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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック / メトロポリタン美術館
筆記→接地で脱りりの日々
仕事から帰って、ただ寝るだけの生活をしたくない、と執念深く思う。
それは頂き女子のマニュアルに載っているおじさんの生活からできるだけ遠ざかりたいからかもしれない。もう飽き飽きするが、俺はそういうところに意識を過剰にさせて反応してしまう。
つまらない生活をしている人だと思われたくない。軸が他人にある。
けれど、ちょっと考えてみると、確かにただ寝て起きての生活は避けたいと思う。じゃあ代わりに何をしたいのだろう。
同期と飲んでも、結局は帰った後、1時間近く歩かないと頭をスッキリさせられない。ゲームも試してみたが、ただ時間を浪費しているだけで、結局のところ何も腹落ち感はない。
近所のファミレスに行き、読書をしたり、カフェで時間を過ごしても何かしっくりこない。
色々と試した末に結局書くしかないなと落ち着いた。
自分の中での手応えは書くことしかない。今はもうそれしかない。
社会人になってからずっと自分がなぜここにいるのかが分からない。なぜここで働かせてもらっているのか、なぜここの人たちに話しかけられているのか分からないまま、ずっと自分がふわふわしているのだ。
けれど、書くと着地する。
書くと、自分がここにいることが理解できるようになる。なぜなのかという問いに答えない代わりに、ここにいることは確定させる。そうすると少しはマシな気持ちになる。
ただインスタントな楽しみに不満足を満たしてもらう代わりに、書く。書くことで自分が存在していることを自覚する。そう書くとだいぶ仰々しいけれど、自分がいること、自分がどういう自分でここにいるのか、日々を過ごしているのかをスタティックに残す。
頂き女子のマニュアルにも、どこにも載っていない生活をしてやりたい。
買いたい本を買うために使います!!