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自然と周囲を変えていくリーダーとは?

前回解説した管仲が死んだ後、百余年を経て斉の国に登場したのが晏嬰です。「管仲と晏嬰は、ともに斉の名臣である」といわれ『史記』の作者・司馬遷は晏嬰を「もし自分が彼と同時代の人間だったら、身分の低い馬車の御者になってでも彼に仕えたいと思うくらい敬慕している」と絶賛しています。

かように管仲と並び称される晏嬰とは、どのような人物なのでしょうか。『史記』では晏嬰については管仲ほど詳しく書かれておらず断片的な情報に留まるのですが、人となりを想像するには事足りるので以下にご紹介します。

「晏嬰は斉国を治める霊公・荘公・景公と三代に渡って仕えた賢臣である。節倹と勤勉の美徳ある人物として斉で重んじられた。

宰相(大臣)になってからも、自邸での自分の食事には肉料理を二皿も出させず、家にいる女性にも高価な衣服を着させないなど倹約を実行した。朝廷にあって主君が彼に相談する時は正しい意見を述べ、主君からの相談が無い時は、黙々とひとりで正しい行動をしていた。

国の政治が正しい時は主君の命令に従い、政治が乱れた時は主君の命令を慎重に見直し、軌道修正を図った。このようであったので、霊公・荘公・景公の三世に渡って、晏嬰の名は広く鳴り響いた」

この晏嬰にまつわる面白い逸話があります。

先に、司馬遷が「御者になってでも彼に仕えたい」と絶賛しているとご紹介しましたが、実際に晏嬰に仕えた御者夫婦の話です。
おそらく、女性が共感し男性は苦笑いするエピソードでしょう。

「晏子(晏嬰のこと)が斉の宰相として馬車で外出する時、御者の妻が門のすきまから様子をぬすみ見ていた。夫は大臣の立派な車を操る御者として意気揚々、得意になっている様子だった。

晏嬰が自邸に帰ってくると、御者の妻は夫に離婚を申し出た。夫が理由を尋ねると、妻は言った。

『貴方が仕える晏子(晏嬰)は身長が低い小男だが、その名声は世間に広く鳴り響いている。実際にその外出の様子をうかがい見ていたが、思慮深さが感じられ、常に物腰も低い。

それに引き替え、我が夫である貴方は、とても情けなかった。背丈は高いかもしれないが、しょせんは御者にすぎない。にも関わらず、今の立場に満足していて、宰相の御者として立派な馬車を操って得意になっている傲慢な様子が伝わってきた。

今日それを目の当たりにし、これが我が伴侶かと恥ずかしくなった。だから別れたい』」

もしあなたが女性なら「確かに。そんな男じゃ別れたほうが良いかも」となり、男性なら「悪妻だ。その程度で離婚を持ち出すなんて」となるのではないでしょうか。

さて結局、この話のオチはどうなったかというと・・・。

「妻にそう言われてから、夫は自ら努めて謙虚に振る舞うようになった。晏子が不思議に思って、御者にわけを尋ねた。御者は妻とのやりとりをその通り伝えた。晏子はその御者を推薦して大夫に出世させた」と結ばれています。

これは数千年前の話なので本当に晏嬰が御者を大夫にしたかどうか、真相は分かりません。「いくら何でもこれだけの理由で御者を出世させるだろうか。実際は、そんな八艘飛びのような出世をさせた訳ではなかろう」という意見もあります。

しかし大事なことは「晏嬰は、御者を大夫にした」と書いてあると「晏嬰がやったというなら、本当に御者のために何かしてやっただろう。晏嬰だし」と読み手に思わせる人物だということです。

「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。残念ながら、稲穂と違って人間は「地位が高くなればなるほど謙虚さを持たなければいけない」と言われても難しいです。意識して自重しなければ、決して晏嬰のように「権力者でありながら、常に物腰も低い」在り方にはなりません。

妻に三行半を突きつけられた御者のように、気を付けていなければすぐ調子に乗り、少しでも成功しようものなら傲慢になりがちなのが人間です。

現代でも、男女問わず自分の肩書や所属や出身(社会的な地位、出身大学名、勤務先の大企業名など)を鼻にかけている方というのは周囲の人間にとって鼻につく存在にしかならず、それで印象が良くなることは無いように感じます。同時に、本当に凄い方というのは晏嬰のように物腰が低く、謙虚さを保っていることが多いです。

「過去にそうした人間を目撃した時」のことを思い出していただければ、多くの方が納得するのではないでしょうか。

晏嬰のように長く三代の王に仕え、宰相という地位にありながら驕慢になることなく常に謙虚、私生活でも節倹に努め贅沢をしないというのは、よほど日頃から思慮深く努力・意識していなければできない芸当です。

このように管仲とはまったく違うタイプでありながら、管仲に劣らぬ名宰相といわれ、その名が今に伝わるのが晏嬰です。その在り方に、現代でも学ぶことや気づかされることは多々あります。

なお、晏嬰(晏子)に関しては『晏子春秋』という書が現存しており、この御者のエピソードを含め、晏嬰にまつわる数々の話が残っています。ご興味のある方はぜひご一読ください。

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