、取り留めもない思いを不定期に綴らせてもらっています。

抽象的で、解り辛い表現ばかりで、

noteのコンテンツには相応しくない形とはわかっているのですが、なぜかここが書きやすくて、甘えてしまっています。

また皆さまの記事も読ませていただきます。

よろしくお願いします。


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