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花壇には1000の断頭台により刈られし王の首が転がる

5月後半は体調もメンタルも最悪だったのでとてもnoteを更新する気にならず、とはいえ書けない書けないと言っていた短歌はなんだかんだでそれなりに数が揃った。

まぁ今も全然調子は悪いのだが。
多分この先ずっと調子が悪い。
そしていずれ人は死ぬのだ。

今から会社の健康診断に行くのだが、健康診断で待たされている間に気をそらすためにこのnoteを更新していくことになるだろう。

そんな5月の短歌まとめだ。


突然の陸の終わりを幻視するビルの途切れる青い空白

空が広いと海があるのかなという感覚になるのだが別に空が広くても海はない。

文庫本の中に隠すマシンガン撃ちまくる昼下がり駅前

テキストというのは質量を持たない分あらゆるものを内包することができる。世界とか。

人々が名前を付けたもの順に意味がどんどん軽くなってく

処方箋持ってないからだらだらと不定愁訴とよろしくやってる

病気の人間は病気で苦しい思いをしているのは前提として傍から見て病気自慢みたいになったり免罪符みたいに掲げているように見えてしまうことがあり、特定の病名がなんならかっこいいみたいな風潮はキモいなと思う。
昔の文学作品などでは結核が儚くて繊細でロマンチックなモチーフとして使われていたが(所謂サナトリウム文学)、病気にオシャレもかっこいいもなく病気はあまねく最悪である。
私の好きな佐々木倫子の「おたんこナース」にも似たようなことが書いてあった。

ということで病気は最悪なのだが、名前の無い調子の悪さは名前が無いことによって軽く扱われているのではないかというのもまた私が万年不定愁訴持ちであるから勝手な被害妄想で名前のある病気の診断書を貰っている人々に「いいですね名前があって」みたいな卑屈な感情を抱く要因の一つかと思う。

或いは病院に行けばなんらかの診断書が出されるかもしれないがそれにより自分が病気を免罪符にしだしたら嫌だなと思う。
病気は最悪なので本当に悪ければ免罪符もクソもなく治すべきなのだが、私の体調が悪いのもメンタルが悪いのも完治するタイプのものとは思えずかといって日常生活に支障をきたすようなものでもないので「だるいーつらいーしんどいーお腹痛い頭痛い低気圧無理ー」と言いながら死んでいくしかない。

「生き直すことができない」「生き直すことができない」だけ繰り返す

繰り返しが出来るのは短いセンテンスだけ。

徒夢を正夢にする方法を旧いフィルムの中に探した

そのうちにあぁいうふうになっていくんならもういいどうでもいいよ

雨はまだ降ってこないと指先で自由落下のフォームをなぞる

私の作る短歌なぞりがち。

花壇には1000の断頭台により刈られし王の首が転がる

今月の表題短歌。
これはチューリップのことなのだが、チューリップは球根に栄養を残すために花が枯れないうちに首を落とす。
あとチューリップって王冠に似てるというのと、断頭台で頭を落とされるのって大抵偉い人だよなというトリプルミーニング。

ここにある常に誰もが目を逸らす複雑さを飽きるほど呑む

項垂れた花は未だに廻る陽を目で追う日々にとらわれたまま

フランスの子供のような服を着て歯医者に行くよ大人だからね

ショッピングモール行きたい土曜日は歯医者以外のとこに行きたい

歯医者通院してるんだけどほんと歯医者嫌。

働けど楽にならざる我が手には曜変天目みたいなネイル

石川啄木フォロワーなのでクズな短歌を詠む。

街灯が点る速度に追い抜かれぬように強くペダルを踏んだ

こないだ街灯が奥から順に点灯するのを見てテンションアガった。

抱きしめて楽になるならこの腕は何度折れても構わないから

自己犠牲なんてクソだと思います。

黒い目が網戸の隙間から覗く剥がれた壁の文化住宅

歯医者の窓からボロい文化住宅が見えていっつも「うわーおばけ出そう」って思う。

旧道の果ての廃墟のカフェテリア パフェとプリンの幽霊がいる

スズメとかハトは歯医者に行かなくてうらやましいとなる通院日

歯医者どんだけ嫌なんだ自分。

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