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年老いた珈琲豆焙煎屋の稼業 | コーヒー豆自家焙煎店、平成の30年間で様変わり

年老いた珈琲豆焙煎屋は、エカワ珈琲店という屋号の自家焙煎コーヒー豆小売専門店を、夫婦2人だけで営んでいます。

もう彼此30年間くらい営んでいますが、30年前の昔も2020年の現在も、生活の糧を得るだけの収入確保を目的とするパパママ経営の生業商売を続けています。

店舗は、和歌山県の県庁所在地で地方中核都市の和歌山市に立地していて、店舗周辺は、和歌山県庁や和歌山市役所が立地するビジネス街になっています。

賃貸店舗ではなくて、自己所有の店舗兼住宅で商売を営んでいるので家賃はいりません。固定資産税と都市計画税は必要ですが、家賃と比べれば段違いの低負担です。(土地と家は先祖から引き継いだものです)

自家焙煎コーヒー豆小売専門店の立ち上げは、1989年の夏(平成元年の8月)です。立ち上げたのは年老いた珈琲豆焙煎屋の母親で、ビジネス街の喫茶店からの商売替えです。商売替えといっても、喫茶店商売の延長のようなものでしたが。

ちなみに、年老いた珈琲豆焙煎屋の母親がビジネス街の喫茶店を創業したのは、1955年(昭和30年)の秋でした。

自家焙煎コーヒー豆小売専門店を立ち上げた3年半後、40歳の坂を越えたばかりの年老いた珈琲豆焙煎屋は、脱サラして母親に代わって自家焙煎コーヒー豆小売専門店の店主の座に就きました。

自家焙煎コーヒー豆小売商売の始まり、それは1989年夏でした

年老いた珈琲豆焙煎屋の母親は、1980年代中頃から、コーヒー豆の自家焙煎に興味を持つようになっていました。当時の喫茶店経営者、特に個人経営の喫茶店経営者には、コーヒー豆の自家焙煎に興味を持つ人が多かったような気がします。

喫茶店経営者向けの月刊雑誌「喫茶店経営」が、度々、自家焙煎コーヒー豆小売専門店特集を掲載していたわけですから。

1989年夏、学習参考書の学研から販売されていたマイコン制御の全自動式で電気加熱の小型コーヒー豆焙煎機を購入しました。(ラッキーコーヒーマシン経由で購入したと記憶しています。)

焙煎前にパラメーターを設定しておけば焙煎から冷却までを自動でしてくれて、最高で500gくらいのコーヒー豆が焙煎できて、熱源は電気ヒーターというタイプの小型焙煎機で、購入金額は45万円くらいだったと記憶しています。

1990年代の前半

1989年の夏に喫茶店から自家焙煎コーヒー豆小売専門店に衣替えして、最初の3年間は、細々と店舗小売だけの商売をしていました。その3年半後、年老いた珈琲豆焙煎屋は、脱サラして自家焙煎コーヒー豆小売専門店を引き継ぎました。

富士珈機(フジローヤル)の小型生産用コーヒー豆焙煎機(最大で5kgのコーヒー豆が焙煎できるタイプ、2020年10月現在も使用しています)を購入設置して、本格的に自家焙煎コーヒー豆小売ビジネスを開始しました。

新聞の折り込みチラシで宣伝して、主として家庭や職場に自家焙煎コーヒー豆を配達する商売を営んだわけですが、上手く事が運んで、2年くらいで月間400kg以上の焙煎コーヒー豆を売り捌くコーヒー豆自家焙煎店になっていました。

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