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#15-2 共鳴

 青坂慶は、不思議な感覚を抱いていた。伊予北駅で合流した時に、あれだけ嫌悪感を持っていた拓真や空翔に対し、自然と声をかけることができたのだ。

 「久し振りだな」

 短い一言だったが、曇りのない、落ち着いた心で発せられた言葉に、拓真や空翔の方が驚いたほどだった。

 変化の兆しは1か月ほど前からだった。特別意識していたわけではないが、両親に対して「ありがとう」の一言が自然に出るようになった。気恥ずかしさや、反発したい気持ちは嘘のように自分の身体からいなくなり、相手の言葉を素直に受け止められるようになった。

 「これが自分をコントロールできている状態なのか」

 慶は考えていた。拓真に感じていた、劣等感の正体は、この領域にあるのかもしれない。心を落ち着け、人のことを想い、真っすぐな気持ちで話す拓真に、どこかで腹立たしさを感じていた。それは自分自身が持ちたくても持てない感情を、既に有しているからだった。しかし、4か月前に拓真に感じた劣等感は今は存在しない。むしろ、彼に共鳴しているとさえ思っている。

 「人は簡単に変わることはできません。価値観が一変するほどの出会いがあるか、衝撃を受けなければ」

 オンライン面談を通じて中岡に言われた言葉だ。最初はその言葉にすら心の中で反発した。だが、自分の中でもなぜその言葉を自分に向けられるかはわかっていた。スペインを通じて学んだことが、自分のプライドを肥大化させ、思考停止に陥っている自分を見抜かれたのだ。

 肥大化したプライドは、自分の周囲に対する攻撃的な態度へと変わる。Cyber FCに参加しても、アンヘルとスペイン語で話せることをいいことに、ただ優越感に浸っていただけだ。自分は何も与えることはできず、何を示すこともできなかった。

 金丸が提案があったのは、中岡との話が終わった直後だった。

 「一度こっちに来てみないか?拓真には既に紹介をしたが、お前も会ってみるといいと思う。今のお前なら、きっと色んなことを感じるだろう」

 半信半疑だったが、心のどこかで変わるべき時は今だと叫ぶ自分がいた。変わることは億劫だ。コストがかかる。今のままでも十分自分の思い通りのものは得られる。でも違う。拓真が見ている世界に憧れる。あれだけ自分を解き放つことができたら、どれだけ楽しいだろうか。慶はその日のうちに、夜行バスに飛び乗った。

 山本日葵は、初対面と思えないほど、自然な会話が続いた。それは恐らく、相手の心の内を引き出すのが上手な、日葵の話し方のおかげだろう。何よりも、日葵自身が時々こぼす本音に、心が動かされた。

 「葛藤は色々あるよ。だって、私は、できることならプレイヤーがしたいもの。明日死ぬとわかったら、フィールドで思いっきり駆け抜ける。でもね、もっと楽しい未来を描きたいから、その気持ちを抑えて勉強するの。私の葛藤が誰かの力になればいいなって」

 考えたこともなかった。自分がサッカーができることが幸せだなんて。想像したことがなかった。明日死ぬかもしれないなんて。

 今までの自分は本当に小さかったんだな。小さいプライドを守ることに必死で、結局は何も挑戦せず、現状から目を背けてばかりだった。すべての苛立ちは、自分に責任を取る覚悟がないことから生まれていたのかもしれない。

 今になって、スペインで最後にジョンに会った時の言葉が沁みる。

 「自分から言わない限り、誰も自分を理解しようとしてくれない」

 そうだ。拓真にはその覚悟がある。だから相手の心が動くんだ。自分に目が向いているから、透き通った気持ちでいられるんだ。

 居ても立ってもいられず、慶はその日の夜に、再び夜行バスに乗り、帰路についた。バスの中では、スマホに今の自分の感情を打ち込んだ。これまでに並んだことのない言葉がいくつも折り重なった。ふと画面をスワイプすると、PINEのメッセージが届いていることに気づいた。

 金丸から届いたメッセージに、慶の心は決まった。

 「今日は来てくれてありがとう。日葵も喜んでいたよ。変化しようと動いた時点で、変化は始まっている。俺には、これ以上大したことは言えない。だから、過去の偉人が言った、素晴らしい言葉を贈る。今のお前にはピッタリだ」

画面をスクロールすると、力強いメッセージがそこに書かれていた。


 「明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ」


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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