特別インタビュー(3):新著「世界インフレ時代の経済指標」で「大局観」を手に入れよう!半導体セクターから見えた日本に本当に足りないものとは?
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2023年5月に発売された、最新著書「世界インフレ時代の経済指標」は、エミン・ユルマズ氏の著書では初となる経済指標の解説書だ。とはいっても、一般的な経済指標の解説書とは違い、エミン・ユルマズの視点における重要な経済指標がピックアップされているほか、経済の流れを知るための新しい見方も数多く盛り込まれている。
すでに投資をしている人、経済の勉強をしている人、そしてこれから経済を学びたい人まで幅広く活用できるので、経済のことをよりよく知る・学ぶためのより良い一冊になりそうだ。
今回は「世界インフレ時代の経済指標」について、詳しくうかがった。
■日本人に足りない「大局観」を手に入れる。マクロ経済の大きな流れを理解するための一冊に
EMライター:「世界インフレ時代の経済指標」は、どのようなテーマを持って執筆されたものなのでしょうか。
エミン:現在、時代の大きな転換期にあるということはみなさんもかなりわかっています。植田日銀総裁の金融政策に対する遠回しな言い方(※)からもわかるように金融政策は大きな変化が起きそうなサインを示唆しつつあるし、そのほか、金利環境にしても、インフレ環境にしても、国際政治にしても、今、大きな変化が起きて(起きようとして)います。
(※「特別インタビュー(2):より安全資産になったドル。大きく買われなくなった円。新冷戦の中で考え方に変化が起きた」を参照)
その中で、私が日本人にとって一番足りないと感じているのが「大局観」です。
日本人は細かいところがあり、俗にいう「オタク気質」なところがあります。私もそうなので、オタク気質は悪いことではありません。
オタクであることで、ものすごく良いものが作れたり、細かい作業ができたりするので、それはすごく良いことです。
でも、それだけではもっと大きな流れが読めなくなってしまいます。日本人の場合、そういう大きな流れを読む人(そういう発信をする人)が少ないと感じています。
どうも、日本人は大局観が苦手、もしくはそれを読めなくなってしまっています。これも戦後教育の影響かもしれません。だから、戦前は国際政治とか宗教学とか地政学とか、そういう多くの分野を同時に知っている人がもっと多かったのかもしれません。
今は、自身の得意とする分野においてはものすごく優れてる、細かいところまで知っているけれど、大きな流れを見るのが苦手になってしまっているのではないかと感じています。
例えば、私が日本株の時代が来ると、日本が強くなると5年前から言っていて、これまで執筆した本にも書いていますが、それは私からしてみるとものすごくクリアな流れが見えていました。
それにもかかわらず、みんながそのことに最初は「えっ?」となって、そして、結果が出た状況になって気づくのです。
私が以前から言っていたことに対して結果が出て、預言者という人もいたりするのですが、でもそうではなくて、私ははただ単純に大きな流れが見えているだけなのです。本やSNSなどで書いたことがその通りになったというのは至極シンプルで、大局観を読んだだけ。例えば、新冷戦(※)においても、本当にさまざまなところにその兆候を示すサインが出ていました。
(※「新冷戦」とは米国と中国の覇権争いを表す用語のこと。2018年9月に発売した著書「それでも強い日本経済」(ビジネス社)で使われ、その後、各主要メディアでも用いられるようになった)
だから、大きな流れを読むこと、大局観を掴むためには、少なくともさまざまな情報が必要です。それは、地政学、政治学、外交、経済…とさまざまあって、もちろん経済だけでは難しいけれど、でもやはり相場に関わっている人というのはマクロ経済の流れを読まないといけません。
大きな川がどのように流れているのかを読まないと、大きな波に乗れなくなるし、逆流で流されてしまうということにもなりかねません。そういう状況に陥ってしまう可能性があるのです。
でも、マクロ経済というのは難しいのではないか、専門家しか分からない、もしくは証券会社のエコノミストじゃないと分からない、大学の先生じゃないと分からないようなイメージを持っている人がいるかもしれません。
マクロ経済を理解するには確かに難しい面もありますが、大きな流れを読む、大局観を掴むということに関しては、細かいところまで知る必要はありません。
先ほど、日本人の気質について触れましたが、そこでも話したとおり、細かいところまで見てしまうと、大局観が掴みにくくなってしまいます。
だから、経済オタクになる必要はありません。だけど、少なくとも重要な経済指標については、それが何を示唆しているのか、何を表しているのかというのを見て、それをどのように解釈すればいいのか、投資について、自身がやっているビジネスについて、日本経済にとって、世界経済にとって、どんな意味があるのか、何となくでも意見を持つことは非常に重要です。
■経済指標のつながりを意識しよう。少し見方を覚えるだけで投資やビジネスに役立つ
EMライター:今回の本は、エミンさんの著書では初となる経済指標の解説書と伺いました。どういった内容なのでしょうか
エミン:この本では、私の視点から重要な経済指標をピックアップし、その意味と結果が相場に何を与えるのか、影響するのかということを解説しています。
そして、この本でもう一つ説明したかったことは、経済指標はつながっているということです。先行性のあるもあれば、遅行性のあるものもあり、一致性のあるものもあるので、それを理解することも大事です。
どの経済指標が先行するもので、どれが遅行するものなのかを見ないと、流れがどこに向かっているのかが分からなくなってしまいます。
しかも今は便利な時代なので、FX会社や証券会社のウェブサイトなどで経済指標のデータは簡単に手に入ります。だからこそ、その見方を少し覚えるだけで、それがものすごく自分の今後の投資活動にも役立つし、それだけではなくて、自身が携わっているビジネスにも大いに役立つのではないかと思っています。
もう一つは、この本では経済指標に加えて、「経済指標的な役割を果たす企業」も紹介しています。
■経済の流れを掴む新たな視点「経済指標的な役割を果たす企業」とは?
EMライター:経済指標というと、各国が発表する経済データを想像しますが「経済指標的な役割を果たす企業」というのは、これまでにない新しい視点ですよね。
エミン:これは、世界経済の先行指数的な企業とか先行指数的な産業、それがどうつながっているのかということを説明したもので、前述した経済指標の見方とは違う新しい考え方です。さまざまな企業を取り上げているので、そこはぜひ注目してほしいです。
例えば、この本で取り上げている企業では、TSMC(台湾積体電路製造)、東京エレクトロン、ゴールドマンサックスなどがありますが、とにかくさまざまな業種の企業を取り上げています。
誰でも読みやすくそれほど難しくない内容になっているので、読み込んでもらって、こういう風に考えれば経済の大きな流れが読めるんだな、掴めるんだなということを理解してもらえたら嬉しいです。
■エミン・ユルマズのこれまでの経験で培ってきたノウハウが満載の投資の辞書
EMライター:各国の経済指標の中でエミンさんが注目しているものの解説、それに加えて、新しい視点も盛り込んだ充実した内容ですね。
エミン:今回の本は、私の知識とこれまでの経験で培ってきた投資に役立つノウハウを盛り込んだ、エミン・ユルマズ視点の投資の辞書のようなものです。
ピックアップしている経済指標は10年後もデータとしてあるものです。だから、投資の辞書としてデスクの上に常に置いてもらい、いつでもパッと開いて使ってもらいたいですね。
経済指標は米国を中心に解説していますが、そのほかにも日本やドイツ、それに中国やブラジルというように、米国以外の国についても重要になるものは入れています。
この本を読んでいただくことで、マクロ経済の流れを読むノウハウを学んでいただくことができると思います。
■半導体サイクルを理解すると経済の流れが読める
EMライター:この本の中では、半導体サイクルについての話が出てきます。半導体関連はもっとも景気に敏感に反応すると指摘していて、noteでも取り上げることがありますよね。
エミン:そうですね。半導体サイクルとか耐久財受注の話では、耐久財における「スマホサイクル」の話も入れていて、馴染みのある話題を入れています。一言で半導体というと難しい印象もありますが、比較的理解しやすいように解説しています。
EMライター:半導体というと、現在は韓国や台湾が圧倒的なシェアを占めていますが、日本が旺盛を極めた時代もありました。
エミン:1980年代には日本が圧倒的にリードしていた半導体セクターですが、現在はシェアを落としています。しかし、日本の半導体技術そのものが失われているわけではありません。
レンズにおいては、いまだにニコンとキヤノンが世界をリードしているし、その他の半導体製造装置や素材についても、日本の企業がしっかり技術力を発揮していて、さまざまな商品を製造しています。
EMライター:台湾や韓国が半導体セクターでここまで伸びた理由は何だったのでしょうか?
エミン:台湾や韓国が半導体セクターで著しく伸びたのは、米国の意向が大きく反映された結果と言えます。
要は米国の半導体企業は、米国で生産したらコストが高かったので、生産をさまざまな国に持っていきたいと考えていました。
最初はシンガポールと香港に持って行きましたが、その後、台湾と韓国も入ってきて、結果的に台湾が特に安く、TSMCのような巨大ファウンドリー(ファブレス企業(半導体の設計を手掛ける工場を持たない企業)から製造を依頼される企業のこと)が誕生したということです。だから、これも結局、米国の政策ということになりますね。
だからこそ、もっと大きな意味でのイノベーション(技術革新)を作らないといけないのだと思います。生産や政策というのは、私はセカンダリーな理由だと思います。
■なぜ、日本の半導体セクターは潰されてしまったのか?そこが重要なキーポイントになる
EMライター:大きな意味でのイノベーションとは、どういったものなのでしょうか?
エミン:米国がなぜ日本の半導体セクターを潰すことができたのかというと、イノベーションの元になったのが日本ではないからです。
半導体、DRAM(※)、トランジスタは米国人が作ったものです。一方、日本人はそれらを応用したアプリケーションを作ることには長けていて、日本企業は生産が極めて効率的で、故障率が低くて安い製品を作っていました。
(※「DRAM」とは、ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリのことで、2種類のメモリの一種。データの一時的な保持に使われる。もうひとつは「NAND」と呼ばれるもので、長期的なデータの記憶に使われている)
たとえば、世界最大級の半導体メーカーのインテルは、今はロジック半導体(※)の製造が主力ですが、もともとはDRAMのメーカーで、日本との競争に負けてしまい、市場から撤退したという歴史があります。
(※「ロジック半導体」とは、スマートフォンやパソコンでCPU(中央演算処理装置)などとして搭載される半導体のこと。インテルはパソコンやサーバーに用いられるCPUで圧倒的なシェアを占めている)
■イノベーションが米国発では、日本はいつまでも太刀打ちできない
EMライター:日本企業は世界トップレベルの生産効率や故障率の低さというのは、今もなお変わっていませんよね。エミンさんは、日本(日本企業)に足りないものは何だと考えていますか?
エミン:インテルの話をしましたが、日本が今、本当にやらないといけないのはゴードン・ムーア(※)のような人材を育てること、そういう頭脳を育てることです。
(※ゴードン・ムーアはインテルの共同創設者。1965年に集積回路の数は毎年2倍になるという「ムーアの法則」を提言したことでも知られている)
そういうイノベーションを起こす発想を生むような人材が米国にいて、結局、発想がすべて米国から生まれているようでは歯が立ちません。
なぜ、米国が台湾にあれだけ敏感になっているのか、それはTSMCしかりそこで製造されている半導体が米国の技術によるものだからです。
日本がDRAMで米国を追い抜いたときも、その技術は自分たちのものだと思っていたのでしょう。「オレ(米国)が作ったものでうまくやりやがって」と思っていたのかもしれません。基本的に米国はジャイアン気質ですよね。
だけど、もしイノベーション(技術革新)起こせるだけのパワーが日本にあれば、そんなことにはならなかったと思います。だからこそ、日本に足りないのはイノベーションを作り出す発想ができる人材なのです。
もちろん、そういった人材がまったく増えていないわけではありません。素材の分野においては日本人でノーベル賞受賞者も増えてはいますが、やはり米国と比べると、まだまだ少ないと言えるでしょう。
■日本が世界で勝ち残っていくためにすべきこと
EMライター:日の丸半導体が復権はあるのでしょうか?また、日本が世界で勝ち残っていくためにすべきこととは?
エミン:結局、日本には資源がないので、技術で勝ち抜いていくしかありません。エンジニアだけではなく学者の育成も国策としてもやらなければいけません。
次のイノベーションがどこで起きるのか、量子コンピューターかもしれないし、そこはわかりませんが、だけど、そういったもので日本がリードしていくためには、基礎研究も日本で行い、日本の企業が確立していくことが必要になります。
その応用技術を発展させていければ、どの国も日本に歯が立たなくなるでしょう。そもそも論として、どの時代においても、日本人のように繊細で勤勉で、もの作りに通じた民族というのはそうそういません。
その日本企業の生産効率の良さ、「Made in Japan(メイド・イン・ジャパン」のクオリティの高さとか、故障率の低さとか、今でもそれは健全なものだと私は思っていますし、ことあるごとに伝えていることです。
ただ、やはりそれを活かすには、イノベーションで先を行かなければいけません。ソニー創設者の盛田昭夫氏が言っていたように、自分たちでイノベーションを起こさないと、結果的にトランジスタのセールスマンになってしまいます。
確かに、機械を製造する技術はあるけれど、自らがイノベーション起こしていないということであれば、それは単なる製造屋さんになってしまいます。
今の日本に求められることは、後ろから走ってきておこぼれにあずかってモノを作るのではなく、誰よりも速く走って何もないところから生み出し、イノベーションを起こさなければならないのです。
もちろん、現在の状況だけを直視すれば、もう一度、日本でTSMCに匹敵するぐらいのファウンドリーを立ち上げることは難しいかもしれませんが、でも20年後、30年後どうなっているかなんて誰にも予想はできません。
日本がDRAMで世界を席巻していた当時は、日本に半導体技術を全部盗まれるとか、米国ではかなり過激なロビー活動が展開されていました。
でも現在であれば、米国も日本に対してクレームを入れてくることはないでしょう。
半導体サイクルの流れを知ることは経済の流れを読むのに役立ちます。興味のある人は、半導体がどのようにして作られているのかといったことも調べてみると、なぜ私が半導体関連が景気に敏感に反応すると言っているのかよりわかると思います。
(取材日:2023年5月31日※記事の内容・データは取材日時点のものです)
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