クラムボンでミラクルな1日
私は呼び屋だ。
あまり一般的に聞き馴染みのある職業ではないかと思うけど、コンサートや演劇など、各種ステージの企画を主催される方々に提案・営業する仕事だ。有名無名を問わず面白い公演や、お客さんが入る公演を手がけたい、と常々思って仕事をしている。
つまり、こう言っちゃなんだが、芸能人やらアーティストやらとご一緒する機会は、仕事柄多い。
今はコロナ禍でパッタリ公演が出来ず、とてつもない不安の中にいるので、現実逃避のために、そんな私がいちファンとしてキャッキャしたある1日を振り返ってみようと思う。
以下は、2017年7月13日、クラムボンの高崎ライブが行われた日の私の日記である。
今朝、起きると右耳が詰まったように聞こえなくなっていた。それが全てのはじまりだった。
耳鼻科に立ち寄ってから出勤し、昼休みに雲行きが悪い中ランチに出かけた。メシを食いながらツイッターを見ていたら、クラムボンの高崎ライブが今日だったことに気づく。
ものすんごく行きたかったが、長女がここ数日頭痛をうったえていてあまり体調がよくなかったし、カミさんだって行きたかろうし、やらなきゃならない仕事も山ほどあるし…
諸々考えて、泣く泣く諦めて、せめて会場限定販売の新しいアルバムだけでも買おうと、昼休みの間に会場のライブハウスclub fleezへ。
入口がある地下へ降りて、CDを買って地上に上がると、ウソみたいなどしゃ降りになっていた…。
雷も鳴りまくり、荒れ狂う空を見上げてしばし呆然とした。
ライブハウスが入っているビルの軒先で、なんとか雨足が弱まらねえかなぁ、としばしたたずむ。会社は目と鼻の先だからカサ買うなんてバカらしいマネはしたくないし、でもいま行くとずぶ濡れは確定だし、と迷っていると、ライブの運営スタッフ的なバイトくんとクラムボンのマネージャーらしき人が同じ軒先に出てきた。どうやらクラムボンの到着待ちをし始めているらしい。
「入り待ちをしているイタイファンだとは思われたくない!」
そんな過剰な自意識が働いて、極力そのスタッフさんたちの方は見ずに軒先から空を見上げ、
「雨、やまねえな…。困ったな…」
な風情を精一杯演じる。いや、実際困ってもいた。
すると、一台の車がその軒先に止まった。内心、
「うわぁぁぁ!クラムボンだ!!」
と思いながらも、涼しい顔で
「雨、やまねえな…」
を続けて目線を空に移す。
振り返ってガン見したい気持ちをこらえて雨を眺めていると、ふと視界の端で誰かが自分の顔を覗き込んでいるのに気づいた。見れば、そこにまさかのクラムボンの原田郁子さんがいた。
「傘ないんですか?」
と郁子さんに話しかけられて、飛び上がりそうな驚きをこらえながら、会社が近くなのだけれど、急な雨に驚いていま雨宿りしてて、とシドロモドロに答えた。
郁子さんは運営スタッフの人に、
「(渡しても)大丈夫な傘ある?」
と聞いてくれて、スタッフさんが差し出してくれた傘を、
「どうぞ」
と渡してくれた。
恐縮しつつも御礼を言って傘を受け取り、ライブハウスを後にした。会社に戻り、事の次第を興奮して皆に話した。たぶん少し地面から足が浮いていたと思う。会社の傘をさして、またすぐにライブハウスへ傘を返しに行った。
とにかく感動していた。
もうどうにかしてライブを観に行けないだろうか、と考えていた。
カミさんに電話で相談し、上司にも相談して少しだけ早あがりさせてもらい、当日券でライブを観てきた。
ただ詰まった右耳が悔しくて、開演前にプールの水抜きのように耳をいじっていたら、スッと詰まりがとれて音がクリアになった!(ライブ後に帰宅したらまた元に戻ってしまったのだが…)
スリーピースバンドとは思えない豊かな音が鳴っていて、クラムボンの3人もお客さんも、この空間を共有できてなんとも気分がいいという多幸感に溢れたライブだった。fleezはいいハコだなぁ。
傘を返しに行く際に、
「実は私こんな仕事してまして…」
とスタッフさんに名刺のひとつも渡してこようかと悩んだが(実際、名刺入れは持参したが)、イヤラシイのでやめた。
いつか、なんらかの企画でご一緒できた折には、
「憶えておられないかとは思いますが…私はあのとき助けて頂いた…」
と竜宮城のカメのように御礼を改めてお伝えしたいと思う。
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