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ワインコラム39:好きな街

タイトルデザイン Ryoko・Sakata
写真     Masaru・Yamamoto

今の季節(5月)、道端や空き地で直径3センチ位の青紫や桃色の花を見かける。
矢車菊と言う花だ。10代の頃からこの花を好ましく思っていたが、20代の時に石川啄木の歌を知ってから、さらに親しみを覚えるようになった。

 函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花

「かなし」とは愛おしいとか懐かしいという意味のようだ。この少し感傷的で、切ないような追憶を思わせる歌は、20代の私のセンチメンタルな心にフィットした。

青柳町は函館山の裾野に今もある地名で、市電の駅もある。
数十年前に、立待岬へ行く途中この駅を通過した時、啄木の歌を思い出し感傷に浸ったことを覚えている。

啄木という人は、私生活ではだらしの無い人だったようだが、心に響く印象的な歌を多く作っている。
岩手県の盛岡城址公園に中学の頃の啄木の歌碑がある。

 不来方(こずかた)のお城の草に寝転びて空に吸われし十五の心

15歳の少年らしい素直で初々しい歌だ。盛岡の城のことを昔の民話に因んで不来方城と言うそうだ。

さてこの盛岡市、ニューヨークタイムズ紙で「2023年に行くべき52ヶ所」の一つに選ばれた。
私は偶然にもその2年前から毎年通うようになった。友人や親類がいるわけでもなく、特別な用事があるわけでもないのだが。

一つの街にこれだけ頻繁に行くことは、私にとって初めてのことだった。
市内を流れる中津川沿いの土塀に沿った柳の小道や、盛岡天満宮に通じる風情のある長い参道など、郷愁を覚える風景が多いことも通う理由の一つだ。 

それからこの歴史ある街が、「調度よい大きさ」ということもある。
ビル街を歩くより、趣きのある街を散歩するほうが気持ちがよい。

居心地のよい店もある。
盛岡城址公園の北の麓に、櫻山神社という小さな社がある。神社の前の道を挟んで反対側に、櫻山横丁という飲み屋さんの密集した一郭があり、そこにあるHという食堂に何度かお邪魔したことがある。

「何度か」と書いたが盛岡に行ったら必ず寄っている。
店は気さくで気の利く女将さんが、一人で切り盛りしている。派手さはないが、丁寧に作られた魅力的な料理の数々。私にとって居心地の良い落着く店となっている。

女将さんや常連の人と、とりとめのない話をしながら酒を呑んでいると、盛岡という街の懐で遊ばされているような気になる。
その気分を味わいに、今年も盛岡へ行こうと思う。

今度は、女将さんと啄木の話でもしてみようか。


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