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#15-3 絆

 赤を基調としたカーペットの広々としたミーティングルームに、14名が2つのグループに分けられた。
 
 久し振りに会った感覚は、誰の心にもなかった。それもそのはずだ。この4か月間、オンライン上で何度も会話を重ねてきた。定期的に中岡からテーマが与えられ、延々とディスカッションをするなかで、互いの考えを理解できたことも少なくない。

 ディスカッションのテーマはいつも決まって「答え」のないものだ。「人生」や「労働」といった、サッカーに一見関係のないものが、いつしかサッカーの考えに繋がっていくことが何度もあった。

 こうして、テクノロジーによって、僕たちからは物理的な距離も、心理的な距離も消えていった。一般的に言われる「信頼」や「協調性」なんてものは、直接の対面が生み出すものではなく、それぞれの心の持ち方によって決まる。

 「今どきの大人」は、それは「絆」ではないと声を大きくして言う。共に過ごした時間の長さ、同じ空間で交わした会話の量に比例すると、何度も強調する。

 しかし、「今どきの若者」である僕らは、そのすべてを受け入れられない。今僕らの心にある、この自然な感情は「絆」ではないのか。久し振りに再会し、何の違和感もなく会話ができ、互いの目を見て楽しく話ができる。一度心が相手を受け入れることができれば、時が経とうが、離ればなれであろうが、繋がっているのだ。

 直接会ってしか感じられないこともある。それも事実だが、すべてではない。仮想空間を通じた会話の履歴が、対面したときの感覚を助長しているに過ぎない。僕たちは証明したのだ。「絆」は時間や距離を超えると。

 そして今、目の前で話しているのは、「今どきの大人」とは程遠い、「更新している大人」だ。彼らの存在はとても厄介だ。僕らの理屈を受け入れるだけではなく、それ以上の発想で心を動かしてくる。敵わない。だからこそ、彼らと共に創りたいと強く感じるのだ。

 今日もまた、新しいテクノロジーを導入した。会議用AIの「Mymeeting」というツールのようだ。AIで自動的に議事録を作成するだけでなく、自動タイムキーパーや、感情分析によって会議の状況を可視化してくれるようだ。会話が少ないと判断された人間には名指しで発言を促す。類似のワードが続けば反応があり、全員に共有される。会議がとても効率化されるようだ。

 どこでこのような情報を仕入れてくるのか。どこに資金があるのか。僕らにはわからないことだらけだ。ただ一つ言えることは、彼らが見せてくれる世界は常に刺激的で、彼らが言った通りの展開になっていくということ。それだけだ。

 最初は何気なく参加しただけのプロジェクトだった。元日本代表の金丸が始めたおもしろそうな企画だと、その程度に考えていた。だが、仮想空間内にチームは確かに作ることができた。明日の対戦相手のことは、目を閉じれば動きが浮かんでくるほど、VRで何度もシミュレーションを重ねた。提携しているジムでは、最新のAIマシンとともに、身体を効率的に鍛えた。

 驚いたのが、先月の学校のスポーツ大会でのことだ。サッカー部に混じってプレーをしたときに、明らかな変化を実感した。ボールが来る前に何を観ればよいかが明確になり、プレーのテンポが上がった。余計な力みがなくなり、相手とのコンタクトの場面では相手の体重を受け入れながら弾き返すことができた。

 どの空間が有益かが瞬時に見え、そこにボールが供給できたときは実際にチャンスになった。まだまだスポーツ大会のレベルであり、核心は持てないが、間違いなく進歩している感覚を掴むことはできた。

 分析映像やプレーの解説映像が判断の手助けになった場面も多くある。正体はわからないが、分析官から送られてくる映像を見て、真似をすることがスペースへのボール供給につながった。「ミラー効果」と呼ばれるものが働いているらしい。

 ここまで多くのサポートをしてもらい、様々なことを教わり、いつしか皆の発言が変わっていった。どのように表現すればいいのかわからないが、「大人になった」と感じる。こうして僕らもまた「今どきの大人」への一歩を踏み出したが、「更新している大人」になるために必要なことは頭に叩き込んだつもりだ。

 あとは明日の試合を迎えるだけだ。今日のミーティングテーマは、「自分の夢とみんなの夢」だった。みんなの夢は共通していた。このCyber FCのプロジェクトを成功させることだ。何が成功なのかはそれぞれの心の中にある。ただし、目の前の試合に勝つことが成功へのプロセスになることは誰の目にも明らかだ。

 俺たちは明日の試合に勝つ。強い気持ちを持って臨みたい。


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11


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