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ドタバタ手術録〜伊藤えみの場合〜

2021年5月28日

人生初入院。

そして

子宮頸部高度異形成の
手術の日。

前日夜9時以降の食事と
当日朝6時以降の水分補給禁止の言いつけを守り
病院へ向かう。

心は驚くほど穏やかだ。

いや、驚く要素なんてない。

16歳で親もとを離れ
アメリカに2年間単身留学した時も

出発日の朝までヘラヘラしていて

飛行機が離陸してようやく
独りになったことを実感し大号泣。

あれから倍以上生きてきたけど
一事が万事この調子なので

人生初手術だって

きっと病院に着いて
手術時刻を知らされた時に

一気に不安が襲ってくるんだろうと
覚悟していた。

これは半分正解で
半分不正解だった。

受付で入院の手続きを済ませ
病室に案内された直後

若い看護師さんが駆け込んできた。

「15分後に手術開始です!まずは検温お願いします」

「うぇーっ!?」
頭がバグって変な声が出た。

渡された体温計を
脇に挟むのにてこずっていると

少し離れたところで
「電話連絡してなかったの?伝え忘れたの誰?」
なんていうやりとりが聞こえてくる。

その様子を見ていたら

この場を取り持たねば!
という使命感に駆られた。

気がつくと

「むしろありがとうございます!」
と言っていた。

決して無理をしたわけではない。

手術台に乗ってしまえば抵抗すらできないので
勝負はそこまでだが

15分なんて
支度するにも不十分。

つまり
ビビる暇も与えられないまま手術が始まる。

最高じゃないか!と。

そんな私を前にして
少し落ち着きを取り戻した看護師さん。

「お着替えしながら聞いてください」
と、カーテン越しに早口で手術説明をはじめる。

私は
手術用の服と血栓予防のタイツを
急いで身につけながら耳を傾ける。

着替えが済むと
渡された何枚かの紙にかろうじて読める字でサイン。

手術室に向かって
今にも走り出しそうな看護師さんに

「一瞬いいですか?写真撮らせてください」
とお願いする。

この2枚がその時のものだ。

スマホを枕元に置いて
手術室があるフロアに移動。

入り口の鉄扉がグイーンと開いた瞬間
自分の鼓動がいつもより速いのを感じた。

緊張?恐怖?
そうじゃない。

病室からダッシュでやってきたから
心拍数が上がっているだけだ。

「伊藤さんは奥の2番の手術室です」

いくつかの手術室の前を通過して
指定された部屋に向かう。

緊迫感に満ちている(であろう)
大勢の医療スタッフさんの表情も

恐ろしい想像を掻き立てる(であろう)
手術用の器具の数々も

コンタクトを外した
0.2〜0.3の視力では
ぼやけていてよく見えない。

おかげで怖い思いをせずに済んだ。

そんな私には
ひとつだけ気がかりなことがあった。

パンツのことだ。

売店で購入するよう言われていた
手術用の紙パンツは

看護師さんが預かってくれている。

今履いているのは自前のものだ。

2番の手術室の前に到着して中を見渡すも
着替えスペースなどどこにもない。

これはまずい。

腰あたりを指差して
看護師さんに小声で尋ねてみた。

「この下、まだ自分の下着なんですけど大丈夫ですかね?」

「はい、大丈夫ですよ!」

さっきまであたふたしてた人とは思えないほど
自信たっぷりの返事が返ってきたので

預けてある紙パンツについては聞けないまま
手術室に入ることになってしまった。

中で待機していた
3人の看護師さんと麻酔医さんは

初対面なのに
素晴らしくフレンドリーな笑顔で迎え入れてくれて

友達かと錯覚しそうだった。

靴を脱いで手術台に横たわると
血圧や脈拍を測る装置をつけられる。

「麻酔の前に点滴の準備しますね〜っ!」
と明るいトーンで言われ

「は〜い、お願いしま〜す!」
とつられて元気に返す。

ところが

パランポロンと
オルゴールの音楽が流れる手術室で

私はボロボロ泣いていた。

点滴の注射が痛すぎたのだ。

しかも終わっていない。
いや、始まっていないというのが正しいか。

うまくいかず刺しては抜いてを
2度繰り返したところだった。

3度目の正直を祈って
皆の視線が点滴担当の看護師さんの手元に集中する。

私の腕の血管を探す細い指先から
ものすごい緊張感が伝わってきて

このプレッシャーを和らげなくては!
という使命感に駆られた。

気がつくと

「……パンツがっ!今この下に履いてるパンツが微妙なんです!手術前に履き替えるものだと思ってて。手術日だから体のこと思って履き心地重視で選んだんですけど、男の子のパンツみたいで。ああ、恥ずかしい。裸より恥ずかしい!」

と、まくし立てていた。

決して無理をしたわけではない。

気になっていたことを
あらいざらい話しただけだ。

患者のパンツ事情なんて
誰も気にしていないし

何を履いていようが
手術中はどうせ脱ぐ。

わかっていたけど
言わずにいられなかったのだ。

手術室が
失笑寄りの笑いに包まれ

点滴担当の看護師さんの表情も和らぐ。 

そして右腕の外側に
さきほどよりだいぶスムーズに
針が刺さったのを確認。

お世辞にも
痛くなかったとは言えないが 

とにかくホッとした。

痛みのピークが過ぎて
心に余裕が生まれる頃には

2度の点滴の失敗にだって
意味があったのでは!

と、お得意の全肯定モードに入っていた。

実際
痛みへの耐性が付いたのか

辛いと聞いていた腰に打つ下半身の麻酔が
蚊に刺される程度で済んだのだ。

頬は涙で濡れたままだったが
拍子抜けして声を出して笑ってしまった。

泣いたり笑ったり忙しい私のもとに  
執刀してくださる主治医の先生がやってくる。

「伊藤さん、始めますね。よろしくお願いします」

いつもの先生。
安心感しかない。

手術前に繰り返し通院するのって
なんの意味があるんだろ?
一度で済みそうなのに。

なんて思っていたけど

すべては
この瞬間のためだったんだ。

手術室に鳴り響く癒しのメロディーと
自分の心の状態が完全に一致し

とても穏やかな気持ちで
手術が始まった。

その後のプロセスは割愛するが
(寝ていたので知らないのだが)

滞りなく終わったようだ。

眠りから覚めた私の体には
念願の(?)紙パンツが装着されていた。

病室に戻ると
布団を二枚もかけているのに
寒くて体がブルブル震えた。

枕元にスタンバイしてあったスマホで
「手術後 寒い」と検索してみる。

麻酔の副作用としてよくあることらしく

時間が経てば落ち着くっぽいし
心配なさそうだ。

遠慮なく震えながら
ふとテレビ台のほうに目をやると

そこには見覚えのない
ブルーの半透明のビニール袋が。

なんだあれは?
手術が終わった私へのご褒美か?

手に取りたいのだが

まだ下半身の麻酔が切れておらず
頑張っても届きそうにない。

諦めて目を細め
その袋をじーっと見つめる。

点々が透けて見える。
ん?水玉か?

……はっ!私の恥ずかしいパンツだ!

別の意味で震えた瞬間だった。

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