ボードゲームのルールを読むということ

ボードゲームを遊ぶにはそのゲームのルールを理解しなければならない。その上で、参加者がルールについて一定の理解を共有している必要がある。ルールの理解度は必ずしも同等である必要はないが、何ができるのか/できないのか、勝利条件や得点計算について参加者全員が理解していないとそもそもフェアな競技にならないのである。とはいえ、これは簡単なことではない。

先日Twitter上でアンケートした結果だが、65人の内、半数以上ができれば自分でルールを読みたくない、と回答している(念の為書いておくが、このようなTwitter上の雑なアンケートにデータとしての価値はほとんどない。意味のあるデータを集めるためには適切な情報取得法が必要なのだ)。私の印象としても「ゲームを遊ぶのは好きだがルールを読解するのは面倒だ」という層はそれなりにいて、それはとても自然なことだと思っている。

"Learning a board game is probably the single biggest obstacle for a game designer or a publisher because… we are giving you a job… and we are asking you to pay for it."
                                                             - Matt Leacock, 2014
「ボードゲーム(のルール)を理解するということは、ゲームデザイナーやゲームパブリッシャーにとっての最大の問題と言えるでしょう。仕事を顧客に押し付けた上で金を払えと言っているわけですから」

https://youtu.be/Et7nNmG6Qkc

上記のMatt Leacock氏の言葉は適切な指摘であり、ボードゲームは実のところ、実際に遊ぶまでのハードルが高い。箱を開いて即遊べる、という類のホビーではないのだ。こうしたある種の参入障壁にどのように対策するのか、というのはボードゲームが趣味として広まりつつある中で重要な課題と言える。
余談だが、上記のMatt Leacock氏の動画は少々古く英語で50分超と長めではあるが、面白いのでお勧め。

参入障壁を下げるには

では実際にこうした障壁を下げるためには何ができるのだろうか?

  • プロダクトデザイン:ルールを整理し、UIデザインを洗練させ、ルールブックの校正にコストを掛け、ゲームを“わかりやすく”すること。主にパブリッシャーの開発に依存する。

  • より良いローカライズ:海外ゲームの日本語化や和訳ルール添付によるプレイアビリティの向上。ただし元のゲームのプロダクトデザインよりも向上することは原理的に難しい。また、多くの場合生産はオリジナルパブリッシャーが担当するので、スケジュール的にも品質管理的にもローカライザーではどうしようもない部分が残る(そして必ずしもオリジナルパブリッシャーがローカライザーに協力的ではない)のがネック。

  • ルールサマリーやリファレンス:ルールの概要を抜き出して再構成したルールサマリーや、各プレイヤーが手元において参照できるチートシート/リファレンスなどは比較的低コストでできる対策ではないかと思う。オンラインで配布・共有して印刷コストをユーザーに任せることもできる。個人で作って公開している方もいらっしゃるので、そうした活動がより効率的に、かつ広く簡単に共有できる仕組みができると良いなあ、と期待している。ただし著作権的に難しい部分もあるので(独自にルールをまとめてサマリーを作ること自体は問題になりにくいが、アイコンやロゴ、カードイラストを転用すると確実に著作権違反になるので注意)、そのあたりをどのように解決するかは考える必要がある<実際に訴えられたりするリスクは低いと思うが、何かの形で“筋を通す”ルートは作っておいた方が良い。

  • ルール解説動画:Watch It Playedの日本語版、のようなものがあると便利だろうとは思うのだが、あれはBGGと提携して、かつある程度の規模の需要があるからこそ、という部分もあってなかなか日本では難しいのではないか。大手ローカライザーが自社コンテンツについて、ルール解説動画(プレイ動画でなく)を作ってアップする、というのはアリだと思う。

  • チュートリアルモード:一部のゲームは、簡易版のお試しルールを採用している(あるいは基本ルールが事実上の簡易版であることもある)。こうした簡易ルールでショートゲームを遊ぶことがチュートリアルモードとして機能することもあるが、多くのゲーマーはわざわざ簡易ルールで遊ぶよりもインストラクションが多少長くなっても最初から標準ルール(や場合によっては上級ルール)で遊ぶことを選ぶ人が多いのではないか。『Wingspan/ウイングスパン』のSwift-startプロモセット(今は基本セットに含まれているはず)のように“最初の4ターンの動きを指定する”ようなチュートリアルモードもあって試みとしては評価するが、どの程度効果的なのかわからない(自分で試した方は感想をお聞かせ頂けるとありがたい)

  • プロフェッショナル・インストラクター:専門的な訓練を受けたインストラクターというのはまた別の可能性であろう。あるいはインストラクションの方法論の洗練・ノウハウの共有というのはもっと進んでも良い分野ではないか。一部のメジャーなゲームではセミプロインストラクターが成立している気がするが、多くのゲームに対応するのはなかなか難しそうだ。ボードゲームカフェなどではこうした機能が確立しているのだろうか?

わかりやすくあるべきゲーム

とはいえ、すべてのボードゲームがわかりやすくあるべきか、というとそんなことはないわけで。プレイ時間が2~3時間の重量級ゲームには相応の複雑性が必要で、その事自体は悪いことではない。そもそもそうしたゲームはある程度慣れたゲーマーを想定しているので、ルールの理解と共有にある程度のコストは受け入れられるだろう(という暗黙の了解がある、よね?)。もちろんこうしたプレイヤーの寛容さに甘えてプロダクトデザインを洗練させることを怠ってはいけないわけだが(理想的には)。
一方で、より広いユーザー層を想定しているゲームはわかりやすく、参入障壁が低くあるべきといえる。いわゆるファミリーゲーム(大体SdJの対象になるくらいの)や、エントリーゲーム(ゲーム慣れしていない人も遊べる範囲の)は特に注意が必要だろう。逆に言うと参入障壁が低いゲームこそが良いファミリーゲーム、エントリーゲームとして評価すべき。
注:いわゆるパーティーゲーム、ワードゲーム、コミュニケーションゲーム、ソーシャルディダクションゲーム、謎解き系ゲーム(それぞれの定義や具体例については省略)は、また違う評価軸になるのでここでは言及しない。

参入障壁が低いのはどんなゲーム?

具体的に参入障壁の低いゲームの特徴について少し考えてみたい。ざっくり“ルールの理解しやすさ”に近いところから順番に。

  • 手番でできることが明解:自分の手番でできることがわかりやすい(選択肢が少なめ・行動/効果が連鎖しない・状況によってできることが変わらない)のは重要。説明しやすいし理解しやすい。

  • 勝利条件がわかりやすい:何をすれば勝利に近づくのか、が明解で、ゲーム中の経過も評価しやすいことは大事。途中経過が可視化されている(得点が積み上がっていく系)と、自他の行動が簡易的に評価できて行動指針になる。

  • テーマが噛み合っている:抽象的な表現になってしまうが、テーマがあるゲームだとそれがシステムと噛み合っている方が説明もしやすいし理解もしやすい。そういう意味で「お金をたくさん集めたら勝ち」はシンプルでわかりやすいが、「お金は重要だけど勝敗は得点で決まる(『ドミニオン』とか)」二重構造はちょっと難しい。

  • 勝敗以外にも達成感がある:中間目標や得点ボーナスが得られる条件など、各プレイヤーが達成できるなにかがあると、プレイ指針としてわかりやすい。わかりやすいところだと『チケット・トゥ・ライド』の乗車券カードとか。負けたとしても「これは達成できた」と一定の満足感が得られるのも次に繋がりやすくて良い。

  • 序盤のウェイトが低い:ゲームが進むに従って自然とルールの理解が進むので中盤・終盤とより良い動きができるようになるので、序盤のミスをプレイ次第で覆せる方がベター。『カタン』などは実のところエントリーゲームとしては相当厳しいと思っている(初期配置固定ならいけそうですが、それなら『カタン』じゃなくて良くない?という

  • 協力型ゲーム:Matt Leacock氏も語っているように、協力型ゲームはルール理解のプレイヤー間格差が問題になりにくい(“インストした人が勝っちゃう問題”が発生しない)、ゲームの進行に応じてアドバイスしながらルール理解を深めていけるのは良い。一方で他のプレイヤーの自律性を奪うリスクがあるので(いわゆるアルファプレイヤー問題)注意が必要。

  • プレイ時間が短い:5分で終わるゲームならとりあえずやってみて3,4回も遊べばつかめるでしょ?という。

  • 特殊ルールが少ない:カードやタイルなどに固有の特殊効果が設定してあるケースも含めて、特殊ルールや特殊効果はプレイアビリティを落とすことが多い。一方で、カードドリブンで特殊効果を盛るタイプのゲームは、基本的なルールをシンプルにしたままで多様性とリプレイアビリティを高めることができるので、エントリーゲームからの次のステップとしては有効だと思う。各プレイヤーに非対称的な特殊能力が与えられるくらいならアクセントとして良いと思うが、効果を忘れないように適宜慣れたプレイヤーが指摘してサポートすると良いかもしれない。

これ以外にも「インタラクション(特に妨害的な要素)が低い」「複数プレイヤーの同時処理ではない(一人ずつ手番を回すタイプ)」「終了タイミングが明解」といった要素も検討したが、状況による部分が大きいとして見送った。参考までに。
もちろんルールの書き方、ルールブックの構成も重要なのだが(言いたいことは山程あるが)、そちらはユーザーが何を言ったところであまり意味がないし、一般法則よりも個別の事例で検討すべき問題だろう。
雑然とした文章になってしまったが、ボードゲームは必ずしも“わかりやすい”ホビーではないし、慣れれば慣れるほどその参入障壁の高さに鈍感になりがちな部分があるのではないかと思う。改めて“楽しむまでに越えなければいけないハードル”を考えることは重要だし、そうした初期負担を軽減するためにできることを考えるのは、デザイナーやパブリッシャーだけでなくコミュニティ全体として意味のあることなのではないかと思う次第である。

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