『エルフの工房物語』スマホカバー1
近藤貴史、28才。ブラックなりかけ企業勤務。
平々凡々を地でいく彼、細かな不満もあるが、大きな失望は無い独身生活。明日は休み、今日は定時であがれたはずだった、だが、
「……はぁ」
通勤時間30分なのに、駅を出た時刻は午後の10時を過ぎていた。理由は単純、帰りたかった彼を、無理矢理、課長が飲みに誘ったのだ。好きでも無い上司との飲みニケーション程苦痛なものはなく、付け加え、
「ほんっとマジふざけんなよあのクソ上司……」
彼女の写真くらいあるだろう? と、酔った課長に勝手にスマホを弄られたあげく、投げられ、落とされ、スマホケースを破壊されたのだから、酔いはストレスの解消でなく、加速の方に傾くだろう。まぁ、流石に、弁償するからとは平謝りされたが。
改めて、ひび割れたプラスチックのケースを見る。
家電量販店で、確か1000円くらいの奴だった。
(ぜってーたけー奴買ってやる)
と、今日は早く寝て、明日、店に行こうという帰り道だった。
「ん?」
家まであと5分という距離で、右手に、木々がある。
(こんな所公園有ったか?)
不思議に思いながら足を踏み入れていく、道はアスファルトでなく舗装されていない土の道、そして、進めば進む程、木は林に、しまいには、
――森に
「……は?」
たいして歩いてないはずなのに、辺りが、緑の匂いも濃い森になっていた。月しか明かりのない薄暗い道である。近所にこんな場所は無かったはずとは思いつつ、少し酩酊気味の頭は、余り深く考えず、彼は、どんどん歩を進めていく。
すると、
「……お?」
家がある。それも、やけに古めかしい。とはいえ藁葺き屋根とか瓦屋根とかの日本建築的な古さでない、土で出来た壁、木の板を斜めにした屋根、所々をレンガで補強している、いわゆる、西洋風の一軒家だった。
こんなものは、ファンタジーのゲームや映画でしか見た事が無く、そして、丸いドアが、開いていた。
「……」
森の夜にドアの隙間から漏れる光は、さながら誘蛾灯、魅力的なその光に彼は、まるで魔法をかけられたように、
ドアを開いて、その家に足を踏み入れた。
「ここは……」
家は、明るい。
ランプとかじゃなくて、文明の利器、電気仕掛けの証明が天井にひっついている。暖色系に調整された明かりは、この部屋の雰囲気にあっていた。
雰囲気、そう、何もかもが、時代を感じるものだった。
土壁、木の床、電化製品やアルミ家具といったものが一切無く、あるのは木製で作られた家具。アンティークな喫茶店でしかみられないような飾り窓、花が飾られている傍で、本がその隣で積み重なる。
そしてそれ以外、壁だったり別の棚だったり床にだったり置かれているのは、色それぞれの何かの布、
(いや、布じゃない)
くるくると丸められてまとまったそれは厚手で、
(……かわ?)
革だ、もう、貴史の生活では触れる事なんて滅多に無いものがうずたかくもられていて、それがこれだけあるという事は、ここは、
「いらっしゃいませ」
涼やかな、鈴のような美しい声がした。
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