「若い頃はよかった」なんて言う大人---episode1
(序章)
何年ぶりだろう。
この駅で降りることはずっと避けてきた。
あの頃自分は無敵だった。理由はわからないけれど。
「若い頃はよかった」なんていう大人にはなりたくないとずっと思っていた。「若い頃はよかった」なんて言うのは、若さという物質的なものの力を借りなければ、楽しむことのできなかった大人たちの遠吠えのようなものだと何かで読んだ。
思い出がたくさん落ちている町を歩くのはきっと今まで味わったことのないような恐怖なんだろうと想像していた。今、恐怖とはまた違う感情が自分の中から湧き上がっている。それは向き合いたくない自分の気持ちだ。
今の自分には何もない。いやあの頃だって何もなかった。
あいつは死んだ。
だからあいつは永遠の20代だ。こっちはもう40代になってしまったというのに。
あいつと初めて会った時、出版社を辞めた直後だった。「今は無職だけど、4月から新しい職場で働くことが決まっているから」と、表向きは平静を装っていた時期だ。後悔だとか自分の不甲斐なさだとか夢が破れてしまったことだとか、いろんな想いに蓋をしていた。
なんであいつには話せたんだろう。
あいつは病院で働く技師で、全く違う業界で全く違う仕事をしていた。なんで仲良くなったのかはよくわからない。ただ同い年のみんなで集まって飲んでを繰り返しているだけで、それは特別ではない日常の筈だった。
ただ年をとれば偉くなるわけじゃないとわかっているから、年をとるのが怖かった。一緒に年をとるんだと思っていたあいつはもうこの世にいない。
久しぶりに降りたその駅はなんだか余所行きの顔をしている。自分だって人のことは言えないが。
「若い頃はよかった」なんて言う大人になりたくなかった。「若い頃はよかった。あいつがいたから」
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