私と東アフリカ
私が東アフリカへ行ってみたい!と思い始めたきっかけと、更には本当に行くことを決意した出来事などを書いてみようかなと思います。
風に立つライオン
行ってみたいと思ったきっかけの答えをすぐに出してしまいましたが、歌手さだまさしさんの名曲【風に立つライオン】です。
私は中学生の頃に初めて聴いたのですが、色々と胸に響くものがありました。
それは、経済的に発展し先進国と呼ばれるようになった日本とは全く違う世界が目の前に広がり、この歌の主人公である医師の決意などと相まって、衝撃を受けたのです。
(この歌のモデルとなった医師は、実在している方です。)
今でもこの歌を聴くと涙が出てしまうのだけど、この歌を初めて聴いた中学時代から『いつかアフリカに行きたい!』と言う想いがずっと胸の中にありました。
また、小学生の頃に読んだのか読んでないのか記憶は定かではないけれど、少年ケニヤという小説にもとても興味があり、子供の頃からアフリカという地に何か引っ掛かっていたのだと思います。
2013年9月 人生の迷子になる
この月、3つの死と向き合いました。
最初に祖父の死でした。
世間的には大往生と言われる101歳でしたが、そのお葬式が今までにないお葬式だったのです。
なぜなら、誰もがみんなが笑ってたからでした。
早すぎる死でも悔いの残る死でもなく、みんなが悔いなく納得した最期を迎えると、こんなに笑えるお葬式になるんだという衝撃。
そして、そこまでの道のりは決して楽ではなく、介護と言うものが存在し、お金も時間も体力も必要でした。
誰も悔いなく笑って送り出すお葬式を迎えるには、こんな苦労をしなければならないのか…と思ったら、長生きってなんなんだろうと思いました。
そのお葬式からほどなくして、とてもとてもお世話になった親友のお父様が亡くなったと連絡を受けました。
その連絡から程なくしてお焼香に伺ったけども、その親友は当たり前だけど悲しんでいて、祖父との差に頭の理解が追いつきませんでした。
更に追い討ちをかけられた3件目。
この月の前半で京都へ旅行に行ったのですが、その時までSNSでやり取りしていた同級生が亡くなったと連絡が…
えっ?この前までやり取りしてたよね?と思ったら、病気を隠していたようで、実は脳腫瘍を患っていたとの事。
こんなにも死にまつわる事が半月の間に押し寄せて来て、私は生きるって何?死ぬって何?となってしまいました。
思い返すと、人生の中でもこのタイミングだけは精神が病んでいたのかもしれないと思うほど、何をやっても身が入らず、うわのそらでした。
そうだ!アフリカへ行こう!!
そんな時に思い出したのが、アフリカでした。
行けば命の洗濯が出来ると以前から聞いていたこともあり、行くならこのタイミングしかない!と。
旅費がなかった私は、唯一入っていた保険を解約して何とか資金を捻出しました。
アフリカへのツアーは、場所的にも金額的にもハードルが高く、第一希望だったケニアへのツアーは、人数が集まらずキャンセルに…
タンザニアとちょっとだけケニアのツアーなら、すでに催行決定していたものがあったので、そちらで初めてアフリカの大地に行く事が出来ました。
人生の迷子から脱出
タンザニア🇹🇿ケニア🇰🇪と巡り、色々感じました。
特に国立公園内の動物たちの姿には、可愛いとかカッコいいとかではない、そして弱肉強食でもなく、自然の摂理がたくさんありました。
特にガゼルの群れには『負け組』と呼ばれる数頭のオスだけの群れがあります。
その負け組は、他の強いオスに負けてメスを奪われたオスだけの群れなのだけど、そのまま子孫を残さず生涯を終えるそう。
逆に50頭以上のメスを引き連れた1頭のオスがいたりするのを見て、人間だって同じなんだから子孫を残さないタイプがいるのは普通なんだと思え、結婚をしなきゃいけない(とは思ってなかったけど)などと言う概念から解放されました。
生きるって何?と言う疑問に対する答えは見つけられなくても、人間だろうが動物だろうがいつ死ぬかわからない、と言うことを強く思うようになり、毎日楽しく生きる事が私の人生の最大の目標となりました。
タンザニアとケニアの違い
そして、これも衝撃的だったのですが、タンザニアとケニアは本当に違ってました。
徒歩での国境越えだったので、尚更その違いがハッキリ見えてしまいました。
タンザニアはまだ貧さが残っていたのですが、人の心がとても暖かかったです。
ホテルの従業員の方に話しかけられて、タンザニアはどう?と聞かれたので、素晴らしくて絶対にまた来たい!と言ったら喜んでました。
また、路上での物売りをしてる人も、断るとその場から立ち去ってくれました。
所が、ケニアはアフリカの中でも経済が発展している国…
そう言った心の暖かさは微塵も感じられず、逆に金!金!金!でした。
チップ不要のホテルで、ポーターがチップをねだって帰らなかったり、路上で小物を売ってる女性は強引に商品を手に持たせて買わせようと、車の中に逃げても窓から手を突っ込んで来たりと、ちょっと怖かったです。
あぁ、風に立つライオンのケニアはもうないんだな…
あの頃のケニアは今のタンザニアなんだな…
そんな風に思いました。
アフリカへ行くと変わること
タンザニアとケニアの滞在は、基本国立公園内のホテルでした。
もちろん電気は通ってません。
ただし、自家発電による通電時間と言うものがあり、様々な機器の充電は出来ます。
電気が通ってないホテルなので、テレビなどの家電はもちろんありません。
通電時間が終われば、漆黒の闇です。
目を凝らしても何も見えません。
そんな生活をしてから帰国すると、テレビをつける事を忘れ、音楽を聴きたくなくなり、その代わり現地で撮影してきた鳥の囀りしか聞こえない動画をずっと聞いていたい衝動に駆られてました。
ミニマムな生活に憧れたことなどなかったけど、自分の家の中を見回して、なんて不必要なものに囲まれているんだろう…とも思いました。
まぁ、帰国から2週間もすれば元に戻ってしまい、不必要だとは思わなくなるのですが!
そんな訳で、東アフリカでもタンザニアに魅了され、アフリカをもっと知りたいと思った事がきっかけになり、次のステップへと向かいます。
今回はここまでです!長文をお読みいただき、ありがとうございます😊
続きはまた今度書きたいと思います。
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