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【短編日記】 「Quiet Mode / 昆布駅(3)」

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 小樽行きの列車が出発してそろそろ40分が過ぎようとしていた。雨脚は相変わらず強いまま、寧ろ列車が来る前の方がまだ降りが弱かったように感じられる。バイクは雨ざらしにしてはおけないので待合室の庇の下に移動させてはおいたが、先ほどの自転車とは違って隠し切れてはいない。

 時折雨脚が弱まることもあったが、それもせいぜい数分間のことだった。駅構内にある水銀灯の光に照らされ、雨がまるで白滝のように輝き続けている。すぐ横にある国道を通る車も疎らになり時折雨を蹴散らす音がするかと思えば再び静寂に戻る、そんなことの繰り返しだった。

 たとえずぶ濡れになってもあと少し、列車で言えば隣の駅までの辛抱なのて思い切って雨の中走ってもいいのではと考えていたが、その度に暗すぎる途中の道が容易に想像できた。雨が降っていない時でさえ夜になるとこの昆布と蘭越の間は真っ暗になる。ましてやこんな激しい雨が降り続く中、とても無事には帰れそうにないのではと心配になる。思い切るか、慎重になるかで決めあぐねていたのだが、そこにあってもう一つはこの駅舎で静かな時間を過ごす贅沢さに味を占めて居るようにさえも感じられ、ますます出発を躊躇っていた。

 こんな時暇に任せてコーヒーでも沸かして飲むのだが、コーヒーの豆もパーコレーターもコンロさえも置いて出てきた事が今更になって悔やまれた。先ほどのサイクリストがいる間はラジオも聴けたが、ラジオもまた置いて出てきていた。積もりゆく時間がだんだんと苦痛に感じられてくる。

「さっきの自転車の彼、もう倶知安に着いているだろうな。宿でも押さえてあったのかな。」

 水銀灯を眺めながら独り言のように呟く。静かであまりにも退屈で孤独な時間が雨だれのように降り注いでいる。

 そこにバイクの近づく音がし、隣にある情報センターの前あたりで止まった。ヘッドライトの明かりが激しい雨を浮き立たせていたが、エンジンが止まると同時に静かに消えていった。同じように雨宿りするのか、しばらくの間何の音も聞こえてこなかったのでおそるおそる近づいて様子をうかがう事にした。
「あ、こんばんは。」
暗闇の中から声がした。情報センターの屋根の下にはベンチがあり、先程のライダーはレインウェアのまま闇の中で座っていた。雨はしのげるが照明はまるでない。
「いや、まいったいった。中山峠からずっと降られちゃいまして。」
「中山峠。じゃあ札幌から来たの。」
「雨降るなんて思ってもなかったですよ。中山峠から喜茂別、真狩を通ってニセコに出て、それにしてもすごい下り坂ですね、永遠に下り続けるのかと思っちゃいましたよ。」
そのライダーはぼやくように言うと自動販売機で何か買おうとしたのだか、
「ちぇっ、温かい飲み物がひとつもないんだ。」
と言って代わりに冷たいコーラを買った。そして屋根の下に戻ってきたが駅舎の待合室が明るいのに気が付くと、
「あっちに移動しますね。」とレインウェアのまま駅舎へ歩いて行った。自動販売機でもう一度缶コーラを買うと追うように駅舎に歩いて行った。

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