グリッドの神話

「デジタル・イメージ」の初出は?と訊かれたら「ラスコーの洞窟壁画」と応える。ダイナミックに描かれた動物たちではなく、その足下に記された「グリッド」を指して。

上野博物館で不意に遭遇したこの図形は、ビットマップに囲まれる私たちと二万年前のクロマニヨン人たちとを結び合わせた。「グリッド」は人類史にとってどのような意味を持つのだろう?空間を幾何学的に表現するその能力こそ、人間を人間足らしめているもの−−アダムとエヴァが食した知恵の実−−のように思えた。

私たちが世界を知るすべが「グリッド」に表されているのだ。

あなたは目に映る光の束から、友人とその背景の植物や家屋とを「分けて」認識することができる。この仕組みが、私たちが様々なものごとに名前を与えることを可能にしている。名を持つものに座標を与えることで、それらを比較して優劣を測ったり、同一化したりすることができる。これが「グリッド」という「道具」の力である。

私たちの文明の基礎は「グリッド」によって成り立っている。

私たちの「思考」は言葉によって駆動するが、その最小の部品を表した五十音図は、世界を満たす様々な音から音節を分割し規則的に配列したものだ。化学のバイブルである周期表も同様に、物質を原子構造まで分割し規則的に配列したものである。また、私たちが一箇所に定住して生活するようになったのは弥生人がもたらした水稲栽培のおかげだが、これは土地や作物を分割して管理する技術であり、「」という文字によって表象されている。

金融テクノロジーも「グリッド」を利用したものだ。二次元の情報空間上でグラフの長さを競い合うという、拍子抜けするほどシンプルなシステム。さらにそれが三次元空間に立ち上がり、マンハッタン的な都市−−最上階に住むものが勝者−−が世界中に展開されていく。

私たちは「グリッド」という「美」に向かって文明を築き上げてきた、と言い換えてもいいだろう。

「思考」を担う器官を「脳」と定義するなら、「脳」を魅惑する「美」として「グリッド」は常に私たちを導いてきた。そしてついに人類は、その「美」の極地としてグリッド空間における「最適解」を示す「道具」を創り上げた。その「解」が算出される理由が人類に不可知であるのが、玉に瑕なのだが。

「いまはゲームにすぎませんが、株式市場のデータだっていいんです」とハサビスは言う。「ディープ・ニューラルネットワークと強化学習アルゴリズム。ディープマインドはこの2つの有望な研究領域を、基礎的なレヴェルで統合してきました。ぼくたちが興味をもっているのは、ある分野で学んだ知識を、別の分野に応用できるようなアルゴリズムなのです」− AlphaGoをつくった「4億ドルの超知能」はいかにして生まれたのか?


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