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「相手が私のことを馬鹿にした!」と思ったとたん、 私は感情に飲まれて、相手に対して激昂しやすい。 感情が高ぶった自分は、面白いほど頭に全血流が集結しているのが 分かる。顔~頭がカーッと熱くなる。 すぐにその場で自分を省みるのが難しいことが多く、 一度、その場を離れて深呼吸をして落ち着いて、振り返ることが必要。 相手の言葉に対して、自分が馬鹿にされたと考え、 そのことに対して激昂する。 まるで『激昂するから、どうか見逃してくれ』と言わんばかりだ。
私とは違う解釈をする人が目の前に来て、 その人がその人の解釈を分かってほしいと伝えている時。 私自身の解釈を、私が話しているようにまず受け取ってほしい、 相手がそうしなければ、私が貶められている。そんなことは受け入れられない!という考えに支配され。 相手が分かったような反応をするまで話そうとする自分がいる。 (分かった、ではなく、分かったような反応、で満足していることが怖い) そういう時の自分は、かなり意固地だ。 自分はまんまと被害者としてふるまう。 相手に対して、
自分に起こっていること、周囲に起こっていること 自分が感じたこと、自分が考えたこと ドラマに入る必要はない。 わたしの合言葉は『検証しよう』!
私のパターン 『今ある事象を私が感じ、捉え、考え、行動する』というプロセスの中に ”過去”というバグを入れて、すんなり事が運ばないように仕向ける。 理由:過去、自分が自分に注がなかった膨大な時間から目を背けたいから。 自分にばつが悪いから。 過去に体験したこと、 見聞きしたことのある事柄や言葉と、少しでも重なると思ったら、 (実際は、見た目や言葉が似ていても、もはや同じ出来事ではない。) 即座に過去の自分が、過去の自分を採用し、 今の自分で生きないように阻害する。 過去の自