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別居してみた。 その1

そうか、もう3か月前になるのか。オット氏に了解を得たのでまとめてみたいと思います。

7月の中旬に私たち夫婦は別居しました。

私たちを知っている人たちはびっくり仰天するかもしれませんが、1週間の期間限定別居でした。安心してください。

まずは、我々について。

同い年同士で、まちづくり事業系NPO法人の理事長と事務局長。

オット氏、AB型のおとめ座。緻密で真面目。例えば旅行に行くとなれば、前々日には着替えから何まで準備しているタイプ。あんまり固定観念なく自由人。なのに割とマイナス思考、というか、繊細。

ワタシ、O型やぎ座。小心者のくせに雑でてきとう。旅行の支度は前日ぎりぎり、下手したら当日の朝。固定観念いっぱいでそれと無駄に戦うタイプ。本人は自分に自信ないと思っていますが、割とプラス思考。能天気で単純。

価値観や感覚、例えばセンスや生活スタイル、好きなもの嫌いなものなどはとっても一緒なのですが、基本的な人格は全く違う私たち。

仕事もゼロをイチにしていく仕事なので、ぶつかるときはぶつかる。人を信じたいから回りくどい方法を取りがちなワタシというか、仕事を情緒的な思いや共感から生み出すタイプのワタシと、人を大事にしたいから効率的な方法を取りたいオット氏。といった感じ。

仕事でもプライベートでもケンカが積み重なり、日々にまみれ、実はいつしかお互いがお互いにとって心休まる存在ではなくなっていた感覚があったのでした。(ワタシは産後の疲れもあった。)

家庭も、思春期まっただなかの14歳の息子と、いやいや期まっただなかの1歳の娘。仕事も全部一緒で、全てを2人で回していくという生活の中、オットは本当に子育ても家のことも参入してくれるので感謝しかないのですが、お互いに息が詰まっていたことは確かでした。

そんな7月。他愛ないことが原因で険悪になった私たち。

いろいろなことが積み重なり、どんどん言い争いはエスカレート。ああ、よくないな、ここで終わらせなきゃ。とわかってはいるのにもはや引き返せない自分(2人)がいました。

このままだと、お互いの人格否定をしあっての泥仕合。取返しがつかなくなるな、と思っていたら、オット氏から提案がありました。

「一度、ちゃんと離れよう。お互いの親にも子供たちにも悟られずに」

最初は「は?そんなの無理に決まってる。」と思いましたが、そこは効率重視のオット。

家、ホテル(家以外で宿泊)、仕事、息子、娘の項目を一覧にした表をパパっと作り、家で子どもといる日、ホテルなど家や実家以外の場所に泊まる日、仕事で大事な打ち合わせ、進める案件をどこでやるか、(仕事もこの期間は基本顔を合わせない)といった分担をしていきました。(まだこの時は、ケンカ中なのでお互い超険悪な感じで分担した)その時にオットが書きなぐった(wケンカ中だからね、筆圧も強めw)表、取っておけば良かったな。

離婚のための別居じゃない。この関係性を前向きに見つめるための別居。それでもだめならそれも1つの答えなんだと思う。だから1週間の別居後話し合おう。

ということを半ば強引にオットに共有させられ(ワタシはまだふてくされていた、、子どもか)別々の生活が始まったのでした。

娘はまだ訳もわからないし、幸か不幸か、パパ大好きっこなので、多分全く困らない。息子氏を不安にさせないようにしなきゃなと思いながら、ごはんは?洗濯は?などなど一瞬頭をよぎりましたが、ここで日々のことを優先するより、離れることを優先しながら他を回そう。と提案に乗っかってみることに。期間限定だからよく考えたらごはんも掃除も洗濯も何とかなる。よく考えたら何年かぶりの自由時間にだんだんワクワクしてくる不謹慎なワタシ。

そんなわけで、期間限定1週間の別居生活が急にはじまったのでした。

さて、この生活がどんな風で、どんなことが変化したのかは、長くなるので次回に。



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