【海外M/Mロマンス感想】Him by Sarina Bowen & Elle Kennedy


キーワード:スポーツ、幼馴染、片想い、バイセクシャル
リバ:あり

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あらすじ

Ryan Wesley(ウェス)とJamie Cannning(ジェイミー)は親友同士だった。将来有望なアイスホッケー選手たちの合宿エリートキャンプで出会った2人は、幼いころからルームメイトとして切磋琢磨しながら、毎年かけがえのない夏を過ごしていた。17歳の夏、ある「賭け」が2人を引き離すまでは。
それから4年後、ジェイミーはRainersの第一ゴールテンダーとして、大学ホッケーリーグ最高峰の舞台であるフローズン・フォーのアイスを滑ることになった。控えゴーリーとして辛酸を舐めた1年前とは生まれ変わった自分を証明しなくてはならない。4年前、一切の連絡を断った「元」親友と対戦することになっても。
一方、ウェスはノーザン・マサチューセッツ大アイスホッケーチームのエースになっていた。大学最終学年を迎え、チームはフローズン・フォーへと駒を進めた。卒業後はプロ入りも確定しているウェスの人生は今、最高潮にあるはずだった。しかしフローズン・フォーでジェイミーと再会したウェスは、人生最大の後悔と向き合うことを余儀なくされていた。
ウェスはなぜジェイミーと絶交したのか。再会した二人は、以前の友情を取り戻すことができるのか。

感想

MM界ではスポーツものがかなり人気。個人的には、アメリカ人のアスリートに対する憧憬が非常に強いからだと思う。アメリカ社会では現在もマッチョイズムが根強いというのもあるし、4大スポーツのチームが地域に根付いているのもあるかもしれない。娯楽的なカルチャーが行き届いたアメリカ社会において、10代の青春時代を犠牲にしスポーツに捧げてきたアスリートの存在は、我々日本人にとってのアスリートよりも、更に高潔な存在に見えるからかも。奨学金制度が鍵を握るアメリカで、アスリート枠で生き残るためは血の滲むような努力が必要なことは有名だし。
スポーツもののロマンスは往々にして、そんなストイックなアスリートたちがどうやって恋をするのか?を描いている。本作『Him』も例に漏れず、大学アイスホッケー選手のウェスとジェイミーの恋物語。作者のサリーナ・ボウエンは男女ロマンスをメインに書いている方だが、男女ロマンスでもアイスホッケーものをよく書いてるだけあって、アスリートの心情を描くのが非常にうまい。彼女は競技を愛し、そのために生きてきたキャラクターを描く。ふとした言動に競技への愛と尊敬が存在していて、彼らのストイックさが浮き上がってくるような。

本シリーズはそんなスポーツMMの代表格だが、その人気はスポーツMMの枠を超えている。シリーズ1作目の本作はプロスポーツの煌びやかな世界ではなく、プロ入り前のアスリートたちのひたむきさや、「一握り」に入りきれない選手たちの葛藤が軸にある。残された時間の中で本当の自分を見つめ直しながら、自分を形成してきた恋とも向き合っていくお話。その上スポーツ界の超保守的な構造の問題点をロマンスの枠を越えない範囲で訴えかけており、そのバランスが素晴らしい。
夏の合宿、プロ入り前のモラトリアム、キャリア選択の葛藤…と、青春のすべてが詰まっており、主人公二人もとにかく爽やかで好青年。恋にキャリアに、両者それぞれ葛藤し苦悩するのだが、とにかく性格がよく明るいため、読んでてじめじめした気分になることはなかった。

裕福な家庭に生まれるも、両親に気にかけてもらえたことなどない、孤独な子供だったウェス。彼に「ただの自分」になれる瞬間を与えてくれたのがホッケーであり、ジェイミーだった。ジェイミーと出会い、ウェスは自分がゲイであることを自覚するが、両親からその事実を拒絶され、傷ついた心をピアスとタトゥーで隠し、さらにホッケーに打ち込むようになる。
ジェイミーは愛に溢れた大家族の末っ子で、優しくのんびりした少年。ジェイミーはウェスが得ることができなかった家族からの愛を当たり前のように享受しており、それを周囲に与えることを厭わない。ウェスはジェイミーから、自らが得られなかった愛を太陽のように浴びるわけです。
ジェイミーはウェスにとって、ホッケーのライバルであり親友であり、初恋の相手。つまり、ジェイミーは「ホッケー選手」で「ゲイ」であるウェスのアイデンティティの象徴であり、彼に安寧を与える聖域でもあった。

しかし、ジェイミーはストレートだった。ウェスは恋の成就よりも、友情の継続を優先せざるを得ない。ウェスの長年の片想いがストーリーに重みを増し、切なさを倍増させていて、そんな展開を目の当たりにする我々読者は当然ウェスに肩入れしてしまう。でも本作品は片想いされる側のジェイミーの心情も繊細に描いているため、ウェスとジェイミーどちらにも感情移入できてしまうのだ。「賭け」の後、ウェスはジェイミーを想うが故にジェイミーと絶交するが、かけがえのないウェスとの友情を喪失し、それに悲嘆するジェイミーの描写も胸に迫るものがあった。片想いをする側とされる側の両者視点を描き、それぞれを魅力的に描写できるってすごいこと。さすがサリーナさん。だからガールフレンドへの嫉妬や、相手を思いやるがゆえのすれ違いなど、ロマンスあるあるも陳腐に感じなかった。
主人公二人が己の性欲にまっすぐなためエロも濃厚。2人の若さが浮き彫りになるところでもあり、エロにすらどこか爽やかさが存在してる。特にジェイミーが戸惑いながらも好奇心旺盛に行為に勤しむ様はこれぞロマコメやと笑いながら萌えた。

主人公二人がこんなにも魅力的なのは、章ごとに視点が変わる一人称視点の構成によるところも大きいと思う。語り口調がコメディチックで面白くキャラに奥行きを生ませるし、彼らの言葉で思考回路を追うことで、ああこの子らはすごく優しい性格なんだな、と分かる。とにかく語り文が上手い。
せっかくの一人称視点なのに視点が都度入れ替わってしまうと「相手が何考えてるかわからない余白」を楽しめずがっかりすることもよくあるが、この作品の場合はむしろ両者視点が活かされている。先述した通り、キャラに奥行きがあるためだと思う。例えば、両視点を読んでキャラを理解した気でいると、二人ともこちらが読めない言動をしてくる。相手を分かってつもりでいたけど実はそうじゃなった、という「親友だけど離れた期間が長かった二人」の距離感を、読者もそのまま感じられる構造になってるような気さえしてくる。
一人称視点が章ごとに入れ替わる形式で進むロマンス小説はありふれているが、この作者の場合は文に捻りがあり、ワンパターンではないためちゃんと小説を読んでる気分になれる。(地の文が若すぎて読むのが苦痛だった作品も多いので…)

『Him』とはやはりジェイミーのことで、本作の主人公はウェスなんだと思う。続編『Us』はジェイミーがメインな感じするし。ウェスはジェイミーへの思いをひた隠しにしながら、ジェイミーは初めて抱く欲望に困惑しながら、それでもなおまっすぐに相手を求めていく。等身大のドラマがあり、大学生活最後の夏のドライブ感でもって読者を引っ張っていく。高尚なテーマを掲げているわけではないが、主人公カップルに幸せになってくれと願わずにはいられない、そんなパワーのある傑作です。
定番をホットに料理しつつ読了感を爽やかハッピーに仕上げてくる間違いのなさ、MM入門にはもってこいの一作だと思うのだが、アイスホッケーが日本で不人気なせいか翻訳されないのが不思議。キャラの見た目も日本人受けしそうなんだけど。ウェスは黒髪にグレーの瞳、タトゥーに加え眉ピ舌ピ装備のワイルド系。ジェイミーは金髪にブラウンアイのカリフォルニアボーイ。マサチューセッツ出身のウェスと、カリフォルニア育ちのジェイミーの対比もまたいいんだよな。

競技に救いを見出したアスリートの初恋はどんなものなのか。最後の夏が終わる時、彼らは自分たちの関係にどう決着をつけるのか。片想いの切なさを味わいたい人、夏の青春を感じたい人におすすめ。続編『Us』も傑作なので、2冊併せて。

野田サトル先生の新作がアイスホッケー漫画だったので、これを機に日本でもホッケー人気が爆発しないかなーと淡い期待を抱いてます🏒

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