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【短編日記】 「Quiet Mode / 昆布駅(4・終)

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「お、バイク。SRだ。渋いですね。これお兄さんのバイク。」
「うん。こちらも雨宿りしてたんだ。」
「あれ、これSR500って書いてある。へえ、珍しいバイクにお目にかかった。」
 僕のバイクがそんなに珍しいのか、彼はいつまでも眺めていた。確かに珍車とは言われているが、自分ではそんなバイクに乗っていると言う意識がない。
「ナンバーは横浜なのに、荷物はないんですね。ステビー*するんですか。」
そのステビーという言葉で彼はただ者ではないなとは思った。
「あ、いやいや、この先の蘭越に滞在してるんだ。ニセコからの帰りに降られてここで動けずにいるだけ。」
「ふうん、そうなんですね。ということは雨宿りしていたらだんだん雨脚が強くなって…」
「そう、その通り。ここと蘭越の間はそれほど離れてはいないけどね。」
それきり会話は少し止まった。雨は相変わらず強く降っている。
「中山峠を超えてどうする予定だったの。」ちょっと気になり訊いてみた。
「特に予定はないんですよ。最初はそこら辺にある駐車場でキャンプでもするつもりだったけと、この雨じゃあどっかの軒下かステビーしかないですよね。」
「ステビーね。それで鉄道沿線に来たんだね。」
「ここ、ステビーには良さそうだけど、本当に寝るならさっきのベンチの方が良さそうです。」そう言うとライダーは自分のバイクのある場所に戻って行き、屋根の下のベンチに座り込むと煙草に火をつけた。僕もベンチの横にある柱にもたれ掛かって煙草をくわえるとライダーがそっと火をつけてくれた。
   
「こんな雨の夜、他のライダー達はどうしてるんでしょうね。」彼はそうぼそりと呟くように訊いてきた。
「濡れないようにしているよ。誰もこんな雨の中、走ろうなんて考えちゃいないよ。」
「そうですよね。僕も雨の中ニセコから延々と坂を下って同じこと考えてましたよ。」
彼にとってはニセコからの昆布までの長い坂が堪えたらしい。確かにこの雨の中どこまでも下り続けていれば不安も膨らむはずだ。
「こんな雨の中、他のライダー達はどう濡れないようにしてるんでしょうね。」
「まあとにかく、濡れない場所に潜んで雨をやり過ごしているよ。」
ごもっともな会話が煙草の煙とともに雨の空に溶けていった。

 煙草一本分の会話が終わると風向きが変わり、少しだけ雨脚が弱まったような気がした。上着のボタンをかけ、
「今、いいタイミングかも知れない。僕は出るよ。」と言って駅舎の庇の下に駐めてあるバイクに跨がった。右足でキックペダルを引き出し、上死点を見つけるとキーをオンにして一気に蹴り下ろした。
「うおっ、やっぱり500はすごいですね。」目を覚ましたエンジンの音が周囲の静寂を引き裂いた。
「今日はどうするの、ここでステビーなの。」と訊いてみると、
「僕はもう充分に濡れました。今日はここでステビーします。」と少し大きな声の返事が返ってきた。
「明日も雨らしいよ。」
「そしたらそこで風呂にでも入りますよ。」と、線路向かいにある温泉施設を指さしていた。
「じゃあ、お気をつけて。」
「お互いね。」
会話が終わるとヘルメットのシールドを叩くように下ろし、地面を蹴って国道に合流した。読みが正しかったようで、雨脚はかなり弱まっていた。これから10分、それだけでいいからこの状態が続いてくれと願いながら闇の中へとバイクを走らせた。ミラー越しに昆布の駅が遠ざかるのを確認すると、最初のカーブが闇の中から現れた。

*ステビー:旅人の隠語でステーション・ビバーク、つまり駅寝、駅に泊まること。

Quiet Mode 昆布駅 終■

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