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いずれすべては海の中に(ネタバレありの感想です。ご注意ください。)

大好きなSF短篇集『いずれすべては海の中に』

読み終わって随分経つのだけど、日常のふとした瞬間に気持ちがふっとこの本の中に戻ってしまう。
語られない部分の多い幾つもの物語は、その余白に胸を締め付けられて本を閉じてもいつまでも物語が終わらない。

中でも退役軍人とその家族を描いた『記憶が戻る日』
覚えているにはあまりにむごい戦争の記憶を忘れさせ封じこめ、 年に1度だけ記憶が戻るその日のお話。
大切な人の記憶も自分が軍人であった事さえも戦争に関するものは全て忘れてしまう。

そしてこの中にたった6行だけ登場する男の子。
私はこの男の子の事が気がかりで仕方ない。
主人公の女の子と同じくらいの年齢で観覧席に1人でいる。この子には頼れる大人が恐らく退役軍人である両親以外には1人もいないのだと思う。

主人公が祖母と2人で分かち合う364日を、この子はどんな思いで1人で乗り越えているのか。なんて孤独だろう。
夕方 教会の鐘が鳴り、記憶がなくなって虚ろな目になるその瞬間の両親を彼はどんな気持ちで見つめ、毎日をどんな気持ちで過ごすのか。

忘れるか、覚えているか、、
それは退役軍人たち自身の投票で毎年決める。
自分たちはどうしたいのかを多数決で。
そして結果はいつも圧倒的大差で「忘れたい」

記憶が戻る1年に1度しかないその日、主人公の女の子は自分の知らないパパの話を教えて欲しいとママにお願いする。聞きたい事は沢山あるけれど、本当のママとお話ができるのは鐘が鳴るまでのとても短い時間しかない。

ベッドで小さく泣いている祖母。
戦争で亡くした夫の事を夕方になれば忘れてしまう母は愛おしそうに夫の写真を撫でている。

貴重なはずのその1日、子供を1人にしてでも2票を投じる6行の男の子の両親は、忘れる事に反対なのではないかと思う。
いつも圧倒的大差で忘れる事に決まるのなら、2人ともが投票へ行く必要はなく、少なくともどちらか1人は子供と過ごすのではないか。

もうすぐ記憶が消えるその瞬間に見る子供の顔、お互いの顔。
辛い記憶を抱えても尚覚えていたいのは、、と想いを巡らす。

そして5つ目の短篇『彼女のハム音』
このお話は一見すると【機械と少女の心温まる絆のお話】
でもこのハム音は、圧倒的な孤独の中でしか聞く事のできない音だと思う。
いつもは気づかない深夜の冷蔵庫のような。
静かな静かな、ふたりに見えるひとりぼっち。
その光景を思い浮かべるだけで涙がこぼれる。

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