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指導主事が問うことで始まる。

教師は省察的実践家と言われます。だからこそ、教師の指導者ともいえる指導主事は、教師の省察を促すために問うことが大切だと考えます。
このことに関係する考え方して、元・プロ野球監督の野村克也氏は次のように述べています。

結局、指導者の仕事とは、選手が自分の力で正解を見つけられるように導くことなのだ。教え込もうとしても、それは選手のためにはならない。選手自身が自分で学び、選び取ったものしか、本当の意味でその人の身につかないからだ。 そのときに指導者の武器となるのが、「問いかけ」である。

「問いかけからすべてはじまる」 野村克也 詩想社

■あなたはどう答える?
野球の話ではありますが、学校教育にも、指導主事と教師の関係にも当てはまると考えます。
例えば教師に、「こういう実態の子どもたちには、どのような指導が適切ですか?」と聞かれた時に、指導主事であればどのように答えるでしょうか。

 ① そういう場合は、「〇〇」を行うことが適切だと考えます。
 ② あなたは、どういう指導が適切だと思いますか。

①か②かと問われれば、②と答える指導主事が多いように思います。ただ、実際は、相手のニーズに合わせることや、時間的制約がある中での対処となり、①の対応を行う場合も少なくないかと思います。
とは言え、教師は省察的実践家であると考えるのであれば、①ではなく、②のようなやり取りを中心にして、省察が進むようにすることが望ましいと考えます。

■問うことの一歩先へ進むために
さらに一歩先としては、「こういう実態の子どもたちには、どのような指導が適切ですか?」と聞かれる理由は、そもそもなぜだろうということを考えるのが良いかと思います。
学級崩壊に近い状況で藁にもすがる思いなのかもしれませんし、色々な人に聞いて最適解を見つけようとしているのかもしれません。ただし、ひょっとしたら、指導主事である自分が、質問に対する正解を与え続けてきた結果なのかもしれません。
相手にどのように対応するかを考えると共に、自分にベクトルを向けながら、このような状況になっている理由はなぜかを問うことで、指導主事としての力量向上につながるように思います。

■ここから始まる
野村克也氏は、前述した著書の中で、次のように示しています。

人の成長、組織力の向上は、「なぜ?」と問いかけることが原点となって始動する。

相手に問いかけるのみならず、自分自身に「なぜ?」と問いかけてみましょう。考え続ける中で、成長に向けて始動するのだと思います。

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