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医療・介護制度再構築のために

ここ30年、バブル経済の崩壊に伴って91年に一旦達成された均衡予算が崩れ、さらに94年の赤字国債発行再開以来、財政は赤字の一途をたどっている。そして、高齢化に伴ってその支出の多くを社会保障関係費が占めるようになって久しい。社会保障関係費を削ることは、そのまま国民の健康、生活に関わることであり、生活水準の悪化に至ることは明らかであろう。かといってこのままその支出を国庫から出し続ければ、どこかの段階で財政破綻することも、また明らかであろう。この状態をいかに解決すべきだろうか。

所得倍増時代の金融構造

そこで参考になるのが、60年代の所得倍増というのが、いかなる金融構造のもとで成し遂げられたか、ということなのではないかと考える。この所得倍増は、60年に16.66兆円だった名目GDP/GNPが65年には33.67兆円になったということで、まさに5年間で倍増を達成している。そして、65年までは均衡予算を組んでおり、国債は発行していない。この奇跡的な状況を支えた金融制度はいったいどのようなものだったのか。

金融債の役割

その鍵を握るのが、いわゆる長信銀の発行していた金融債ということになる。日本長期信用銀行、日本興業銀行、日本債券銀行(当時は日本不動産銀行)の長信銀三行等特定の金融機関は、普通銀行のように直接預金の引受ができない代わりに、金融債という債券を発行することができた。国債発行がない中、普通銀行は日本銀行から融資を受けるためには、見合い資産としてこの金融債を持っている必要があった。そこで、長信銀が発行する金融債を購入し、それを担保にして日銀融資を受け、それを融資に回し、一方で長信銀も金融債発行で調達した資金をもとに、主として長期の融資を行うという、長信銀と普通銀行の間で一旦信用交換のようなことを行なってから融資がなされるという形であった。これは、事業形態の異なる二つの銀行が信用を交換することで、金融不安が直接金融システム全体に波及するリスクをかなり低めていたのだと言える。そして、これによって、日銀からの信用供与は、その時点で長信銀と普通銀行の二形態に対して信用創造がなされるということで、1単位の信用供与が即2になるという効果的な乗数発生の機能を持っていた。そしてそれぞれが金融債発行残高と預金残高に合わせて信用創造を行うということで、とにかく資金が非常に効率的に市場に配給されることになっていた。資本主義におけるボトルネックである資本の問題を非常にうまく解決することで、所得倍増、高度経済成長は成し遂げられたのだ。

長信銀の落日

せっかくうまく機能していたこの仕組は、64年に初の民間銀行からの出身である、元三菱銀行の宇佐美洵が日銀総裁となり、翌65年田中角栄が大蔵大臣となって、国による直接財政、そして日銀の直接の経済への介入が志向されるようになって以来、次第に圧迫されるようになっていった。田中は、国債発行を始めると同時に、山一證券の破綻に際して日銀特融を決めるということをし、金融への国家の直接介入を強め、そして証券会社を大蔵省の管理下に置くことによって、証券という金融債よりもはるかにリスクの高い金融商品を提示することで、金融債の商品力を弱めようと試みた。結局長信銀は日本列島改造計画や、バブル経済によって、融資先がどんどん不動産へと向けられることでその役割を減じてゆき、最終的にはいわゆる金融ビッグバンで狙い撃ちにされるように次々国有化されていった。長信銀の時代の終わりとともに、日本経済は長期の停滞に陥っている。

金融債を社会保障財源に

それはともかく、前向きな話として、この金融債を、なんとか社会保障の財源として生かしてゆくことができないか、というのがこの稿の目的となる。これは、国による社会保障支出を金融債に切り替えることによって実現可能なのではないか、という考えに基づく。まず、医療介護信用銀行のようなものを作り、それが金融債を発行可能とする。ただ、この金融債は市場での売買はされず、医療や介護の国庫負担分を、現金ではなく、この金融債相当のものとして医療介護機関が受け取ることとする。医療介護機関はそれを担保として医療介護信用銀行から融資を受けることができ、そしてその返済に満期の来た金融債自体を充てることができるとする。これについては融資との見合いとなるので無利子として、その分借り入れ利息を抑えた方が制度的にはスッキリしそう。こうすることで、医療介護信用銀行と医療介護機関との間で相互の信用交換が行われ、それによって信用創造が起き、医療介護業界内部だけでの信用エコシステムが出来上がることになる。これは、国の財政状況に影響を受けることもない、安定的な制度になることが期待され、長期的社会保障制度の形成をもたらす。医療介護信用銀行の融資資金自体は、金融債を銀行に販売することによって調達することになるだろう。借り換え前提で運用がなされれば、資金繰り自体は回り続けることになりそう。長信銀は金融債で資金調達しても、結局その使い道がなかったということで不動産投資に走らざるを得なくなったが、確かな需要のある医療介護信用銀行の金融債は安定資産となるだろう。これに市場性を持たせることの是非は検討が必要となろう。ことによると国債よりも信用度が高くなり、金融市場が混乱する可能性もあるからだ。当面の間は銀行持ち切りの単なる日銀資金の担保資産ということにした方が良さそうに感じる。いずれにしても、これによって国家財政から社会保障関連費を外すことができるようになり、長期的には国家財政も安定するだろう。

金融債という日本独特の金融商品の果たした大きな役割を今一度見直し、再びこれを生かす道を探ることが求められる。

参考
内閣府:経済審議会活動の総括的評価と新しい体制での経済政策運営への期待

財務省:国債発行額の推移(実績ベース)(PDF:314KB)

長銀の経営破綻とコーポレート・ガバナンス 服部泰彦


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