【海外M/Mロマンス感想】Heated Rivalry by Rachel Reid



ロマンスあるある:表紙が半裸がち

キーワード:スポーツ、ケンカップル、enemies to lovers 
リバ:なし

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あらすじ

プロアイスホッケーのスター選手、Shane Hollander(シェーン)は才能があるだけでなく、評判も申し分ない優等生。ホッケーは彼の人生であり、モントリオール・ボヤジャーズのキャプテンとなった今、彼の人生を危うくするものは何一つないはずだった。たった1人のロシア人を除いては。
ボストン・ベアーズのキャプテン、Ilya Rozanov(イリヤ)は、シェーンと全てが異なっていた。氷上の王様を自称する彼は、その才能と同じくらい生意気だ。誰も彼に勝てなかった──シェーンを除いては。
伝説的なライバル同士としてキャリアを積んできた2人だが、ホッケーリンクから降りれば2人の間に存在する熱は否定できなかった。互いへの欲求が極限に高まった時、2人は一線を越えてしまう。しかし、彼らはプロアイスホッケー選手であり、伝説のライバル同士。二重にも三重にも、彼らの関係は許されるものではなかった。イリヤが秘密の関係以上のものを求めていることに気づいた時、シェーンは彼から立ち去らなければならないことを悟る。リスクはあまりにも大きかった。
真実が明らかになれば、2人は破滅しかねない。しかし、互いへの欲求が氷上での野心に匹敵した時、彼らはある決断を下す。

感想

初回に引き続きアイスホッケーものです。すみません、アイスホッケー大好きで…
でも実際、MM界のアイスホッケー人気はすごい。ちょうどこの記事を書いている最中に、本作の著者レイチェル・リードがホッケー・ロマンスの人気について非常に興味深い記事をシェアしていた。訳してみたのでこちらもぜひ。

記事でも挙げられていたが、チームの公式広報が焚きつけるのもホッケーロマンスが人気の理由のひとつ。私はアメリカ4大スポーツが大好きで、SNS上でそれぞれのファンベースを覗きに行くことが多いが、仲が良い選手たちのじゃれあいをチーム公式広報がフィーチャーしたり、乱闘シーンを切り抜いた動画にセクシャルなキャプションが付けられたりと、「そういう」盛り上がり方をされる頻度が高いのは圧倒的にNHLだ。

スポーツもののMMロマンスってこういったナマモノな界隈からも支持されていて、本作はそのノリを感じる。本作『Heated Rivalry』はNHLでプレーする現役選手を中心としたMMロマンスシリーズ『Game Changer』の2作目。世界観は繋がっているものの、各巻スタンドアローンとして(それぞれ独立して)読める。作者本人が熱狂的なモントリオール・カナディアンズ(NHL最古のチーム)ファンで、このシリーズからは彼女がホッケーが好きでしょうがないのが伝わってくる。

なんと言っても、プロアイスホッケー世界のディテールがリアルだ。契約を結んだメーカーのコマーシャル撮影や、オールスター・ゲームのホテルでの一コマ、移籍とそれに伴う人間ドラマ等々。彼女が大好きなNHLという世界の特定のシチュエーションで、選手同士の恋を描いている。
本作がすごいのは、それでいてストーリーがちゃんと成立していること。作者が書きたいシチュエーションを集めただけのように見えるが、きちんとキャラクターが動き、葛藤し、恋愛してるのだ。
ジュニア時代の2人が出会い、年齢を重ね、NHLのスーパースターになるまでの人生がエピソードごとに切り取られる形で進んでいく。章ごとに結構な時間が経過しているため、キャラクターの考え方とか人間関係とか大きく変化するが、それがいいように作用してる。彼らの人生の説得力が増すというか。

とはいってもストーリーの構成はあまり上手い印象がない。が、それを吹き飛ばすのが主人公カップルの魅力だ。リードさん、キャラクターを作るのは非常にうまい。
特にロシア人のイリヤが最高。大柄で自信に満ち溢れたオーラがあり、NHL界ではスーパースターだがヒールのような振る舞いをしている。しかしそのシニカルな笑みの裏には影があった。元警官の父親から常にプレッシャーをかけられていて、兄は金の無心でしか連絡を寄こさない。彼の唯一の味方であった母は過去に自殺し…という悲哀に満ちたとても複雑なキャラクターです。言語の壁も彼の孤独を加速させ、自分の言葉で発散できない怒りが内側で煮えたぎってる。この辺りの描写が本当に素晴らしいです。弱さを見せずにヒールキャラとしての自分を全うしようとする姿がいじらしくてしょうがない。
シェーンは自分のキャリアに強い誇りを持っていて、カナダ代表の、モントリオールのキャプテンとして、あらゆる責任感が強い。気位が高いと言ってもいいかもしれない。両親は常に彼を愛してきたし、友人にも恵まれている。イリヤとは何もかもが正反対だった。でも、彼は周囲からの期待に応えようとしすぎるあまり、自分が「完璧な自分」を演じてることに気付いていない。彼はイリヤと出会い、本当の自分を自覚し始める。

そんな2人が様々なオケージョンで顔を合わせていくうちに、肉体的に惹かれ始め、秘密の関係を持つようになる。口では喧嘩しながら情熱的なセックスをします。欲求と恥辱が綯交ぜになりながら、主導権の握り合いのような、お互い「これは一時的なもの」とわからせあうような。(なのに受け攻め固定なので非常にえっちです)行為が終わった後は軽口を叩き合い、お互いに深入りしなかったことに安心する。うーんもどかしくて切ない。
行為の最中は現実から目を背け、肉体的な欲求を満たすことだけに集中していた2人。しかし、年齢を重ねるごとに関わる人間が変わっていき、彼らの関係も変化していく。

ジュニア時代からのライバルで、プロアイスホッケー選手である2人が恋愛をしていく上での障害はいくつもある。2023年8月現在、アメリカ4大リーグに所属し、同性愛者もしくは両性愛者としてカミングアウトしているアスリートは存在しない(2021年、ナッシュビル・プレデターズからドラフトで選出されたルーク・プロコップ選手が現役選手として初めてカミングアウトし話題になったが、現在彼は下部組織のチームに所属している)。現役選手のカミングアウトはポジティブで素晴らしいことだが、マスコミの喧騒が避けられないのは事実。それらの喧騒を捌き、選手をサポートする体制が各チーム整っているかというと、答えはノーだと思う。プライドジャージの着用を拒否する選手が存在したり、プライド月間キャンペーンに反対するファンが大勢いたり、ホッケー界はそういうところなのだ。

そんなホッケー界に身を置き、ましてや伝説のライバルと謳われてきた彼らがこの関係を続けるのは現実的ではない。このようなアスリートとしての立場はもちろん、彼らの人間性の違いも摩擦となっていく。早くくっつけばいいのに保身のために言い訳してウダウダやってるカップルもいる中、この2人の苦境は深刻で緊張感がありしんどい。彼らは彼らなりに状況を改善しようとしてるからこそ。
長年かけてお互いへの想いを育て、お互いの脆い部分を補い合える関係になっているのに、彼らの愛するホッケーがそれを許さない絶望感。冒頭で「エピソードを切り取っている」と言ったけど、各シーンに感情の動きがあって、切れ目なく引っ張られます。

物語全体で効いてくるがイリヤの会話文のニュアンス。単語の選択にネイティブではない感覚がある。先述した通り彼はロシア人で、言語の壁も彼を抑圧することになります。彼のシニカルな物言いに笑っていると、ところどころで「彼は常に言葉を捻り出してるんだ」と再認識させられる。何気ない会話でも、その裏には計り知れない葛藤があるように思えてくる。
彼は完璧に近い英語を話します。それでも「本当に言いたいこと」を第二言語で表現するのは難しいということ。このもどかしさがイリヤのキャラクターを深めてます。ここまで非ネイティブの感覚をリアルに描ける作家ってなかなかいないんじゃないだろうか。

感情が揺さぶられる展開なんだけど、2人のキレのある会話が笑えるし癒しになってて、彼らのやりとりを読むだけで楽しかった。喧嘩するほど仲がいいを突き詰めたカップルとしてバチバチに決まってるんだと思う。読み終わる前にも「イリヤにはシェーンしかいない!」と過激派になること間違いなし。「『Game Changer』シリーズは、ホッケー文化がいかに明らかに同性愛嫌悪であるか、そしてホッケーファンであることを本当に恥ずかしく思わせるような他のすべてのことに腹を立てていたところから着想を得た」と著者のレイチェルさんは語っている。彼らはこの状況をどう乗り越えるのか。これは『Game Changer』シリーズの最終巻で、彼らの物語の続編である『The Long Game』を併せて読んでもらいたい。ケンカップルが好きな方、秘密の関係が好きな方、リバなし固定カプが好きな方におすすめしたい。

ちなみに、シェーンはカナダと日本のハーフで顔にそばかすのある可愛い系の美青年です。身長もあんまり高くない。そんな彼がセクシーな大男に対してキャンキャンやってる様を想像するだけで大変かわいいよ。

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