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「アンティーク着物屋の女店主」#働くステキ女子、発見!#Chapter13

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


 実は、私、「スナックエリー」というお店のママを1年半ぐらいやっている。ほぼ毎週水曜日の夜22時から1時間だけ。お客さんと盛り上がると、2時間も3時間もオープンしていたりする。場所はどこかというと、WEBの中のお店なのだ。ユーストリームで生放送している配信番組のことで、30分に1回、全国のお客さんと乾杯することだけがルール。ただ酔っ払っていく様を見せるゆるい番組で、実際に有名人ゲストが飲みに来たりする。そんな「スナックエリー」に、北は北海道から南は沖縄、ときどき海外から視聴者が時に三千人、集まることも。それぞれの場所で各自、お酒を用意してもらい、PC越しに一緒に乾杯するのだ。
 で、私をママたらしめていることに、着物、という制服がある。当初、3、4着ぐらいしかなかった。お客さんの中には着物を楽しみにしてくれている方もいたので、ママとして着物のレパートリー増やさないとなぁ、と思っていた。それで、ネットで、アンティーク着物、と検索し、お店を探すことに。安いだけじゃなくて粋でおしゃれなアンティーク着物。昔、京都で、ピンクと黒の幾可学模様の小粋なのを買ったことがある。店員さんに、それは大正時代のものですよ、と言われた。昔の人のつくる色や柄は今よりも奇抜で派手だったりして面白い。以来、アンティーク着物が好きになった。
 いくつかのHPを見たけれど、私の好きそうな雰囲気の着物がたくさんある店を下北沢に見つけた。早速、行ってみることに。駅を出て、地図を片手に歩く。徒歩5分と書いてあるけれど、細い路地にあるようで、どの路地か間違えなければ確かに5分だろう。が、方向音痴の私は散々迷い、何度も店に電話してしまう。
「人形が着物着て立ってるのが目印なんですぐわかると思いますが…」
つんとした声だったので少し緊張した。美人特有のクールな冷たい声だった。その人形が見当たらないんだよねぇ、と思いながら、あたふたして走り回っていたら、通りがかった電柱に髪を結い着物を着せられたマネキンが縛り付けられているのを発見した。着物の上からロープが食い込んでいる。
「えらいことするね…」
 その女主人がただ者ではないのを感じる。マネキンは確かにお店がこの路地の奥だと指していた。ちょっと怖いですよ、ともし私が女主人に告げたら、きっとあの声からして、こう言うだろう。
「え?いけなかったですか?」
 涼しい顔でね。そんなタイプの人じゃないだろうか。
 店に入ると、2畳半という狭さの畳の部屋にMさんはいた。
「いらっしゃいませ」
 正座して三つ指をついている。架空の世界の人物に見えた。
「あ、ども。何度も電話してすみません」
 そう詫びると、いいえ〜、わかりにくいですよねぇ、と、涼しい声。感情があんまり入ってない感じなのだ。でも嫌な感じはしなかった。裏表のない、さばさばした人なんだと思った。
 入り口からMさんのいる2畳半の座敷まで少し距離があり、玉砂利がしきつめられている。周りの壁の棚には図書館の本のように、ぎっしりと着物が畳んでしまってある。全体的に朱色の内装。棚が朱色なのでなおさらだ。昭和初期にタイムスリップしたような気分になる。
 Mさんは色白で、目がつぶらで、女優で言うと永作博美さんをもっと昭和にした感じの美人。髪を後ろにまとめて結っていて、赤くまあるい玉がついたかんざしをきゅっと一本さしている。着物は山吹色と橙色の格子柄で、帯はシックな黒でレースのステッチが入っていた。町娘みたいな感じで可愛い。
「どんなものをお探しですか?」
 どんなもの?
「卒業式とか、パーティーとか?普段使いとか?」
 なんて言ったらいいのか悩んだが、正直に言った。
「あのう、スナック用なんです」
 え?スナック?とオウム返しに聞くMさんに、番組だということ、大正ロマンな感じにしたいということを伝えた。
「いいですねぇ。そういうの得意です」
 すっと立ち上がると、じゃあ、こんなのどうですか?と、似合いそうなものをいくつか出してくれた。
「これはどうです?猫がいっぱいいて珍しいんです。この猫がぶさいくなのが、いいんですよね。あとね…」
 赤い着物を出してくれる。白い水玉模様のオーソドックスな感じの着物。
「これ、よく見ると、水玉じゃなくて小僧なんです」
 小僧?ほんとだ。丸顔の、中国人っぽい小僧が沢山いる。水玉は全て小僧だったのだ。
「グロかわいいでしょ〜、ほほほ、ウケますよねぇ」
 Mさんは涼しい顔で笑った。やっぱり変わってる。美人なのに。そこがすごく魅力的だった。魔性の女なんだろうなぁ。冷静で感情をおおっぴらに出さない。でもそこが人を夢中にさせちゃうのだ。男を手玉にとるような、少し小馬鹿にしたような笑い方も。それが全部、嫌じゃなくて素敵だからまた不思議。彼女のマイペースで、自分のワールドを崩さないところがなんだかかっこよかった。
 ある日、そこで買った着物をその場で着てその足で番組に出ることがあった。そのとき、ヘアー、やりますよ、髪型、大事ですよ、とMさんが私を引き止めた。別にいいのにと思ったけれど、この着物に、その普通の髪型じゃヤダ、という着物屋のプライドがびしびし伝わってくる。観念して座ると、楽しそうに私の髪を結い上げ始めた。
「ちょっとアシンメトリーってどうですか?で、髪を少し散らして…」
 好きなんだなぁと思った。そしてちょっと私、遊ばれてる?とも思った。
「Mさんにまかせます」
 そう言ったら、はぁ〜い、とまた凉やかな声。
「かんざしすると、かっこいいかも」
 そう言って、かんざしの入った箱を持って来てくれる。銀色の尖った大きめの、武器になりそうなかんざし。確かにキマる。
いいですねぇ、と満足そうに鏡の中の私を覗き込みながらMさんは言った。
「これ、お貸ししておきますよ。飽きたら返してください」
 いいんですか?と言うと、かっこよくママやって欲しいんで、と言われた。数か月後、帯を買いに行った。同じ着物でも帯を変えるだけでガラッと変わるから面白い。帯の選び方やコーディネートについてああだこうだ話していたらなんでか分からないけれど、恋愛の話になった。
「彼氏?いますよ。あ、デブなんですけど、私デブ専なんで…」
 あっけらかんとそこまで聞いてませんよ、ってことを言うMさん。ネット関係の仕事をしているという彼はいつも忙しくて、Mさんはよく一人で飲み歩いているそうだ。寂しくないんですか、と聞いたら、放っといてくれるから気楽でいい、という答えが返って来た!
 「私、行きつけの飲み屋もあるんで、知らない人と仲良くなったり、毎日楽しいんですよ」
 頼もしい。寂しくない女。着物を買いに行って、買わないときもあるし、とにかくMさんと着物の話をするのが楽しみになった。
 あるとき買い付けで大変?と聞いたら、こんなことを言われた。
「時々、ナメられるんですよね。そういうときは、札束を何気なくちらつかせてやるんです。金はあるぞって。それから、金額交渉に入ると、ああ、ケチってこの金額じゃなくて本当にこの金額なのねって納得してもらえるんですよぉ」
 処世術を涼しい顔で教えてくれた。
 苦労してるんですね、と言うと、
「え?苦労?全然」Mさんは着物を畳みながら 言った。
「私、昔、普通にOLだったんですけど、着物が好きになっちゃって、辞めたんですよ。それからはマイペースに、ちんたらやってますから。楽しいですよ」
 いつも着物姿しか見ていないので。OL姿のMさんを想像しようとしてもぴんとこない。ぐちぐち悩まずに、涼しげに、え?辞めちゃいけません?って辞めたんだろうことはなんだか想像できた。
 我が道を涼しげに歩むMさん。最近会ってないけれど、どうせ元気だろうな。
 いつか着物同士で飲んでみたい。

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