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個性の生態系

「この学校って、実は個性を生かしたいんじゃなくて、個性を隠したいと思う子が来てるんじゃないかって思うのよね。なぜかみんな爪を隠してる」

 私は、「個性を生かす教育」と銘打った学校で高校3年間を過ごした。全校生徒3000人、公立高校で日本初の普通科総合選択制の学校、文部省の実験校として大々的に創設された学校だ。廊下の幅は11m、学内の移動に自転車が欲しいくらい広大な敷地と人数だった。学校は6分割され教頭も6人いる。ちなみに、総合選択制なので一人ひとりの時間割は、コンピュータが作成したもので一人ずつ違う。私の場合は、ただ、やりたいスポーツをやるためにはここの学校かなと思って軽い気持ちで入学したが、とにかく普通科の総合選択制というところが、良くも悪くも過ごしやすかった。一人ひとり時間割が違うから、もはや統一テストみたいのものの意味があまりない。そして、敷地が広すぎて移動教室が過酷すぎて、それぞれ移動した先で昼食を食べたり、部活動を昼もやっていたりするので、もはや、一人でご飯とか誰も気にしない。クラスメイトとも、朝と帰りに顔を合わせる程度のものだ。そして、普通科の総合選択制だから、他の学校のように体育科とか理数科とかみたいにクラスの全員得意なのものが同じみたいなことがない。隣の子は、絶対芸大に入りたいと絵を描いていて、前の席の子は理数コースだけど吹奏楽部でチェロを弾きたいから入って来て(なんで吹奏楽?)、斜め後ろの席の子はなんか見たことあるなと思っていたら、中学校の体育の教科書の表紙になっていて、ソフトボールをやっている子だった。ちなみに彼女は家庭経営(商業)コースだ。もちろんこの学校に入りたいからとか、偏差値で選んだという子も多く、選択範囲の広い人文コースを選んでいる人もいれば、中国語やってみたいから語学系とか、もう本当に雑多としていた。勝手にやりたいことをやっている感じだった。私が、微妙に音楽とか、スポーツとか芸術とかの知識が少しずつあるのは、この謎で雑多な普通科に通っていた影響が大きいと思う。意外と、音楽系の子と体育系の子が仲が良かったり、違う学系同士の方が、話していて気が楽だったり色々面白い。体でものを考える時の路線が違うのだ。あとは、意外と部活ガチ組みたいな体育系は、必ずしも体育コースではなく意外と理数、語学、芸術を専攻している。それは、怪我をした時に、体育専攻だとスポーツ主体の授業も受けられなくなってしまうので保険的にそうしている人もいれば、本気で得意なのは理数系だけど、バレー部主将(アジアジュニアメンバー)という普通に2つできるという人もいた。

 まあ、3000人もいれば色々いるわけだけれど、そこで、いつだったか、世界史の先生と廊下を歩いていて、不意に独り言のようにつぶやかれた言葉が上記の言葉だった。実は、この言葉は私に対して言われたものではなかったけれど、ざわっとしたのを覚えている。つまりは図星だということだ。今まで例に挙げた子たちってよく考えたら、この学校じゃなくてもっとその自分が得意だと思っている分野、または周囲から言われて得意と思い込まされている分野に特化して進学したって良いはずだ。それが、何でこの学校にいるのだろう。
 と、自分を完全に棚に上げて書いているが、自分も相当にぐちゃぐちゃだった。私はスポーツをやる目的で来たのに体育コースではなく、芸術と人文で迷った結果、人文にしたけれど、とった科目はなんか理数が多い。自分こそ何しに来たの?という感じだ。 多分、その答えの一つが個性(のようなもの)を埋没させて、誰にも何にも言われない状況下で粛々とやることやりたい・・・だったのかなと思う。小学生とか、中学生とかってよくわからないけど、ちょっと得意なことがあるとそれで目立たせられる。クラスとか運が悪いと全校生徒の前で何かやったり、書道とか美術とかは市展とか県展とかそういうのを目指さなくちゃいけなくて、早く帰りたいのに居残りするとか、でもそういう学校の何かって、専門に勉強しているものとはだいぶ違う。学校体育と競技スポーツが全くもって全然違うのと同じ・・・例えば体操競技で色んな技をしているのは純粋にその技ができるようになりたいからなのであって、運動会の準備運動で、全校生徒の前で朝礼台の上でラジオ体操の見本はしたくない。てか、ラジオ体操全部覚えてないし、それ、体操競技の練習でやらないから一般人と同じレベルさ、普通に、で普通に間違える。そして、足の速い子が必ずしもリレーの選手にならなくちゃいけないわけじゃないのでは?と思ったりする。私は短距離は得意じゃない。
 夏休みの研究なんかも、自宅の周りにいる野良猫たちが、毎朝、毎晩だいたい同じ時間に同じ場所にいるのを良いことに、「猫の毛の色でどれだけ皮膚温が違うのか研究」というアホな研究をして出したら、猫だとダメだから同じことを帽子を使ってやって「帽子の研究」というので、市の何かに出したら?と担任に言われて、閉口した。私がやりたいのはネコの研究であって、帽子じゃないんだよ!多分、先行研究とか身近で役にたつとか県展で入賞するためにはとかそういうのがあったからそう言ったんじゃないかとは思うけど。夏は白い帽子を被りましょうじゃなくて、夏は黒ネコは大変なんだよ!!という研究がやりたかった(アホすぎるけど)。結局、首を縦に振らなかったので、クラスでの研究になってしまった(最終的にほとんど担任の研究になった)・・あの研究が「ネコ」だったことはクラスのみんなは誰も知らない。
 長くなってしまったけど、こういう具合に、何かちょっと引っ掛かることとか、個性(なのかは不明だけど)を見せてしまうと瞬く間に、目立たせられてしまうという感じだ。私なんかは、アホな研究くらいでそんなに目立たせられたわけではないけれど、それでもこれ負担だと思った。なぜなら、スポーツでも芸術でも専門的に学んでいる子達って自分のレベルについてはかなりシビアに子供時代から見ているから、学校では目立っても、クラブでは普通だったり、平均以下だったりするわけで、何よりやるべきことを粛々とやりたいから、学校用に色々やるのが時間的にも体力的にも負担なのだ。学校でほめられても嬉しくない。まあ、私はアホ研究くらいでそんなに目立たせられることはなかったけれど、これ、教科書の表紙になってしまったり雑誌に取り上げられていたり、なんかユースに所属していたりみたいな子達にとっては、自我が分裂するような感じになるんじゃないかなと思う。ある一つのスポーツが得意だからって、必ずしも全部の競技が得意なわけでも、足がみんな速いわけでもない。運動会で足の遅い子が公開処刑されるのと同様に、「速い」を期待され、「意外と遅いね」とか、実際得意で本気を出せば、自慢するなと言われたり、運動なんて将来役に立たないとか(私は友人達にはそれを言われたことは一度もないが、同級生の父兄からは、言葉を変えてよく諭されたり言われたりしたけど、性格上すぐ忘れてた)そして、本気を出さなければ教員から叱責される。放課後も学校対抗の何やらとかで走らされたりして、やっと下校してクラブの練習に行くころには、疲れていて、うまく練習ができない。そんな日を積み重ねていけば、どんどんスランプに陥る。なんで体が動かないのかもはや分からなかった。もうこのスポーツをやるのは限界なのかもしれないと思ったけれど、今考えると本当に限界だったのは何だったのだろう。中学になれば中体連というあらたな壁がある。
 だから、得意ではない別のスポーツで高校進学を選んだ。私にとっては3000人の総合選択制の高校に入って、3000人に埋もれてみて、逆に霧が晴れたような気持ちになった。ちょっとしたことで目立たせられる事はなく、それでいて選んだスポーツが向いていないのはわかっていたけれど、向いていなかったからこそスポーツとの関わり方も学び直したし、体との向き合い方も学んだ。そして、半分地域に開かれた(施設解放が課されている)公立高校だったから、学校開放の一環として土日の体育館には、いろんな人たちがやってきた。クラスの中ではスポーツと関係ない学系の子達が沢山いて、話すこともできるし、埋もれているからこそ、集中できる環境が何より貴重だったように思う。
 この学校の評価は当時から結構分かれていたと思う(今もそうなのかな?)。結局、大学受験のシステムが上にある以上なかなかこのシステムを活かした授業ができていないとか教員の思うところも色々あるようだし、うまく得意科目だけ取って評定上げて大学の推薦狙いみたいな感じにもなりだしたり、そんなに早くから進路を決められるのか問題もある。そんな中、さらにその後公立の中高一貫校にもなっている。要するに、良くも悪くもこの学校自体がかなり個性を発動させられている学校なのである。そして、なぜかそこに来る生徒が、個性をあまり発揮しないというのが冒頭の先生のぼやきなのだろう。けれど、私は思う。これって、本当の意味で個性を生かしていませんか?と。個性を生かすって目立たせるのとは違う。今の時代は、個性という言葉が古くなって、多様性に置き換わったという。でもね、個性とか多様性とかって本来、意識したり主張したりしないで済むのが理想だと思う。『華』として咲くことを期待されて自覚させられるくらいなら、地中深くに自由に『根』を張っていたいし、うっかり華が咲いてしまったとしても、それはそれだけの事だ。個性を隠してしまう巨大な生態系が逆に個性を生かすための養分になっていた。そんな生態系が担保されていた。だから私はあの学校が好きだったのかもしれない。今日は、ある本を読みながら、対談を聞きながら、そんなことを考えていた。

水野しず 「正直個性論」 静かにそっと生態系の中に置きたい本です。






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