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「こびない美容師」 #働くステキ女子、発見!#Chapter8

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


 ある日、夕方に雑誌の取材をうけるのをうっかり忘れていた。いや、覚えていたんだけど、その雑誌がオシャレ雑誌で、しかも私の撮影がある、ってことの自覚が足りなかった。
「やばい。この髪型ではまずいでしょ」
 私の髪の毛は、ぼさぼさで、そして奥の方に毛玉ができていた。
 ま、外からは見えないんだけどね。
 そんなわけで、事務所に戻り今度は住所をいれ、パソコンで美容院検索をしてみた。
「この名前、なんか見たことあるなぁ」
 1年前、いきつけのワインバーにいつものようにひとりで飲みに行ったらマスターから紹介されたカッコいい男性二人組。彼らがやっている美容院じゃないだろうか。すごいセンスいいよってしきりに褒めてた美容院。エリーの事務所からすごい近いから行ってみなよってマスターが言っていたことを思い出し、さっそく電話してみた。
「あのぅ、髪の毛を、セットしてほしいんですけれど」
「いつのご予定ですか」
「今日だと…」
「4時からなら空いてます」
 でも、そのときふとこの美容院があの男性二人の美容院かどうか気になった。
「ここって、男性二人がやってる美容院ですか?あの、ワインバーで会ったんですけど」
「は?」
 私は、は?って言われて我に返った。まずいかも!マスターが、私にそっとささやいたことを思い出したのだ。
「付き合ってるんだよ、二人」
 もしかしたら、そういう関係だってこと、カミングアウトしてないのかも。それなのに、男性二人がやってる美容院だって言っちゃった。
「あ、やっぱやめます!」
 私は唐突に電話を切った。深呼吸。でもよく考えると他に行くところもないので、もう一度電話をかけた。
「もしもし、あの、やっぱり行きます!」
「は?」
 さっきと違う女性がでたのだった。
 4時。到着したそこは、路地裏にあって一面ガラス張りのオシャレな美容院。ときどき通りがかってはいたけれどギャラリーみたいなだなぁ、誰が行くんだろう、こんなオシャレなところと思っていた。私は気後れして入れないわ、と。奥の壁の壁紙がとてもきれいで、それがこの店のアイコンになっている。それ以外のものは極力排除されているところが、またオシャレ。
 おどおどと受付に行く。
「そちらにおかけになってお待ちください」
 言われたところに座り俯いていた。みんなが、さっき変な電話してきた奴だって指を差していそうな気がしたのだ。
そのとき、凜とした、少しアニメっぽい感じの可愛らしい声がした。電話の人のめんどくさそうな声とは違うハキハキとした明るい声。
「お待たせしました!」
 振り向くと、床がすべるのか、止まろうとして、ずずずと滑っていた。
Dr.スランプアラレちゃんみたいなポーズだった。それが担当のMさんとの出会い。Mさんはアラレちゃんというよりも、モデルさんみたいだった。顔は、永作博美さんとTAOさんを足して2で割ったような感じ。髪型は白に近い金髪でボブ。服は大きめのすっぽりした白いリネンの柔らかいシャツに、黒のスキニーパンツに黒い革のショートブーツ。これぞ美容師さん、という感じだった。

「じゃ、シャンプーしましょう」
シャンプー台に連れて行かれる間もずっと彼女にみとれていた。彼女の醸し出す、クールでさばけた感じがステキだった。客にこびを売ったり、無理に笑う感じがない。ただ、仕事をばりばりします、って毅然とした感じ。が、
「あれ?すごい毛玉できてますね!」
私の髪をじっと見ていたMさんに見つかってしまう。
シャンプー台に座らされた私は、シャンプーする前に、しばらくそのまま櫛で髪をほぐされていた。恥ずかしい。給食食べ終わらずに残された子供みたい。
「だいぶ、傷んでますね」
 Mさんって、よくある「このへんにお住まいですか」とか、「今日はお休みですか」とかを聞かない。個人情報なんてどうでもいい。髪の毛が大事なんじゃ、みたいなところがいいと思った。
 やっと髪の毛がほどけたみたいで、席を倒される。シャワーで髪の毛を濡らしながら彼女が言った。
「髪の毛に、がっつり栄養いれましょう」
 がっつり?耳を疑った。彼女の容姿とは全然違うから。
彼女の耳には小さく繊細な金の糸のピアス。それが女性らしくゆらゆらしていて、きれいだったのに。栄養を、がっつり、いれるんだって。
 さて、シャンプーも終わりブロー。
「どうします?巻きます?軽くブローします?」
「あ、じゃあ、巻く感じで」
「細い感じ?太い感じ?」
「あ、えっと…太い感じで」
「強め?弱め?」
「あ、えーっと」
てきぱきとニーズを聞いていくMさん。
 思っていることを言いやすかった。どんな感じにします?とかじゃなくて2択にしてくれるから。もしかして私もだけれどMさんもせっかち?
「強めにしておきますね。風が強いんで」
「あ、はい」
助かるぅ。強めにしてもらうと、頭洗わなければ次の日ももつからね。
「5時、間に合わせますね」
 そう言いながら、彼女はテキパキ手先を動かした。
「前髪、ちょっと切っていいですか?」
 そう、私、前髪いまいち変だなと思っていたのだ。やっぱそう思った?
「もう少し増やしたほうがいいと思うんですけど」
 思ったことをズバズバ言う彼女。いいなぁ。
 鏡を見ると、前髪がボリューム大になっていた。前髪ひとつでもこんなにイメージ違って見えるんだ!
 すごく好きな感じ。
「ジャンプーっていつもどうしてます?」
「無添加のやつを」
「あー」
 彼女は少し困った顔をして言った。
「傷みすぎてるから、少し持ちなおすまで、ケミカルなやつ使ったほうがいいんですけどね」
 そうなんだ。傷んでるから絡まっちゃうんだね。もう、このオネエさんの言うこと全部聞いちゃおぅ。
「どうしたらいいですかね?」
 すると、彼女は手を止めて言った。
「私は、シャンプーに、オイルを混ぜてから頭につけるんですよ。椿油でもなんでもいいんで。結構いいですよ。水分抜けちゃうのが一番まずいんで」
なんか男の料理の、これぞ美味しさのひと手間、っていうのを聞いた気がした。
 髪の毛を乾かしながら、櫛を通す仕草がまた可愛い。ていねいにていねいに櫛を通し、じっとそれを見て、手塩にかけてって感じなのだ。1回1回、頷いたりしている。
仕上がりは、びっくりするぐらいよかった。いつも、うーん、こんなもんかなぁ、なんかなあって思うのに、これ!これです!という感じで驚く。
 後日、ワインバーに行った。
「あ、マスター、あそこ 行ったよ」
「あ、そうなの?髪型いいもんね。誰が担当?M?」
「そう」
するとマスターは言った。「あの子さ、前の美容院のでも人気でカリスマだったらしいよ」
 美容院X、私でも知っているオシャレ美容院だ。そこのトップだったとは…。
「あとね、このまえ紹介した店長Tの奥さんなんだよね」
「え!?」
私はびっくりした。だって、Tさんは確か…。聞き間違いだったらしい。なんだぁ。いやあ、お似合いだ。美男美女でセンスがいいカップルって本当に素敵だ
「Tはよく飲みに来るけど、Mはさ、来ないんだよねぇ。美容師一筋って感じで、まじめ。勉強とかしてるみたい。たまにTが連れて来てもあんま打ち解けてくれないっていうか」
そこがいいんだよ。私はMさんを思いながらワインを飲んだ。
 今度、行ったときご飯誘おうかな。
「がっつり、飯、行きませんか」って。


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