見出し画像

『けーねと妹紅の解説部屋』 これまでのふりかえり③『反ワクチン運動』

ニコニコ動画とYoutubeで運用している、ゆっくり解説動画のアカウントの楽屋話のつづきをまた記します。前回の記事は↓

発達障害⑨『DSMが播いた火種~ワクチンルーレットで人々が踊る』【ゆっくり解説】

動画は唐突に、精神医学から反ワクチン運動へと舵を切った。なぜそうなったか。このシリーズの種本である『自閉症の世界』に、自閉症つながりで反ワクチン運動についてすこし書かれているからである。

しかしまさか、反ワクチン運動だけをこのままずっと解説する予定ではなかった。発達障害の解説の続きが、反ワクチン編の長期化により流れてしまった…
いまやっているインセルの話が片付き次第、発達障害に戻りたいところである。

さて、反ワクチン運動の解説はどうだったか。今思えば、ワクチンルーレットだけをもっと丁寧に解説するべきだった。反ワクチン編の主たるソース『反ワクチン運動の真実』に記された、百日咳ワクチンの安全性を争った大裁判の模様を動画化するべきだったが、もう反ワクチンにもどることはないだろう。視聴者からもっと反ワクチンをやれという要望も来ない。

ポール・オフィット氏の『Deadly Choice(邦題『反ワクチン運動の真実』訳者ナカイサヤカ)』は、反ワクチン篇で“主なソース”に仲間入りした名著である。欧米の反ワクチン運動の歴史と、そのプロパガンダのロジックが、19世紀の反種痘運動から欧米のマスメディアをジャックした現代の米英に至るまで解説されている。反ワクチン運動に興味がある方は読んでおくべき基礎資料である。

画像4

『反ワクチン運動の真実』


Amazonでは、反ワクチンの人間の迎撃レビュー(笑)がたくさんついているが、気にしなくていいです。ご自分の目で読んでみて「ワクチンの推進側に偏っていて反ワクチンを感情的に非難している」をたしかめてほしい。

反ワクチン編の主役は三人いる。

・『ワクチンルーレット』で目覚めた、現代のアメリカ反ワクチン運動の立役者(?)、バーバラ・ロー・フィッシャー!

・医学を売った破戒医師は俺のワクチンを買ってほしい。アンドリュー・ウェイクフィールド元医師!

・重金属から子供たちの脳を守れ! 自閉症と戦う善意の素人学者、バーナード・リムランド!

振り返ると、この三人の活躍(?)がおもな目玉になった。やっぱり人を解説するのが面白い。ほかにも面白い人物はいるのでどこかでやりたい。

発達障害⑩『アンドリュー・ウェイクフィールドの野望~自閉症腸炎仮説』【ゆっくり解説】
発達障害⑪『アンドリュー・ウェイクフィールド 破戒の末につかみとった人生』【ゆっくり解説】

1998年に英国の名門医学誌『ランセット』に出したねつ造論文で、一躍センセーションを起こした“元”医師アンドリュー・ウェイクフィールドを動画で取りあげたのは、彼の悪行が自閉症に関連しているからである。『自閉症の世界』にも、ウェイクフィールドのことが簡単に書かれているほどだ。
わたしが学生の頃にあんな事件が起きているとはつゆも知らなかったので、不思議な心地がする。わたしのような社会の底辺の人間からみると、医者になれただけで人生の欲が満たされてしかるべきように思えるのだが、上に行けばもっと上を目指さずにいられないのが人間の業であり、バイタリティというものなのだろう。
ウェイクフィールドの悪行は、もともとあった医学の怠慢が招いた喜劇にもみえる。自閉症スペクトラムの発症と腸内細菌叢に深い関係があることは、近年になってようやく認知されて研究されている。

素人の意見ながら、これだけですべての自閉症スペクトラムの”原因”が解明できるとは考えていない。自閉症スペクトラムはその定義からいっても、単一の原因ですべてが説明できるものではない。
また、自閉症スペクトラムの”治療”とは、その研究を無意味とはしないが優先順位は低い。自閉症スペクトラムの病態の研究をとおして、人間の精神と環境とのかかわり方そのものを解明してゆくべきである。拙速な医学的治療法の跋扈を警戒しながら、長いスパンで進めてゆくべき分野だろう。

【ゆっくり解説】『ワクチンなんていらない! 感染症の危険神話を完全論破するの巻』発達障害⑫

このフィッシャーの妄言を特集した動画は、アップロード直後の再生数の伸びがよかった。彼女が日本で有名になる手助けをしてあげられたなら本懐である。
「〇〇はたいした病気でないのでワクチンは必要ない!」と勝手に切って捨てる、彼女の論理の貧相さには感動してもらえただろう。もっと医学に詳しそうな議論を開始するものだと思うじゃないか、ふつうは。

反ワクチン運動のイデオローグたちの主張には、まともに科学的な議論がほとんどない。というか存在しない。

「感染症は自然なものだから流行するに任せるべきだ」
「ワクチンの危険性は隠蔽されている」
「ワクチンには邪悪な陰謀がある」

このような、科学以外の政治的ないし死生観の立場から、予防医学の意義を砂礫に変えようとしてくる。反ワクチンという言葉には、ワクチンについていちおう真面目な提議をするものであるかのような響きがあるが、実際の反ワクチン運動(『ワクチン忌避』など名前をかえても同じものである)は、『5G』、『放射脳』、『江戸しぐさ』、『Qアノン』などとおなじカテゴリーの代物であると、読者に確認しておきたい。
反ワクチン主義者のことを、不良ワクチンで人に危害が及ぶことを真剣に憂いている人々だと想像している方もいるだろうが、コアな反ワクチン主義者には「命を守ろう」という価値観がない。彼らと対話すればわかるが、原因がワクチンであれ感染症であれ、自分をふくめて人が死んでかまわないと彼らは考えている。
ワクチンを拒否したツケをはらって懲りるのは、ほんの一部のむしろ例外である。コアな反ワクチン主義者は、たとえ愛する人が感染症で亡くなろうとも、自分が感染症で死ぬはめになろうともけっして後悔しない。従容と予防接種に身を任せるくらいならば、彼らは死を選ぶ。「命が大切だ」という価値観自体を否定する人々だと理解しなければならない。

『本当にあったワクチンの悲劇!反ワクチン運動は役にたったか』発達障害・反ワクチン運動⑬【ゆっくり解説】

実在したワクチンの薬害を紹介して、反ワクチン運動はその解決に役立っていないし、現実のワクチンの問題は普通の専門家によってちゃんと指摘されて対処されていることを示す。
それがこの動画の狙いである。このころ視聴回数を増やそうと焦っておかしなことをやりかけたがそれはさておき、主なソースは例によって『反ワクチン運動の真実』である。

反ワクチン運動の実態について正確に学ぶ余裕も興味もない世間の人には

「反ワクチン運動はその主張に間違いがあっても、実在する医療の問題について必要な批判を行っているからこんなに根強いのではないか」

と、いいかげんな想像をしている人がたくさんいるとわたしは予想する。「物事にはなんでも良い面と悪い面があり一概に全否定はできない」といわれれば、たいていの人は良心的で英知ある態度だと思い込むからだ。
それでも「ダメなものは絶対にダメだ」と押し切るには、相応の知識とそして "闘志" とでも呼ぶべきものがいる。専門家ならぬ大衆には、真面目に何かを白黒つけるための、知識も確信もない。

「病気は自然なものなのでワクチンは必要ない」だの「医者と製薬会社と政府がワクチンをつかって金儲けを」だのと宣う活動家とやぶ医者が、本当にあった(そして現在もある)ワクチンの問題を修正するのに役に立ったことはない。彼らはいつでも的外れな中傷に終始している。反ワクチン運動は、医学や医療そのものを論じるものではなく、医療につきものの不安と政治的なヒステリーにつけこんで、「問題をあらたに作り出す」ものに他ならないのである。

この動画から、わたしの意識がワクチン沼に本格的にはまってきたので、こんな話もしておかねばならないと思い詰めた。日本のワクチン禍についても動画で特集したかったが、用意した原稿ごと没になってしまった。そのうち、どこかで再利用したいものだ。

『ポリオ根絶への道【前編】~ジョナスソークVSアルバートサビン~』発達障害・反ワクチン運動⑭【ゆっくり解説】
『ポリオ根絶への道【後編】~ジョナスソークとアルバートサビン~』発達障害・反ワクチン運動⑮【ゆっくり解説】


ポリオのパートが『反ワクチン運動⑬』に入りきらなかったので、独立させてつくった。

アスペルガーとカナーの対決をほうふつとさせる、名医学者ジョナス・ソークとアルバート・セービンの対決から、一人の被験者の親ジョン・サラモネの運動に移り、ソークとセービンそれぞれを称えて感動のフィナーレを迎えさせることができた。この二本は、反ワクチン編の白眉の出来だと自負している。

ジョナスソーク研究所を知ることができたのがよかった。いつか現地に飛んで観覧してみたいものである。

画像1

ポリオをめぐって日本でもアメリカでもそれぞれにドラマがあった。主なソースは『反ワクチン運動の真実』だが、ここまでふくらませることができたのは我ながらすごい。ジョン・サラモネという人に日本で光をあてる人は二度とあらわれまい。こういう普通の批判者ならば、医学界も歓迎するのだが。

『チメロサール狂騒曲~水銀と自閉症のどこにもない関係~』発達障害・反ワクチン運動⑯【ゆっくり解説】

アメリカ反ワクチン運動で一時期ブーム(?)になった水銀をテーマにしてみた。

不活化ワクチンに添加されていた水銀化合物である、チメロサールが危険かどうかを、わざわざ自分で計算までして検証した。
チメロサールの添加量は、公的な機関が出している安全基準を大幅に下回る微量であり、魚介類に含まれる水銀量のほうが場合によっては危険性があるかもしれない、という結論が出た。なにものも摂り過ぎなければ大事には至らないのだ。

刺身を食べるときは、魚肉に含有されている水銀に思いをはせながら味わってみよう。きっと舌がピリピリとしびれるはず(たぶんワサビのせいだが)。

これまで、渋い医学をテーマとしながら、悲喜こもごもの人間ドラマを主たるコンテンツとして描いてきたのに、今回はデータにこだわってしまった。作っている自分としては、いまいちその辺が面白くなかった。

しかしおかげで、映画『MINAMATA』を知ることができた。

じつはこの映画の日本公開に合わせて水俣病をとりあげた動画を上げるというひそかな野望がある。わたしの動画はつくるのに一月ちかく時間がかかるので、達成できるかな。

『犬がバカになった!補償しろ!~米国ワクチン法廷の正義とジョーク』発達障害・反ワクチン運動⑰【ゆっくり解説】

政府がワクチン訴訟を引受けて製薬会社を守る、アメリカのワクチン法廷をとりあげた動画である。
「ワクチンのせいで犬がバカになった!」は渾身のネタだったが、例によって視聴者の反応は薄かったな。なぜ俺が笑ってほしい場所で「www」とコメントを打ってくれない!?

反ワクチンの話はけっきょく、訴訟の話になりがちである。
ワクチンによって深刻な障害を受けたと主張する被害者が製薬会社に訴訟を起こし、莫大な補償金を支払わせたせいで、米国で一時、ワクチンの供給が止まりかけた。そこで、米国政府が企業の代わりに訴訟の的になって製薬産業を守りつづけている。初期は薬害の科学的な検証がお粗末だったが、年々審査が厳しくなっていて、現在ではあまりにも無茶な訴えは通らないはずである。もちろん、基準を満たす被害者には公平な補償をおこなう。

科学はときに、政治的な安全弁も必要としているのだ。

チメロサールが子どもの自閉症の原因になったかという大問題に決着をつけた、足掛け七年の総括的自閉症訴訟を取りあげることができたのはよかった。反ワクチン側のへっぽこ専門家たちの醜聞を描き出すのが、とくにたのしかった。

この動画は硬くみえるが、わたしとしては笑いどころが多かった。

『ワクチン問答①:ノーリスクよりミニマムリスクをとれ!』発達障害・反ワクチン運動⑱【ゆっくり解説】
【ゆっくり解説】『ワクチン問答②:インフルエンザワクチンは効くんです!』発達障害・反ワクチン運動⑲
【ゆっくり解説】『ワクチン問答③:神を信じればワクチンはいらない!?』発達障害・反ワクチン運動⑳
【ゆっくり解説】『ワクチン問答④:風疹ヒストリー『日本はレベル2の感染源』』発達障害・反ワクチン運動㉑




この四本は、反ワクチン主義者への決定的な回答のつもりで出した動画である。

反ワクチンにたいする反論の要点だけをまとめたいという思いが強くなって、ワクチン沼の集大成としてつくった。ドラマ性を省けばコンパクトにまとめて反ワクチン篇をおわらせられるだろうという目論見があったが、別にそううまくはいかなかったな…

ソースから物語を抽出するのではなく、オリジナルの脚本を書かねばならなかったのが大変だった。
いかにそれまではコピペした筋書に沿って動画をつくっていたかを実感した。

ワクチンの有効率とはなにか。添加物に危険はないのか。キリスト教カルト。インフルエンザ、麻疹、風疹。本来の趣旨をだんだん逸脱していくが、インフルエンザ、麻疹と風疹について詳しくなれてよかった。

麻疹ワクチンをつくったエンダース氏の、ジョナス・ソークへの嫉妬。
胎児期風疹症候群を発見したノーマン・グレッグ眼科医の事績。

培養細胞の話ももっとしたかったが、尺の都合でカットした。尺なんて気にする必要があるのか、よくかんがえると疑問だが。

これらの動画をあげている時期にCOVID-19が登場して世間を騒がせ始めたので、政治的な話に慣れていないわたしは嫌な思い出ができた。わたしのTwitterのタイムラインと世間一般とでは、基本的な情報アーキテクチャに相違があるようだ…

反ワクチン編をやった感慨として、世間に一言いいたい。

「ごちゃごちゃ言わずに医師の指導の下でさっさとワクチンを打て!」

わたしが小児だったころから、こんな厄介な問題と格闘していた人々がいる。まったく頭がさがる歴史である。

反ワクチン編のソースとして活躍した資料を紹介しておく。

画像2

2014年刊行。ワクチンの開発史をジェンナーの種痘から概説している。代々のワクチンの技術革新と舞台裏のエピソード、家畜用のワクチン、今後期待されるあらたなワクチンの話が読める。スギ花粉用のワクチンまで開発が進んでいるらしい。

画像3

『10万個の子宮』

2013年に医療界を激震させた、HPVワクチンのエビデンス不明の副反応事件の真実を追求した科学ノンフィクションである。信州大学の教授である池田修一氏が日本版ウェイクフィールドになったことをおしえてくれる。ヒトパピローマウイルスを防護する子宮頸がんワクチンの接種を日本でのみ停滞させた、悲劇的な事件のいきさつを知るなら、この本がおすすめである。

ちなみに、Amazonではこの本に、反ワクチン側の必死の牽制レビュー(笑)がたくさんついているので注意してほしい。彼らはだいたい「ワクチンの推進側に偏っていてフェアな書き方じゃない!」と苦しい批判を並べているが「"公平"の名分のもとに自分たちが期待するネガティブな情報を科学的な検証抜きに列挙して、「判断するのはあなた自身です」と迫る」のが、反ワクチン主義者のプロパガンダの常套手段です。

ポジティブな情報(「ワクチンは安全です」)とネガティブな情報(「ワクチンは危険である」)を対等に列挙すれば、ネガティブな情報に引きずられるのが人間の性である(「ワクチンはもしかしたら危険かもしれないのでやめておこう」)。

賛否両論を併記して"フェアな、もしくはフェアにみえる書き方を"しても、客観的な正しさの保証にはならない。思考の訓練を積んでいない人は、こういう「足して二で割る」思考が優れたものだと思込んでいるものである。「足して二で割る」は実際において"思考の放棄"なのであり、より精密な思考は「白」か「黒」か、あるいは「現時点では結論が出ない」という三者の回答しか許さない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?