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添付:夜空.pdf

帰りの電車の中でネットニュースを見ていて今日は流星群の見頃だと知った。
でも外は雨が降っていてとても星など見えそうにない。
普段星など見ないくせにこういうときなぜかちょっと残念な気持ちになる。
車窓を流れていく雨粒はそれはそれで流れ星に見えなくもなかったが、いくら流れたところで何の願いも叶えてくれそうにない。

大学の頃、就職で遠くの街に行ってしまうという同級生がいらないものを処分するためにゼミ室に色々持ってきていた。
中にはセミの抜け殻の詰まった瓶やら下巻しかない罪と罰やらハンドスピナーやら全然知らない外国のバンドのCDやらどういう風に着たらいいのかよくわからない服やら不思議な置物やら束になったお守りなどがあった。
本当にいらないんだろうなというものばかりが並ぶ中で目に留まったのが家庭用のプラネタリウムだった。
他は全部よくわからないものなのにこれだけ妙に実用的だ。
だが、果たしてプラネタリウムが実用的なのだろうか。

「これ、いらないの? 高そうなのに。」
「これで投影できる星は全部頭に入ってしまったからもう必要ないんだ。」
「もらっていいの?」
「欲しかったらどうぞ。」

そんなわけで僕はそいつからプラネタリウムをもらった。
もらったはいいものの、結局一度も使わずに部屋のどこかにしまい込んでしまっているはずだ。捨てた記憶はない。
プラネタリウムはきっとこういうときのために使うのだろう。

家に帰り、物置にしているロフトをごそごそと探すと埃を被ったプラネタリウムの箱を見つけたので開けてみた。
今見るとかなりチープな作りで、主要な星座ぐらいしか表面に描かれていなかった。
それでもここにある星座の配置と名前をすべて覚えることは僕にはできそうにない。

早速単三電池を入れ、部屋を暗くして電源ボタンを押したのだが部屋は暗いままだった。
壊れているのだろうか。
その後、電池の方向を変えたり本体を叩いてみたり接触部分を確認したりもしたが全く点かなかった。

「なんだよ。」
僕はやる気をなくして部屋のベッドに倒れ込んだ。
むかついたのでプラネタリウムの元の持ち主に文句を言うため、スマホを手に取った。

『お前にもらったプラネタリウムの電源が点かなかったので僕は今とてもがっかりしている。』

送信ボタンを押した。
卒業後、もう3年は連絡を取っていないが、特に返送されたりしないのでおそらく今もアドレスは生きている。

30秒ぐらいで返信が来た。

『渡すときに言っただろ。“これで投影できる星は全部頭に入ってしまった”って。だからそれ自体にもう星を投影する機能は無い。』

「は?」

どういうこっちゃね。

続けてメールが来る。

『3年も寝かせておいて今更文句を送ってくるの普通にヤバいクレーマーだな。でも不憫だから僕の頭の中にある星を送ってやるよ。添付のPDFを厚めの紙にプリントしてその通りに穴をあけて組み立てろ。お前の家にも懐中電灯ぐらいはあるだろ。光源はそれを使え。』

添付のファイルを開くと真っ黒い画像に白いぽつぽつと切り取り線が描かれた複数の展開図だった。

家にプリンタが無いので雨の中近所のコンビニまでいってプリントする羽目になった。
外は土砂降りでスニーカーも肩もびちゃびちゃになった。
何故ここまでして僕は星空を求めているのか。

家に帰ると無心で紙に穴をあけ、展開図を切り抜いて組み立てた。
懐中電灯はなかったのでスマホのライトを使うことにした。
本当にこれでうまくいくのか?
スマホを組み立てた立体の下に置き、部屋の電気を消した。

「!?」

そこには簡易な材料で作ったとは思えない星空が広がっていた。
おかしい。いくらなんでもおかしい。
こんなのスターウォーズとかでしか見たことない。
星空どころか完全に宇宙空間じゃないか。
1DKの部屋はどこに行った、、、

「よぉ。」

後ろから聞きなれた声がして振り向くと、プラネタリウムの元の持ち主が立っていた。

「は?なんでいんの!?」
「言っただろ。“僕の頭の中にある星を送ってやる”って。」
「意味が解らん。」
「お前が組み立てたのは簡易プラネタリウムではなく思考転送術式起動展開魔法装置だ。」
「は?なにそれ?」
「頭の中にあるものを別の場所に転送し現出させる魔法術式を展開させるための装置だ。」
「・・・・・・?」
「詳しい構造や理論を説明すると大学の修士課程ぐらいの期間を要するが聴きたいか?」
「いや、、、いい、、、」

世の中にはわからないことがたくさんある。

「ものすごーく簡単に説明すると、黒いベタ塗りに見えた部分にはびっしりと術式が書き込まれている。ピンホールプラネタリウムだと思ってお前が穿っていた穴は光が透過することで術式が発動するトリガーとなるよう配置された穴だ。あとは呪術一般の構造理論を勉強しないと素人には理解できないと思うぞ。」

僕は素人なので説明されてもぜんぜんよくわからなかった。

「なんでそんなことできんの、、、」
「例えば、カレーライスの作り方を知らない人間はカレーライスを作れない。みたいなもんだと思ってもらいたい。お前はカレーの作り方を知らないし僕はカレーの作り方を知っていて尚且つスパイスから調合して好きなカレーが作れる。」

わかったようなわからないような。

「今僕はそういう関係の仕事してて、魔法術式の生成プログラムを専門にやってるんだが、昔は全部手書きでやってたらしいから便利な時代だよな。今全部パソコンで組めるし。PDFで魔法が送れる時代だぞ。」
「それは魔法で送らないでメール添付なのか、、、」
「メールで送れるものをなんでわざわざ魔法で送るんだよ。まぁ、メールも魔法みたいなもんだろ。」

確かに、どうやってメールを送ったりできるのか僕には理解できない。
ただ、「そういう技術がある」ということしかわからない。

「メールが届くとか、飛行機が飛ぶぐらいになると一般に普及しすぎて誰も不思議に思わないだろ。魔法術式の技術応用っていうのはあまり一般に馴染みのない分野だから余計にわけがわからないものとして捉えてしまうんじゃないのか。ある種の法則に則って発動するという点では広義の意味での科学として捉えてもらって構わない。」
「へぇ、なんかすごいな。儲かるの?」
「なかなか厳しいよ。市場規模があまりに小さすぎる。」
「お前も色々大変なんだな。」
「まぁな。で、どうよ。星空。」

魔法がすごすぎて星空のことをすっかり忘れていた。

「うん。すげーな。ここまでのものが再現できるとは。」
「本物を持ってくるっていうのはなかなか今のレベルでは厳しいからあくまで僕の頭の中で再現した星空だけどな。配置とかはかなり正確だと思う。」

星の配置を覚えるということ。
それは平面ではなく空間的な距離感も含め記憶しているということになる。
僕はこの星空を本物の夜空と比べて正しいかどうかを判断することができない。
そもそもの「正しい星空」というものが僕の頭の中にはないからだ。
こいつのいう魔法術式というやつが人間の頭の中にあるものをどの程度の精度で再現できるかわからないが、そもそもの頭の中のイメージの解像度が高くなければここまでのものを再現することなどできないだろう。

「その魔法術式ってやつは、カメラの補正機能みたいなやつはあるのか?」
「いや、これはそのまんま僕の頭ん中出力してる。あーそういう視点は無かったな。今度プログラムに取り入れてみるわ。補正機能ね。なるほど。まぁ僕ぐらい脳内イメージ制御ができるような人間ならともかく、普通の人間の頭の中を再現するととてもじゃないが投影元の本人以外の精神が5秒と持たないからあんましこれ他に応用できなかったんだけど。あーいいこと聞いた。3年越しにクレームつけてきた同級生ビビらせてやろうと思って来てみたけどこれはいい収穫があった。ありがとう。」

お礼を言われてしまった。
っていうか補正もなしにこの精度で星空再現できるこいつの頭の中はどうなっているんだ、、、

「ところで、なんでずっと使ってなかったプラネタリウムの電源なんて入れようと思ったんだ?」
「今日は雨が降ってて流星群が見えないから、そう思ったら無性に星が見たくなって、しまい込んでたプラネタリウムのことを思い出した。」
「何それウケるんですけど。ロマンチックだなお前。いいこと教えてもらったしサービスしてやるよ。」

「あ、」

それは見たこともないような数の流星だった。
現実では決してあり得ない、黒い空を裂く眩しい光の雨。

「すごい、、、」
「実際こんなに流星が流れたら地球滅亡するけど。ここはなんだってアリだから。」
そう言って彼は自分のこめかみのあたりをトントンと叩いた。

「あー久しぶりに喋れて楽しかったわー。んじゃそろそろ接続切るわ。じゃな。」
「今度遊びに行くよ。あとで住所送って。」
「わかった。メールでな。」

ふっと部屋が暗くなった部屋では足元に充電の切れたスマホが転がっていた。
充電しなきゃ。

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