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【短編日記】 「Quiet Mode / 電車寝(3)」

 気がつけば電車に乗れば週に必ず2回以上は寝過ごしをするようになり、やがて寝過ごした先の駅の近くになじみの店ができるくらいにまでなっていた。社畜となって働き通し、先の失敗以来有給を使うこともなくなっていた。遊びのために旅行をするという感覚もとうに麻痺してなくなり、電車寝が唯一のストレス解消にまでなってしまったことにある朝突然気がついた。

 仕事のために朝早くから夜遅くまで働き、疲れがとれなくなり電車の中では寝てばかり。そして頻繁に寝過ごしては帰宅時間を更に遅くさせていた。遊びもまるでせず、出逢いもなくこの歳になるまで結婚もせず自分はこのままでいいのか、いいはずがないと考え直した。しかしそれも出勤時の事だったのでその後あまり真剣に考えず、いつものように職場の最寄り駅に着くまでの間は寝ていた。

 それから数週間、少し時間ができる度に考え、今度は夏のお盆の頃にやはり貯まりに貯まった有給を惜しげもなく使って俗に言う「自分探し」と「出逢い」の為の旅をしようではないかと考えるようになっていた。同じ轍は踏まない、今度こそ自分が真に求めていた旅の喜びを見つけるのだと日に日にテンションを高めて過ごすことにした。

 「自分探し」の旅の初日、敢えて昼前くらいの遅い時間の出発を選んでまずは札幌行きの飛行機に乗るために羽田空港に向かった。空港へはバスでも行けるのだが、万が一首都高が事故か何かで渋滞すると飛行機に乗り遅れる恐れもあると考え、京浜東北線で浜松町へと向かった。

 電車の中は空いていて寒いくらいに冷房もきいていた。座席に座ると夏の日差しがまぶしくて目も開けていられないくらいだった事を覚えている。浜松町までは途中6つか7つくらいの駅があったと思うのだが、それも定かではなかった。窓の外の日差しがまぶしくてずっと目を閉じていた。心地よい電車独特の揺れも相まって深く深呼吸をすると、その先がどうしても思い出せない。

 目が覚めると大宮駅に着いていた。蒲田までは記憶があったのだが、その後はどうやらいつもと同じで電車寝をし、終点まで気が付かなかったらしい。らしい、なんてものではない。確かにここは大宮駅だ。最近の寝過ごし記録を大幅に更新してしまったようだ。時計を見るとすでにフライトの時間間近で、大宮から10分で羽田空港まで行けなければ飛行機にも間に合わない状態だった。ここに来てようやくしっかりと目が覚めた。しかし時すでに遅かった。どこをどうしてももう飛行機には間に合わない。

 結局その日の札幌行きのフライトを探して札幌まで行くには行ってみたのだか、初日からこの為体ではまた同じ事を繰り返す上に、今度は寝過ごしをするクセまでついていたので旅は諦めて数日間は札幌に滞在することにした。しかしすることもなければ友人がいるでもなく、昼間は大通公園でビールを飲み、暗くなるとすすきのに場所を変えて飲んでばかりの数日間を過ごした。

 その後旭川へと移動をして二日間。その後函館に場所を変えて更に二日間、飲んでばかりで旅とは言いづらい旅を適当にして帰ってきた。その間はどこが「自分探し」なんだかと呆れてしまうようなどうでもいい日々を過ごしていた。復路は数日かけて鈍行列車を乗り継いだが、前回と同じで移動中はほとんど寝て過ごしていた。結局は電車寝を思う存分楽しんである程度の達成感と充足感を得て何とか楽しんだと自分に言い聞かせてその年の夏を終えることにした。

(次回に続く)


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