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<おとなの読書感想文>ちいさいおうち

都立小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」をご存知でしょうか。
主に江戸時代から昭和にかけて建造された歴史的価値の高いたてものの実物が、そのまま屋外展示されているのです。
かの有名な「千と千尋の神隠し」に登場する湯屋の、モデルとなった銭湯があることでも知られています。

江戸時代の豪農の家の炉端でボランティアさんの語る民話を聞いたり、モダンな文化住宅で優雅な気分を味わったり。
わたしは子どもの頃小金井公園によく遊びに行きましたが、おとなになった今でもたてもの園に行くと様々な発見があっておもしろく思います。

もちろん、それらすべてがもともとこの小金井の地にずらりと並んで建っていたわけではありません。
貴重な文化財を保護するため、もとあった場所から移築、つまり建物の引っ越しを行なったわけです。

建物の引っ越し。こう聞いて思い出すのは、やはり、あの絵本ですね。

「ちいさいおうち」
(バージニア・リー・バートン文・絵 石井桃子訳 岩波書店、1993年)

鮮やかな水色の表紙の真ん中に、ほほ笑むように建つちいさいおうち。
ぐるりと囲んだひなぎくの花がかわいらしく、素朴で端正なデザインが目を引きます。

絵の美しさもさることながら、この本の魅力はなんといっても「おうちのひっこし」という展開にあるのでしょう。
りんごの花咲くのどかな丘に、ていねいに頑丈に作られた家は見るからに居心地が良さそうで、心が温かくなります。
しかし家を中心にほぼ定点観測で進んでいた物語が、おうちの移動によって軽やかに覆るとき、ガッツポーズしたくなるような痛快さを感じるのです。
この嬉しさ、どこから来るのか。

作者のバージニア・リー・バートンはちいさいおうち以外にも数々の絵本を出版し、ダンサーやデザイナーとしての顔も持っていました。
特にデザイン集団「フォリーコーブ・デザイナーズ」のリーダーとしての活躍は目をみはるものがあります。
地域の女性たちがバートンの指導を受けながらデザインを学び、自らリノリウムの板を彫って布を染め上げる。
デザインのアイディアはすべて身近な植物や動物、暮らしの中から取られています。手作業で作り出される美しい布に当時のメディアや百貨店が注目し、依頼が絶えなかったと言います。
数年前にバートンの回顧展で紹介されていたのを見て、一人の作家、女性としてのパワフルな生き様に大きな衝撃を受けたのでした。

今手元にある「ちいさいおうち」は、1954年刊行で1993年に41刷として出された「岩波の子どもの本」という小さいサイズのハードカバー。
実はここにはないのですが、原書の表紙のほほ笑むおうちの下には小さく”HER STORY”の文字があるのです。
「ちいさいおうち」はきっと、バートンという作者そのものを表しているのでしょうね。

おうちの温かさと、軽やかさ。
このふたつが両立する世界はすてきだなあ、などとたいそうなことを考えながら、以前たてもの園を訪問した際夕立を避けて逃げ込んだのが二・二六事件の舞台となった首相邸で、暗闇に光る稲妻に戦慄したのを思い出すのでした。。
そんな紹介でいいのかわからないけれど(笑)、たてもの園、楽しいので機会があればぜひ訪れてみてください。

画材費、展示運営費、また様々な企画に役立てられたらと思っています。ご協力いただける方、ぜひサポートをお願いいたします。