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男性脳・女性脳とジェンダーの関係

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は5月21日、VRデバイスを使い、IoT環境における人とモノとのコミュニケーションのあり方を調査するプロジェクト「ゴーグルで覗く みらい情報生活調査」第2弾の調査結果を発表した。

第2弾のテーマはモノと会話するときの男女差。男⼥20〜40代のスマートスピーカーユーザー30名に、仮想空間のリビングで、鏡や冷蔵庫などさまざまなモノと会話してもらい、その最中の脳波をモニタリングした。

その結果、脳波の感情スコアは以下のようになった。

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出所:Hakuhodo DY Media Partners Inc.

これを踏まえ、研究所は「会話を楽しむ女性、端的なやり取りを求める男性」と結論付け、それがモノとの快適なコミュニケーションを築くための鍵になるとした。

このニュースを見かけた時、いの一番に思い出したのが書籍「話を聞かない男、地図が読めない女」だった。つまり、男性脳・女性脳という考え方である。

同書籍ではこの性差が痛烈に書かれているのだが、果たして、この性差は何によるものか。そして、その性差はIoT化が進んだ未来で重要なファクターとなるのだろうか。

今回のnoteでは、男性脳・女性脳が示すところを、私なりに掘り下げて書いてみたいと思う。

男性脳・女性脳とは? 4つの特徴

まずは「話を聞かない男、地図が読めない女」から、会話における男性脳・女性脳の主な特徴を、4つずつ洗い出してみよう。

【女性】
左脳の成長が早く、話す・字を覚えることに長けている
・話すときは左脳・右脳を同時に使う。両方使うので話すのがうまく、話すことを楽しいと感じるためにたくさん話す
・話す目的は人間関係を作り上げ、友人を増やすこと
・言葉は集団への参加意識をはっきり伝え、人間関係を作るために使われる

【男性】
右脳の成長が早く、空間能力、論理や知覚能力に長けている
・話すときに活発になる脳の領域はわずか
・話す目的は事実の伝達
・言葉は問題解決を目指すために使われるので、構造が論理的で、要点を押さえており、結論がはっきりしている

本のタイトルの由来であり、18世紀ごろから広まった「男は話を聞けず、女は地図を読めない」という通説に始まり、「女は外国語の習得が早い」「男は算数やパズルが得意」「カウンセラーに女が多いのは言語能力に長けているから」「パイロットに男が多いのは空間能力に長けているから」というような話は、すべてここにある特徴から導き出されたものだろう。

男性脳・女性脳の違いを生み出すもの

では、この性差を生み出しているものは何か。同書では①脳梁②男性ホルモンの性差が挙げられている。

① 脳梁(のうりょう)

脳梁は、左脳と右脳を繋ぐ神経線維(脳のケーブルのようなもの)。下記サムネイルの緑色の部分だ。

書籍では、以下のようにエビデンスが提示されている。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校で神経学を研究しているロジャー・ゴルスキーは、女のほうが脳梁が太く、左右の連絡が1.3倍もよいことを確認した。(中略)左右の連絡がよいほど、話しぶりはなめらかになる。

つまり、脳梁の性差が情報処理に性差を生んでおり、女性のほうが話し上手なのは、脳のケーブルとしての脳梁が男性より優れているからということのようだ。

② 男性ホルモン

ヒトの性を決定する染色体は23対46本で、23対目が性別の情報を持つ染色体だ。男性はXY、女性はXXとなる。

XY染色体をもつ胎児は男性ホルモンを大量に分泌し、それによって精巣が形成される。また、同書によると、男性ホルモンは以下のような変化をもたらすそうだ。

男らしい特徴や行動が出るように脳が配線されていく。こうして、遠くまでよく見える目や空間能力など、ものを投げたり、狩りをしたり、獲物を追いかけるのに適した身体になるのだ。

このような男性脳を形成するのに十分な男性ホルモンがなかった場合は、女性脳の要素を備えた男児が生まれるという。

このような男性ホルモンの影響については、書籍「男脳と女脳こんなに違う」の著者・新井康允教授も言及しており、2つの例を挙げている。

1つめはサルを使った実験だ。妊娠中のサルに男性ホルモンを注射したところ、生まれてきた雌サルの遊び方は、雄サルのパターンになったという報告があるという。

2つめは先天性副腎過形成という病気の影響だ。この病気は、男性ホルモンの1つであるアンドロゲンが過剰に分泌されるもの。女の胎児が発症した場合、行動パターンが男性型化(おてんばになる、ままごとを好まないなど)し、お絵かきでも男の子っぽい絵を描く(クルマや飛行機などの動くものを寒色で描く)という。

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出所:新井康允「脳の性差―男と女の心を探る―

つまり、脳は社会的・遺伝的影響ではなく、男性ホルモンによって決定されているということのようだ。

脳は“ジェンダー化”するのか

しかし、長年語られてきた脳の性差に対し、全面的に意義を唱える学者が現れた。イギリスのアストン大学で認知神経科学を教えるジーナ・リッポン教授である。

彼女は2019年2月に書籍「The Gendered Brain」を発行。染色体やホルモン、遺伝子などの影響に関わらず「すべての脳は異なる」ものであり、いわゆる男性脳・女性脳という性差は、成育環境によってジェンダー化された脳を指すとしている。

同書を紹介しているクーリエ・ジャポンの記事では、発達段階の初期から脳のジェンダー化が始まる理由を、以下のように説明している。

赤ちゃんは生まれた当初から、生き残りに必要な社会のルールを把握しようと脳を働かせる。一方で社会は男の子にはブルー、女の子にはピンクといった性別の色分けを至る所に施しており、この環境にさらされることで必然的に思考がその性別に沿った方向性に流れてしまう

前述の男性ホルモンの影響による性差では、女の胎児が先天性副腎過形成を発症すると“男の子っぽい絵”を描くことが示されていた。

しかし、そもそもの話として、比較対象である同年代の女児はなぜ“女の子っぽい絵”ーー花や人物を、暖色を使って描く傾向にあるのかを考えてみるとどうだろう。そこには、社会が課すジェンダーが大いに関わっているのではないだろうか。

文部科学省の資料によると、子どもにとって乳幼児期(0〜5歳ごろ)は以下のような時期にあたる。

複数の人とのかかわりを深め、興味・関心の対象を広げ、認知や情緒を発達させていく
・身体の発達とともに、食事や排泄、衣服の着脱などの自立が可能になる
・周囲の人や物、自然などの環境とかかわり(中略)他者の存在やその視点に気づきはじめていく
・遊びなどによる体験活動を中心に、道徳性や社会性の原点を持つ

親が用意したピンク色の服、暖色で描かれた絵本、ままごとのおもちゃに囲まれながら、家族、先生、メディアと接点を持つなかで、女児は社会で“生き残る”ためにジェンダー・ロールを習得していく。そして、成長に伴って他者の視点を意識するほどに、女性らしさという方向へ流れていく。

つまり、“女の子っぽい絵”を描く女性脳は、生物学に起因せず、ジェンダー化によって形成された可能性が考えられるということだ。なぜなら、私たちが思っているよりもずっと早く、子どもたちの脳がジェンダー化される機会は訪れているのだから。これは男児の男性脳も同様である。

もちろん、これによって、なぜ5歳の先天性副腎過形成の女児がクルマを描いたのかまでは説明できない。しかし、引き合いに出される幼児の“女性らしさ”は、男性ホルモンの影響を示す比較対象として不十分なのではないだろうか。

脳の性差の“科学的根拠”は?

リッポン教授の主張には多くの批判も集まった。イギリスの発達心理学者であるサイモン・バロン=コーエン氏は、THE TIMESの記事で「生物的な性差はないと主張するには極端すぎる」と述べている。

しかし、リッポン教授は、男性脳・女性脳はジェンダー・ロールだけで作られていると断言しているわけではない。彼女は、生物的性差を立証する脳科学的根拠がいまだに見つかっていない事実を挙げ、今後、それが見つかる可能性にもふれているのだ。

そして、これまでの男性脳・女性脳の通説は、メディアが扇状的なタイトルとともに偏った情報を伝え、それがさまざまな場面で利用されたことによって広まったと説いている。

しかし、「話を聞かない男、地図が読めない女」では、女性のほうが脳梁が太いことが科学的根拠として挙げられていた。これはどういうことだろうか。

私が調べた範囲ではあるが、この出所は1991年に発表された論文「Sex differences in the corpus callosum of the living human being(ヒトの脳梁の性差)」だと考えられる。そして、この論文では以下のように明記されている。

脳梁の形状には劇的な性差が認められたが、脳梁やその細分化された部分には、性的二形(性別によって個体の形質が異なる現象)の決定的な証拠は見られなかった

書籍では脳梁の違いがあたかも性差を決定づけているように書かれていたが、原文と比較すると極端な解釈だと言わざるをえない。つまり、著者が自分の主張を正当化するため、事実をねじ曲げて伝えた可能性があるということだ。

このような脳の性差と報道の問題については、ナショナル ジオグラフィックの連載記事「研究室に行ってみた。」でもふれられている。

インタビュイーの東京大学 大学院総合文化研究科の四本裕子准教授は、リッポン教授同様、脳の性差は「あると思っている」としたうえで、研究における“有意差”の捉え方を以下のように解説している。

「(ある課題において)男性と女性の(成績の)プロットを比べると、女性はちょっとだけ全体的に左にずれている。これは統計的にはめちゃめちゃ有意なんです。確実に男女差がある。でも、有意だというのと、大きな差があるかというのは別で、男女のヒストグラムがこれだけ重なっても、男女の平均の差より、個人差の方が大きいよねってくらいのもの」

つまり、有意差とは、2つの集団における違いが偶然とは考えにくいものの、それが集団ごとの特性を決めつけるほどではないということだ。

しかし、研究がプレスリリースになり、それがネット記事になったときには「男は話を聞けず、女は地図を読めない」と極論化されているという。研究者が、単純化できない2群の差を細やかに研究しているにもかかわらず。

今日、私たちに刷り込まれた男性脳・女性脳の概念は、このようなメディアの罪過であり、その極論を引用して優位に立とうとする利己主義者が作り上げた神話に過ぎないだろう。

その理由は、性差を決定づける脳の違いが当時も、そして今も見つかっていないという点に尽きるのだ。

IoT化された未来に望むもの

長々と書いたが、冒頭の話に戻ろう。

博報堂DYメディアパートナーズが発表した「会話を楽しむ女性、端的なやり取りを求める男性」という調査結果については、2つのことがいえるだろう。

1つめは、この調査結果は有意差であるということ。つまり、この男女差はおそらく偶然ではないのだが、それを特性として捉えて「男性には端的な語り掛けが必要である」と結論づけたり、それに準ずる機能を搭載するほどではないということだ。

もしそうしたいというのなら、この男女差が個人差に比べ、どれほど有効なのかを示す必要がある。きっと、個人差を前に、この男女差は大きな意味を持たないはずだーーなんなら私は端的に話しかけられたい。

2つめは、この調査結果は生物的な性差によるものとは言い切れないということ。参加した20~40代の男女が「男は寡黙であるべき」「女は気立てよく」といった価値観のなかで育った場合、彼らは“ジェンダー化された脳”の持ち主である可能性がある。そして、そのジェンダー的価値観が表面化した結果だといえるのではないだろうか。

少なくとも、今年20〜40歳の方々は「話を聞かない男、地図が読めない女」が話題になった時期(2000年前後)に乳幼児期〜青年期という発達段階を過ごしている。今主張しようものなら炎上しそうな内容も含まれているような本が、全世界で600万部も売れた時代に、だ。

逆を言えば、現代の子どもたちがジェンダー的な価値観に抑制されずに育ち、大人になって同様の調査をしたならば、この男女差は縮まっているかもしれないーー個人的には、その未来が訪れることを願いながら、このnoteを書いている。

最後に

ここまで、さまざまな男性脳・女性脳論者やメディアを批判してきたように見えるかもしれないが、最後に自戒の念を込めてきちんと明かしておきたい。

私が「IoT環境における『モノと人との会話』 男女で傾向の違いあり――博報堂DYメディアパートナーズがVRで調査」というITmediaの記事タイトルを見てクリックしたのは、きっと、私も“ジェンダー化された脳”の持ち主だからだ。私の脳にとって、キャッチーな見出しだったからに違いないのだ。

それを認めたうえで、私はこの男女差の価値観を、やっぱり過去に置いていきたいと思う。そのためにnoteで書き、きちんとカタチにしたかった。

▼参考文献
・ クーリエ・ジャポン「『男脳・女脳』は環境が植え付けたステレオタイプだ
・東京リーガルマインド「脳の性差はいかに決定されるか
・文部科学省「子どもの徳育に関する懇談会(第11回)」配付資料
・ナショナル ジオグラフィック「研究室に行ってみた。 第5回 『男脳』『女脳』のウソはなぜ、どのように拡散するのか
・The Journal of Neuroscience「Sex differences in the corpus callosum of the living human being
・THE TIMES「The Gendered Brain by Gina Rippon review — do men and women have different brains?

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