旧地学部室にて

うだるような暑さが続いた夏が過ぎ、照りつける日差しも弱まってきた九月中旬、江古田は地学部室で人を待っていた。
今は一人だ。部室はまるで世界から切り離されたかのように静まり返っている。
それにしても日本の夏は蒸す。
自分も長いこと日本人をやっているが、冷房を付けるには涼しく切るには暑いこの季節の過ごし方はいまだに分からない、江古田はそこら辺に落ちていたラベルもない石をもてあそびながらそう思った。
それにしても部員はまだだろうか?
せめて『部長』が来てくれないとなにをするにも難しい。
江古田が部室の奥についた正方形の窓から外を眺め今は無き旧部室との違いを感じていた時、部屋にノック音が響いた。
誰か来た。
壁に書かれた”爆砕記念日”の文字が隠れドアが開くと、温泉卿と羊飼いがひょっこりと顔をのぞかせた。
あ!野生の温泉郷が飛び出してきた!
やったー!羊飼いが来たー。
「お前早すぎないか?まだ15時前だぞ?」
「前のが早く終わったんだよ。」
「サボったんじゃね?江古田だし。」
「それにしてもよくできてるな。俺には違いが分からん。」
そう言って温泉卿は新しい旧部室の姿をカメラでパシャパシャと収めていく。
「すからー達は?」
入口入ってすぐのロッカーを片っ端から開けながら羊飼いが尋ねる。
「30分前からここにいるけどまだ来てないよ。15時集合だしもうじきくるんじゃない?」
と、部長椅子をくるくる回しながら答える江古田。
噂をすればなんとやらだ。
部屋に響く二度目のノック音。
「…(チラッ)。アッあってた。ここでよかったのか。いやここの場所よくわからなくてさ。」
すからーがただいま着陸いたしました。
「オッ!すからーじゃーん!」
温泉郷が謎の踊りで出迎える。
こいつは昔から謎の踊りをしがちだ。
ハーイヤーハーハー。
「おひさー」
と羊飼い。
「すからーひさしぶりー!元気?そういえば足大丈夫?」
すからーはこの前の巡検で足の骨をやってしまったらしいので少し気になっていた。
ずいぶん前にも足のハンマーでたたいて折っていたがそういう星の下に生まれているんだろうか?
「ハハッ。また折っちゃったんだよね、今度は逆の足。昔に比べて直りが遅い気がするんだけどこれ歳ってコト?今度はほんとに一人のジオロジストの生命が絶たれるとかある??」
「まあ我々もう若くないしねー…。でもさすがにくっ付かないってことはないんじゃない?いや、どうだろう…。うーん。ジオロジスト生命を長続きさせるには逆に巡検にいかないほうがいい年齢帯に突入しつつあるのか…?」
神妙な面持ちで温泉郷は言う。こいつの問題を大きくとらえすぎる所は昔から変わらないな。
「巡検先で死んだらジオロジストとしての生命を全うできたってことだから逆にいんじゃね?」
羊飼いの適当なところも変わらん。
「たしかにそうだわ。なんなら巡検先でわざと足の骨を折って死ぬまであるな。」
そして僕の悪乗りするところも変わらないのだった。
「いやー。ジオロジスト人生RTAじゃなくてせっかくなら天寿を全うしたいな僕は…。そういえばおがたさんとやだかは?『部長』にこの部室について色々聞きたいんだけど」
「確かにもうそろそろ来てもおかしくないけどどうしたんだろ?」
壁に掛かった早苗さん時計は15時15分を指していた。
「そういえば羊飼い論文読んだよ。沸石惑星なんてよく見つけたねぇ。僕はそっちの方には詳しくないだけど、そんな簡単に見つかるもんでもないんじゃないの?」
「まあ確かに運がよかった部分はあるけど根気さえあれば誰にでもみつけられる。今は観測技術が発達して宇宙全体を見通せるようになってるから存在しうる天体のスペクトルを予想して網羅的に観測していけば」
その時三度目のノック音が部屋に響いた。
「おまたせ、ちょっと仕事が長引いて遅くなった。」
やぁ農奴君、ピザもってきたよね?
「お久しぶりです。だいぶ仕事長引きましたね。今公務員って午前中まででしたよね?」
現在公務員は9時12時での勤務が基本となっている。
かつては9時17時という長時間勤務が当然のようにまかり通っていたらしい。
5人に一人が精神科に通うことになる暗黒時代からはだいぶ労働環境が改善されたが人間の仕事は完全には無くなっていない。
「まぁそうね。たまに一時間くらい長引くことはあるんだけど今日は特別長引いて、満州で亜光速鉄道が脱線した影響でひたすら交通整理してたんですよね…」
「あー…、それニュースで見たわ。農奴の管轄だったんだそれ、ご愁傷様」
羊飼いもニュースを見るのか。
羊と貝を足して社会性を絞って捨てたような人間だと思っていたので意外だった。
「それでも15時過ぎには仕事終えて部室に来られるのか…。いや自分で研究者の道を選んだとはいえ少しうらやましく感じてしまうな。」
「すからーも今日来たってことは仕事休んできたんでしょ?もう少し今日みたいに休日増やせばいいだけなんじゃないの?」
そういって僕は似たようなことを前にも言ったことがあるなと気づく。
「まあ休日は割と自由にとることはできるんやけどアカデミアは競争社会やから休んでると置いてかれちゃうんだよね…。」
「そっかー…。それはそれとして『四体』早く読んでほしさはあるな。まだ開いてすらないでしょ…?」
「いやぁ~…!読む!読みます!今度時間があるうちに…」
「パロディ小説でそんなに分量ないからこの後読んじゃいなよ。」
「あー…、そうだなぁ。読むか…。うん、読む。」
読んでくれるみたいだ。すからーは小説をいくらでも積んでおけると勘違いしている節があるが、アニメほどではないにしろ一応”賞味期限”があると僕は思っているので早いところ読んでほしい。
「そういえば気になってたんだけどあいつ来てないんですか?やだか…」
と、農奴。
「そう、あいつ『部長』なのに来てないんだよね。どこで油売ってるんにゃろ…」
と、すからー。
壁に掛かった早苗さん時計は15時半を少し回ったところだった。
その時部屋にノック音が響く。
「やっほーお待たせ~。いやちょっと他のサーバーでフレと話してたら遅くなっちゃった。すまそ~。どうこの部屋?よくできてるだろ!めっちゃ頑張ってモデリングしたからな!」

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