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【詩作日記】「異国の出来事 / ジャミィ」

「*ジャミィ」

夜の喧噪もまだやまぬ頃
ホテルを出て通りを歩く
通りは夜の顔に変わり
せわしなくタクシーが
クラクションを鳴らして
通り過ぎていく

ホテル近くのビュフェでは
日本人観光客が
お茶を飲んでおり
その先の店では
ドネル・ケバブの香りが
悩ましく鼻を通して誘惑をする
早々に閉まった店の前
なにやら二人の男が
客を引いている
足早に通り過ぎると
道路は坂にさしかゝる
ガード下をくゞった時
不意に姿を見せた
大きなジャミイ
ライトアップされて
その雄々しい姿を
曇った夜空に
誇示しているかのように
二本のミナレットが
立ち聳えていた

僕はその姿に目を奪われ
行くことも戻ることもまゝならず
その場で煙草に火をつけた
凍てついた雪のアンカラの夜
僕の前から
煙草一本分の時間が止まった
あゝ
なんて雄々しくて優しい姿なのだろう
異国の異教徒であるはずの自分でさえ
聖なる気持ちで心満たされ
それでもまだ余るほどの
感動を与えてくれた

アンカラの今夜のことは
一生忘れはしまい
風がどこへ吹こうとも
月がどこから昇ろうとも
煙草一本分の記憶に刻まれた
この夜のことは


*ジャミィ (Cami)
 トルコ語でモスクのこと

「ジャミィ」 詩集「異国の出来事」より
1997年アンカラ・マルテペにて 2021年再推敲

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