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ジェントルマンズ・クラブ。上流階級の条件

 17世紀、コーヒーハウスが流行すると多様な身分階層の男達が連日押し寄せ、店は多様性の坩堝となった。しかし次第に共通の話題や価値観を持つ者同士でコーヒーハウスは貸し切られたり、別室が作られるようになる。これがクラブの始まりだった。政治や経済、科学や文学、芸術等々に特化したクラブが現れる。しかし特に格式が高いと一般に思われ、所属する事それ自体が大変な名誉であり、また身分やステータスの大幅な上昇を意味したのがジェントルマンズ・クラブだった。

ロンドンの名門ジェントルマンズ・クラブ。リフォーム・クラブの様子。進歩派ホイッグ党の本拠地の一つであり、セレブリティシェフのアレクシス・ソワイエも腕を奮った。

 最古のジェントルマンズ・クラブは今もイギリス最高のステータスを保つクラブの一つである『ホワイツ』で、その起源は1693年にイタリア系移民であるフランシス・ビアンコ(イタリア語の『白』に由来するファミリーネーム)の店である、『ミセス・ホワイトのチョコレートハウス』にある。安価なコーヒーに対して当時チョコレートは高級品で庶民は手が出ない。即ち客は高級層にほぼ限定された。当初より高級クラブ的な性格を持つホワイツはたちまち上流階級の溜まり場となった。

 当時コーヒーが眠気を覚まし、酔うことも無く精神を研ぎ澄ます真面目な飲み物と捉えられていたのに対し、チョコレートは享楽的な飲み物(固形チョコレートはまだない)と考えられており、性欲を増進させると一般に信じられていた。コーヒーハウスでもチョコレートを出す店は普通にあったけど、当時、敢えてチョコレートハウスと名乗るからには意図がある。それは、この店は享楽的な事も提供しますと言うサインだった。コーヒーハウスの伝統を引き継ぎ女人禁制のチョコレートハウスにおける享楽とは何か。

 即ち、ギャンブル。

ホガース。『放蕩一代期』6枚目。ホワイツでの賭博で全てを失ったトムがカツラを落とし、天上に手を差し伸べ神に救いを求める。周囲はギャンブルに夢中で背中から迫る火災の黒煙に気づかない。ホワイツは実際、1753年に炎上した。

 ホワイツは当時公式では禁じられていたギャンブルを提供し、勝負ごとが大好きな貴族達は夢中になって入り浸る。常連客はホワイツのゲーマーと呼ばれた。

「ホワイツは英国貴族の悩みの半分だ」

 と、風刺作家ジョナサン・スウィフトは述べる。負けが嵩んで地獄に落ちる貴族なんて珍しくない。伊達を競う場でもあるから誰も彼もが引くに引けない。イギリスで最もお洒落な地獄だとホワイツは表現される。

 それでもなおホワイツに居られることは高いステータスだった。大航海時代から暫く。貴族でも地主でもない人たちが海外貿易で成り上がる時代、王家を中心とした古くからの既得権益層は新興の階級を蔑視した。

「カネを持ってるからと言って、調子に乗られては困る。金儲けに秀でているのがジェントルマンか? 違うだろう」

 商売を卑しいものと蔑む上流階級はカネの臭いを厭い、成り上がりを決して同格とは認めない。お金を稼ぐ事は出来ても上流階級とは同等に至れぬ人達にとって、ホワイツのようなクラブに所属する事は垂涎の的となった。

「ホワイツに名を連ねれば、本物のジェントルマンになれる……! 成り上がりじゃない!」

 商売の臭いを消し、仕立てのいい服を着て身を清潔に保ち、会話術を磨いてウィットに富んだ会話で相手を楽しませたり、慈善や社会貢献をやったり、とにかく身を磨く。ホワイツ会員の地位はお金では買えない。メンバーの匿名投票による全会一致制なので買収は通じない。そうしてようやくホワイツ会員になっても、今度は伊達の張り合いが待っている。

 それでも、本物のジェントルマンと見做される事への憧れは余りにも大きい。単なる金持ちと、ジェントルマンであると見做される事には大きな隔たりがあった。何せただの金持ちは卑しいとすら思われていたのだから。

新築されたホワイツの弓窓(Bow window)から道行く人達のファッションを気まぐれに批評するボー・ブランメル。相変わらず性格が悪い。彼がこの席の主だった時期、席はBeau windowと称された。
現存するこの弓窓の席は最もファッショナブルな人が占有すべき席とされている。

 ホワイツのステータスは高まるも、同質の価値観を有する者の集団である排他的なクラブは必然的に新規な会員への審査が厳しい。保守的な貴族の溜まり場となったホワイツは革新派に冷たく、退けられた革新派は彼ら自身のクラブであるブルックスで対抗した。勿論、ホワイツとの兼ね合いは不可であり、保守派トーリー党はホワイツを拠点に、革新派ホイッグはブルックスを拠点に火花を散らす。ブルックスに加入する事も勿論、真のジェントルマンと見なされる条件となった。かくしてジェントルマンズ・クラブに誘われる、所属する事がアッパークラス入りの条件と見做され、新興の階級の人達は挙ってジェントルマンズ・クラブ入りを志す。その需要に応えてジェントルマンズ・クラブも数を増やした。19世紀初めには選挙法が改正され、それまで選挙に参加できなかった人達も財産に応じて選挙権を獲得する。

ボー・ブランメルは中産階級の出でありつつホワイツの会員であり、お洒落であると言うこと以外何の実績もないにも関わらずその中心であると言う特異な人間だった。

「我が家も選挙権を得たぞ! 名実ともにジェントルマンとなるべく、ジェントルマンズ・クラブに席を!」

 ジェントルマンズ・クラブに入る事は最早名誉を越え、ジェントルマンたる者の必要条件となる。ホワイツは無理でも、ブルックスは無理でも、とにかくジェントルマンズ・クラブに。勿論後発のクラブもホワイツやブルックスを格式で上回らんとする。

「上質なジェントルマンを誘うべく、より上質なエレガントさを! 品のいいクラブハウス! 腕の良い料理人! そして何より、話題を呼べる会員を呼べ!」

 かくして19世紀のイギリスはジェントルマンズ・クラブが乱立し、選挙権が拡大するにつれ、ジェントルマン入りを目指す新興階級を新規顧客と取り込みにかかるようになる。チョコレートハウスから随分遠くまできたもんだけど、工業化でチョコレートは庶民化し、選挙権もやがて特別なものでなくなる。選挙権に肩肘張る時代が遠のくとジェントルマンズ・クラブも減少した。また、女人禁制のジェントルマンズ・クラブも女性会員を受け入れるようになる。平等、自由化に向かう世の中、閉鎖的だったジェントルマンズ・クラブも変化を余儀なくされる。

 とは言え彼らは自らのステータスを依然として安売りしない。見学は許す。女性も受け入れよう。しかしメンバーになるのは認めた者だけだ。

 紳士と表現するだけなら簡単に見えるけど、ジェントルマンと表現するなら、中々に高く厳しいハードルが見えるわね。

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