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尹東柱の散文は面白い

尹東柱は、韓国で有名な詩人だが、彼が5編の散文を書いていたことは、韓国人でも意外に知らない。
 
詩には作者の思いが凝縮されていて、行間を読み解く作業が求められる。それゆえ難解であるが、尹東柱の散文には、彼の置かれた状況や悩み、心の揺れなどが日記のようにつづられていて、読んでいくと面白い。

尹東柱の悩みや心の葛藤が描かれた「ツルゲーネフの丘」「月を射る」「隕石の落ちたところ」

ツルゲーネフの「乞食」から着想を得た「ツルゲーネフの丘」では、幼い乞食に施しを与えようと、やっとの思いで声を掛けてみたが、彼らは貧しさに負けることなくたくましく生きている。
その覚悟に比べて自分は…という思いが描かれている。
尹東柱は、生まれながらのクリスチャンだった。しかし、信仰で教わった世界と、現実社会との乖離に、キリスト教に懐疑を抱いたことがあった。おそらく、この作品が書かれた時期だろう。
 
「月を射る」では、自分の弱い内なる思いに負けまいと、まっすぐな樹の枝をそろえ、帯を裂いて弦を張り、立派な弓を作る。
そして丈夫な葦を矢に、武士の決意で射る。
これも、ツルゲーネフの丘と同じく、彼の心象風景だと思われる。きっと、そうでもしない限り、心が折れそうだったのだろう。
 
さらに「隕石の墜ちたところ」では、自分の芯となるものが揺れ動き、激しく動揺する。
そして、「あの隕石(流れ星)が落ちたところが自分の行くべき道ではないか。ならば、隕石よ! 落ちるべき所に落ちてくれ」と流れ星に切に祈る。
 
こうした彼の心の大きな揺れは、彼の視点が個人から国や民族に広がっていったからではないだろうか。
好きな詩を書きたいという思いから、国や民族を思う心へ。
その一方で、朝鮮が置かれた状況はさらに混迷を深める。

尹東柱が心から願った世界を描いた「花園に花が咲く」

れんぎょう、つつじ、すみれ、ライラック…四季折々の花の名前の羅列で始まる「花園に花が咲く」には、尹東柱が願った平和な世界が描かれている。

冒頭に出てくる花園とは、尹東柱が通う延禧専門学校での学園生活のことだ。日本の支配が強まる中、決して心穏やかではないが、気を許せる友人らとの語り合いや教授陣からの学びが、彼に力を与えていたことが分かる。

そしてこう続ける。<私の悩みを知ってくれる師、私たちの傷を癒やしてくれる暖かい世界があれば、形骸化した道徳であろうとも、師を心から尊敬します。心あたたまる街で敵に出会ったら、手を取り合って泣き叫ぶでしょう。>

傷を癒やしてくれる暖かい世界、心温まる街、敵と手を取り合う…これらは、尹東柱が願った愛の世界でもある。

また、最後の段落には、今はどんなに苦しくても必ず春が来るという尹東柱の世界観も表現されている。
<春がすぎ、夏がゆき、秋、コスモスがはらはら散る日、宇宙の終わりではありません。紅葉の世界がありー履霜而堅氷至(※)―霜を踏んだら氷が堅くなるのを覚悟せよというのでなく、霜柱に散らばった落葉を踏みしめながら遠くに春がくることを信じます。炉端でたくさんのことがなされるでしょう。>

逆境の中でも、未来を信じてこうあってほしいと願い続け、やがてその日が来るという確信は、いかにも尹東柱らしい。

タイトルの花園とは実は、学園生活のことではなく、この世の人々が語り合う世界のこと。対立ではなく、人々が手を取り合っていけば、人類に未来が広がる。そう彼は言いたかったのではないだろうか。

新たに詩作の一歩を踏み出した「終始」

冒頭、下宿と学校の単なる往復を<終点が始点になり、始点が終点になる>と表現している。中盤では<私は終点を始点に換える>になり、さらに<今すぐ終点を始点に入れ換えねばならない>と変わる。終点を始点に換えるとは、発想を変えれば何か新しい道筋が見えてくるということを意味する。

実はこの1941年に彼は最も多くの詩作を行っている。それに対し、1939年と1940年は全く書けていない。文中には老人や若者、子ども、女性、中国人労働者などの描写があることから、寄宿舎を出て市井に生きる人々の生活を見たことが、彼の詩作に一つの転機をもたらしたと考えていいだろう。

最後の段落に書かれた<本当の故郷があるのなら、私が乗る汽車の行き先を故郷にしたい。到着すべき時代の停車場があるならさらによい。>という表現。本当の故郷とは、日本から支配されていない朝鮮のことであり、到着すべき時代の停車場という言葉に、市井の人々が幸せになる社会を切実に願う尹東柱の思いを感じずにはいられない。

散文を読み終えて

「ツルゲーネフの丘」「月を射る」「隕石の落ちたところ」までは、悶々としていた尹東柱が、「花園に花が咲く」「終始」では、元気を取り戻し、試作に向かおうとする姿がある。尹東柱の詩は、彼の心の軌跡を描いたものだ。

来年1月からは、「空と風と星と詩~尹東柱全詩集~」の読み解きも3巡目に入る。尹東柱が、日本の植民地支配下という過酷な時代に翻弄されながらも、どのように自分の心を整えていったのか、今後も詩を読み続けることで感じていきたい。


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