crash cover
クラッシュカバーとは、交通機関の事故に遭遇した郵便物のことだ。
沈んだ船、落ちた飛行機、燃えた電車にたまたま乗り合わせていた手紙。
分かった場合は名宛人に遅延理由を記した付箋やスタンプを押され配送される。
それを収集するコレクターも存在する。
出した人間、受け取る人間は当然事故には巻き込まれていない。
「なんでそんなもの集めるんでしょうね。こわい。」
確かに期せずして不幸な現場に居合わせた手紙が手元に届くのもなんだかこわいし、それをわざわざ集める人間がいるというのもこわい。
しかし手紙自体は遠方の友人に宛て書かれたものかもしれないし、田舎の家族に宛てて書かれたものかもしれない。ラブレターだってあるかもしれない。
「僕の知り合いが集めてるんだよ。クラッシュカバー。」
「え?」
「その収集する理由がちょっと変わってるんだけど、彼女のお祖父さんが巻き込まれた事故で沈没した船に積載されていた郵便物を集めているんだ。」
「へぇ、、、」
雑居ビルの地下にあるカフェバーのカウンターでマスターとそんな話をしていた。
「かなり大きな事故だったから君も覚えてるんじゃないかな。」
マスターはその事故の名前と起こった年も教えてくれたが、僕が「わかりません。テレビも新聞もネットも見ないんで。」と言うと「もっと勉強したほうがいいよ。」と言われた。
そのとき、店のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
髪が長く色が白くて幽霊のようだと思った。
「お、久しぶり。噂をすれば。」
どうやらそのクラッシュカバーを収集しているという知り合いというのは彼女のことらしい。
「噂、、、私の話でもしていたんですか?」
「そう。クラッシュカバー集めてる子がいるって。」
「やだな。やめてくださいよ。」
「ごめんごめん。」
マスターは全然悪いとも思っていなさそうな感じで平謝りしていた。
幽霊のような彼女は僕と席を二つ空けた場所に座った。
「事故に巻き込まれた郵便を集めているなんて気持ちが悪いと思ったでしょう」
彼女はどこを見るでもなくボソリと言った。
「手元にそういうものがあってこわくないのかな、とは思います。」
「所詮紙ですよ」
「紙、、、」
僕は何と言っていいのかわからなくて、ストローの入っていた紙の筒をくるくると折り曲げたり広げたりをしていた。
「……お祖父さんが巻き込まれた事故の手紙を集めているとか。」
「はい。祖父は事故に巻き込まれて見つかっていないんですけど、祖父と一緒の船に乗っていた郵便を集めることで祖父を身近に感じたいと思ったんです。所詮紙ですけど。」
「紙、、、」
マスターが彼女の前にクリームソーダを置いた。
ブルーハワイのシロップで作った青いやつだ。
それにしてもどうやってそういう手紙を収集しているのだろうか。手紙を出した人間、受け取る人間はそれぞれ全く別の場所に住んでいるはずだ。
「その、手紙って、どういう風に集めてるんですか。」
彼女は全く表情を変えず、長いスプーンでバニラアイスを崩しながら
「持ち主から殺して奪います。」
と言った。
そんなわけないと思いながら僕はドン引きした。
「・・・・・・やだ、すべっちゃった。普通にオークションサイトを巡回して競り落としてます。」
「ですよね。」
「有名な事故なので、高値で取引されていて結構苦労するんですけど。祖父の遺産がたくさんあるので。」
「はぁ。」
どれだけ高額の取引が成されているのか僕にはわからないが、そんなお金があるならハワイ旅行に行ったりしたいと思った。
「そこまでして手紙を収集しているなんて、お祖父さんのことが大好きだったんですね。」
「逆です。」
「え?」
バニラアイスをスプーンで上から押し付けぶくぶく沈めながら彼女は続ける。
「私は祖父のことが大嫌いでした。」
彼女は昔、父と母と3人で暮らしていたそうだ。
決して裕福とは言えない生活だったが、慎ましくそれなりに幸せに暮らしていた。
ある日の学校帰り、突然知らない車に乗せられて知らない街へと連れていかれた。
そこは見たこともないような巨大な屋敷だった。
そこは母の実家だった。
母の実家は古くから貿易で莫大な財を成してきた。
しかしながら、まっとうな事業ばかりを行ってきたというわけでもなく、随分ひどいこともいろいろやってきたらしい。人身売買や密輸、頼まれれば隠蔽や人を消すことなどもやっていたそうだ。
そんな家に嫌気がさした彼女の母は屋敷の使用人と逃げ、生まれたのが彼女だったそうだ。
祖父は怒り狂い血眼になって孫である彼女を探し出し実家に監禁同然に閉じ込めた。
それ以来彼女は両親とは会えていないし、どこで何をしているかもわからないらしい。
家の事業を彼女に継がせるべく、様々な教育がなされたが、それは到底理解できるようなものではなく、彼女は毎日泣きながら過ごしていた。
そんなある日、祖父が船で取引先へと向かうことになった。
台風が近づいていた。
彼女は「祖父の乗った船が沈みますように」と窓の外の曇天に願った。
願いは叶い、船は沈んだ。
「あの船を沈めたのは私ですし、祖父の稼いだ汚い金で手紙を集めているのは忌々しい祖父がもういなくなったということを何度も何度も確かめたいからです。私は船が沈んだところも祖父が死んだところも見てはいませんけど、手紙に添えられた遅延理由説明文を読むたびに、水に濡れて滲んだインクやしわしわになった紙を見るたびに祖父が海に沈んだ事実を噛みしめて安心できるんです。」
ぐるぐるかき回されたクリームソーダはもうアイスがどろどろに溶けて濁っていた。
こんな話を聞いて僕はますますどんな顔をしていいのかわからなくなった。
「・・・・・・なーんて。」
そういうと彼女は立ち上がり腰に手を当てるとどろどろになったクリームソーダを一気に飲み干した。
「嘘に決まってるじゃないですか。」
そうして彼女は口を拭いカウンターにクリームソーダの代金を置いて店を出て行った。
「・・・・・・なんなんすかあれ。」
「あの子人をからかうのが好きだからね。」
マスターは特に驚くでもなく空いたグラスを下げる。
「全部嘘なんですか、今の話。」
「さぁ。どうだろうね。でもお祖父さんが巻き込まれた船舶事故のクラッシュカバーを集めているっていうのは本当だよ。でもね、実はあの子もその船に乗っていたんだ」
「え?」
マスターの話によると、彼女はどういう事情かは分からないが幼い頃から両親とは離れて暮らしていたそうだ。そのため親の顔も見たことがなかった。
あるとき、祖父に連れられてその両親に会いに行く途中で船に乗り事故に巻き込まれた。
彼女は運よく助かり、祖父は行方不明になった。
その船には郵便物が積載されており、多くのクラッシュカバーが生まれた。
「自分と境遇の似た手紙を集めてるんじゃないのかな。」
「あの子自身がクラッシュカバーみたいなものってことですか」
「ま、そんなかんじだよ。」
もう誰が何を言ってどれが本当でどれが嘘かも全然よくわからなかったが、変な話を聞いてしまったなぁと思いながら僕は氷がすっかりとけて薄くなったぬるいアイスコーヒーをストローで啜った。
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