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童話シリーズ・金の斧銀の斧

待望の[旦那様はひろゆき]発売です!



「正直だと報われる」というのが、童話としてのルールだとすると、「ぶっちゃけこうです」っていうのはちゃんと正直に言ってるので、「おぅ!了解了解」って言って、金の斧あげると思うんですよね。

ただ、銀の斧あげません。

結局、神様の目的が「正直である事」っていうのを是としているのか?
もしくは、「欲がない事」を是としているかなんですよね。

最初の人って、木の斧落として、
「では、金の斧ですか?」
「いえいえ違います」
「銀の斧ですか?」
「いえいえ違います。木の斧です」
って言って。

要は、「欲が無かった事が良い事ですよね」っていうタイプの神様だとすると、「金の斧欲しいっていうのは欲だよね」って事になってしまうので。

神様の作りたい社会っていうのが実現出来ないかも知れないんですけど。

ただ、「正直が正しいよね」っていうのであれば別に、「金の斧欲しいです」って言ったら、「金の斧あげるよ」って言うのがあればいいと思うんですよ。

ただ、「欲が無いと言うことが果たして正しいのか?」って、結構微妙だと思うんですよね。

例えば、「モテる為に東京大学に入りたいから勉強してます」っていう子って、モテたいっていうのを実現する為に勉強して、結果としては東大入って官僚とかになって、日本の為に活躍するようになったら、結果オーライじゃないですか?

なので、「サッカーが上手くなりたい」とかで、「サッカ凄い練習して、プロサッカー選手になって、スゲェお金持ちになって、寄付とかしまくってます」ってのもアリだし。

なので、人が欲を持つ事っていうのは、その人が成長する糧だったりもするので、そんなに僕悪い事だと思わないんですよね。

要は、「自分が成長したら何か良い事をしよう」とかっていう、欲望目的とかっていうのを実現する為に、「じゃー頑張ります」みたいなのがあるので。

なので、なんかよくを否定するというのはどうなのかなーと思ったりもするので。

なので別に、「金の斧ぶっちゃけ欲しいっす」っていうのは、僕はアリなんじゃないかなと思ったりします。