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雨降ってるよなあ。

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「雨降ってるよなあ」
招集所の奥から、アスファルトにスパイクのピンがあたらないよう、かかとでひょこひょこと歩きながら田中希実選手が現れました。兵庫リレーカーニバル。1500mを走り終えて30分もたたずに、10000mを連続して走るのです。

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1500mのフィニッシュの先をイメージして、いつものように駆け抜けたあと、花束を受け取ると足早に立ち去る。本来なら優勝した選手には勝利者インタビューが用意されているのだけれども、運営も、それを放送するサンテレビも彼女のチャレンジを理解して「段取り」よりも「短い休息」を優先。

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30分のインターバルもまるまる休み時間ではない。チップ計測ではないから、ゼッケンはそのままでいいとして、腰ゼッケンのつけかえ、そして中距離用から長距離用へのスパイクの履き替えに、普段はレース中には決してつけることのないペース確認のためのガーミンにエネルギー補給に給水。これらをひととおりやるだけで、あっという間に30分が経ち、スタートへ。

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これまで800mから5000mまでのレースに出続けることで、5000mのそれぞれの局面に対応できる力を備えてきましたが「毎年、同じことをやっても」と父娘は考えたのでしょう。今年の田中希実は400mから10000mまで走る。とてつもなく普通じゃないことをやっているようだけれども、本人たちにしてみれば、今回の1500mと10000mも「ハッサンもやってるし」くらいのことかもしれない。東京オリンピックでオランダのシファン・ハッサン(東京オリンピック1500m銅、5000m、10000m金)と実際に手合わせをしたことで、ハッサンに対する心理的障壁も格段に下がったに違いない。父娘にとって誤算だったのは、今回の1500mと10000mとのインターバルが短すぎたこと。10000mの25周。写真を撮るのはそこそこにして、彼女の走りをじっくり観ることにしました。写真とかどうでもいいや、それよりも目の前で起こっていることを目に焼き付けておこう。目の前で新たな「伝説」が紡がれていっていることを感じたからです。

1500mを走り終えたばかりのリズムで10000mを走ると、もはや疲労抜きのジョグにしか見えないのです。彼女の後ろにつく実業団選手も日本トップクラス。しかし、動きの余裕度があきらかに別次元なのです。後続の選手はバタバタと彼女を追いかけますが、彼女は肩甲骨を少し動かすくらいで、そのスピードが出てしまう。ああ、この動きのまま、いつか彼女はマラソンに行くのだろう。東京オリンピックやオレゴン世界陸上はイントロでしかない。最終的に日本国民が大好きなマラソンでケニア選手らとトップ争いをするまでに達するだろう。ああ、いま、目の前でとてつもないものをみている。そう思わせる選手はスポーツ界を見渡してもそうそういないでしょう。大谷?イチロー?

単独走で前を走っていたヘレン・エカラレが田中に追いついて周回しようとすると、それまでジョグのような動きから中距離レースのそれへと切り替わります。

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ここから、田中はペースアップして、ヘレンをプッシュ、最後はヘレンをひっぱるかのように並んでラスト1周へ。ここでヘレンはフィニッシュ。

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ヘレンのタイムは31分22秒22。なるほど、そういうことか。ヘレンが一番きつくなるであろう、ラスト1000m。周回遅れのはずの田中がプッシュし、さらに引くことで、オレゴン世界陸上女子10000m参加標準31分25秒00をしっかりアシストしてたのでした。だからヘレンも田中のフィニッシュをじっと待った。

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