きっと、むだなことなんてない(はず)

巨大な台風が日本を襲った。

河川の比較的近くに住んでいるわたしは、ここへ越してきてはじめて「避難勧告」という通知がきた。ただ、川からは急な坂を上がった高台にあり、ハザードマップではしっかりと除外されているエリアだった。いまの家はいろいろと不満もあるけれど、氾濫に強いらしかった。

もともと、連休はレースに出る予定だった。

それもほんの数週間前に、レース直前の追加エントリーで申込みをしたばかりだった。9月の連休に信越五岳の110kmを完走して、そのすぐ後にKOUMIに出る友人のペーサー要請をうけて、ペーサーをするよりも自分も選手として走ろうと思ったことがきっかけだった。

でも、走ると決めたらトコトン準備をしたい。そこからの数週間でできることを書き出して、順番に潰していく。過去の開催のリザルトを全年度分分析して、傾向と対策を練った。過去に出走経験がある人に話を聞いてまわった。補給計画、レースペース、サポート、ウエアリング、あらゆるトラブル対策になにが必要なのか。毎日毎日仕事終わりの夜中にPCに向かってうんうん唸りながら時間を費やした。

リカバリーと走れるコンディションづくり、内臓環境、モチベーションを上げていくメンタルのピーキング。とりあえずなにがなんでも手を尽くしたかった。そういう性格なんだ。やるからにはとことんやり抜きたい。

“だいじょうぶ、やるだけのことはやったはず。あとは自分を信じればいい”

できるだけそう自信を持って、スタートに立ちたい。そして、友人と共に、必ず完走してみせるんだと思っていた。そのために、なにかを犠牲にすることだってある。ひとつひとつのレースに対して自分なりにめちゃくちゃ真剣に向き合う。ふらっと走るなんていう実力はわたしにはまだない。執念みたいなもので完走を目指している。

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今回のレースは緊張していた。自分の完走然り、友人の完走然り。いままでと同じでは成し遂げられない、段違いの挑戦だと思っていた。だからいつも以上に張りつめた気持ちでいたし今年のレースで一番準備準備期間が少なかったけど、一番準備に時間を費やした。

それが、「台風の襲来」で一瞬にして終了した。

過去数年で最大級とも言われた台風19号が、いかほどのものなのか、それがやってくるまで想定はできても実際にはわからない。大袈裟なのか、いやもっと想像を絶するものなのか。(実際には各地が甚大な被害を受けた。亡くなられた方にお悔やみ申し上げます。被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。)

各地のイベントやレースが次々と中止になるなかで、27年も続く“ハセツネ”(日本山岳耐久レース)の開催有無が話題になっていた。その裏で行われるわたしが出る予定だったKOUMIという100マイルレースもまた、発表が待たれていた。ハセツネは発表予定時刻を前倒して史上初の中止が発表された。一方でKOUMIは開催予定との通知だった。

しかし、受付となる前日がまさに台風直撃の日で、列車は計画運休、高速道路も通行止めになることは目に見えていて、もちろん高速が通行止めになるくらいなら下道も同じくだろうと考えた。車が強風に煽られて吹っ飛ぶかもしれない。土砂崩れに巻き込まれるかもしれない。当初の予報では東京都内の方が現地より雨量が多く風も強い予報で、なんとか現地に辿り付ければ開催当日は台風一過の晴天になるかもしれないという読みもあった。しかし、前日移動時のリスク、コース変更は避けられないだろうということ、台風が過ぎ去った当日朝までどんな状況になるかわからないことなどを考えて参加は断念、“DNS”することにした。

ぎりぎりまで悩んだ。友達と一緒に走りたかった。知り合いにたくさん会いたかった。最近はそれがレースのいちばんの楽しみになりつつある。がっくりと肩を落とした。

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上陸したら勢力が弱まる“かも”しれない。たいしたことない“かも”しれない。雨は昼過ぎからで翌朝には止んでる“かも”しれない。でも、危険な目に遭う“かも”しれない。その時の判断を後悔する“かも”しれない。
今回ばかりは行って後悔より行かないで後悔のほうがまし。逃げない。山は逃げない。

Twitterでそんな風に投稿したら、わたしのことではないのかもしれないけど・・・・・・「山は逃げないとか言うのは、またいつでも行ける余裕ある人の言葉で今回を逃したら次に行けるか判らない、最後のチャンスかもしれない人には次がない」とか「山は逃げないという言葉が大嫌い」とか「みんな折り合いをつけているのに言葉の選び方が違う」「“山は逃げるし再戦のチャンスが必ずあるとは言えないけど場合によっては己の安全等の為に撤退判断を選ばねばならない時もある”じゃないのか」といった内容を見かけた。

山を始めてから、ちょっと身体に無理をして山に行き、目の前で命を落とした人がいた。なんでこんな時にと思う日に山に行き、もう二度と会えなかった友もいた。たくさんの「なんとかなると思ってなんとかならなかった」悲しい事故を目の当たりにしてきた。

わたしはたくさんのレースに出ていることについて、フリーランスで独身で山の仕事をしていることもあって「フリーっていいよね~」「自由で羨ましい~」と言われることがよくあるけれど、ちっとも余裕はなく、いつだって最後のチャンスである可能性はあり、色んなことを調整して、寝る間を削って準備をしたり働き詰めたりしていたりはするんだけれど、なかなか伝わらない難しいものがある。そういうことを発信したりしないからかな。いつも遊び呆けているような暮らしに見えたりするのかな。

また、叩かれるかもしれないけれど、
それでもやっぱり ”山は逃げない” と思っている。
わたしは山に向かい続ける限り、いつでも胸に留めておきたいと思っている言葉。

チャンスは一度きりかもしれない。でも、命さえあれば、二度三度あるかもしれない。まちがいなく言えることは、人生は一度きり。

来年同じレースを走れるのかどうかわからないけれど、
それでもまたいつか、いつか、チャンスがあるのならば、チャレンジしたい。

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大会に向けた努力は、報われなくても無駄にはならない。

と、友人が書いていた。100回くらい いいね!したい気分だ。それだ。この言葉でいくらか荒んだわたしの心は救われた。

みんなレースに対しての思い入れ強さは、山は逃げないという言葉を否定したくなるくらい、何か月あるいはもしかすると何年もかけて努力を重ねて重ねてきたからこそなんだと思う。そうやって挑もうとしていた人たちのやるせなさ、むくわれないというモヤモヤ、哀しさ。いくつもレースに出ている人とは違うんだ!直前でエントリーした人とは違うんだ!と言われちゃうかもしれないけど、わたしもおなじ気持ち。あんなに準備したのにな、たくさん研究もしたのにな、土曜日出発の荷造りを火曜日には完璧に終えてあったのにな。

でも、そうだ、むだなことなんてないはずだ。
がんばってきた人ほど、この悔しさも、いままでの準備期間も、きっと次のチャレンジでむくわれるはずだ。この気持ちをバネにできるはずだ。そういう風に考えたい。そうやって自分に言い聞かせたい。

“だいじょうぶ、やるだけのことはやったはず。またきっとこの経験がむくわれる時が来るはず。自分を信じればいい” 

小海町も、奥多摩も、ほかの日本の山々も、今回の台風で大きな被害を受けている。近くに住む地元の方々の生活がすこしでも早く安心しできる状況になるよう願っています。そして、山の整備にも、なにか力になれることがあれば、積極的に参加しようと思う。山が好きだから。

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この週末、台風で荒れる天気に怯えながら、部屋の隅に追いやったパンパンに膨れたボストンバッグがいつまでも視界に入るのがつらかった。

まだ、片付けられない。



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